10 勇者の存在
ごめん、読めないや。そう言おうとして後ろからかけられた声に振り返る。
「いっそ、どなたかと婚姻でも結べば手っ取り早いですよ。」
いきなり何てことを笑顔で言うのだ、ウォレス・・・
それに出会った翌日の朝で一体誰と結婚すると?
万人が魔力を持つこの世界で魔力ゼロのわたしと結婚して相手に得なんてある?
ほーら、わたしが誰かと結婚なんてありえない。むしろこの世界じゃ一生独身じゃないかな?ふふ。
手に持った紙をもう一度見て、やっぱり読めないことを確認した。
「ごめん、読めないや。」
てへ、とでも効果音をつけながら頬をかいてフラウに紙を返す。
返そうとしたわたしから紙を受け取らず、フラウはちらっとわたしの後ろに視線を向ける。それも2箇所に。
何々?なんなの?わけがわからず後ろを振り返ろうとする前に両側に影ができる。
「結婚は俺としましょうね。」
「・・・識字は契約に必要。」
ぎょ!ひいいいいぃぃっ!声が声が!!
すぐ真横からのアノ声にぞわわわわわとしてウォレスを蹴っ飛ばしてフラウの机の影にダッシュで駆け込んだ。アノ声の前に何か聞こえた気もするけど絶対わたしには聞こえなかった。
それにしても何の前触れもなくいきなりはキツイよ。
どっきんどっきんしながら、そっと机の横からあたりを探ろうと顔を出す。
ウォレスがなにやら悶えてるけど無視だ。
そんなことより今は・・・
「・・・まずはミナモ。」
「っ!」
真後ろからの声にわたしは文字通り飛び上がった。
慌てて机の影から飛び出し何かを踏んづけフラウのやや小さい背中にしがみつく。「ああっ」とか聞こえたが知るか!ここしか、ここしか安全な場所はないの!?
ぎゅうっとフラウの服を掴んで、机の向こう側でゆっくり立ち上がるリーフェスさんをなるべく気配を消して窺う。まあ気配なんて消したことないんだけど。
その様子にフラウが一つため息を吐いた。
「リフ、何か用があったのではないのか?」
フラウの言葉にしばらく止まったリーフェスさんがぽん、と手を打った。
まっ、まさかの天然なのっ!どうしよう天然ボケ!?宰相が天然ボケ!??
すっと目を細め、威厳というか美人オーラを取り戻すリーフェスさん。
「・・・隣の大陸で勇者が召喚されました。」
「勇者・・・またか、はあ。」
さも呆れたと言わんばかりに額に手をあてフラウは首を振った。
またか、って。またなんだ。勇者って珍しくないんだ・・・
でも勇者っていえば大抵は魔王を倒したり、って!魔王さま倒されちゃだめじゃない!ティーレの実だって魔王さまの研究成果なのに、その魔王さまが危ない!!
「フラウ!あの兼業農家魔王さまが危険なの!?」
がっくんがっくん揺すろうとしてあんまり揺れなかったフラウを見つめる。
「いや、ああ見えて魔王は強いぞ。ゆえに先代の勇者を破って不可侵を誓わせたんだが・・・」
ああ見えてって言われても会ったことないからわからないよ。
ん?そもそも何で隣の大陸の勇者がここの魔王さまを倒しに来るの?何も悪いことしてないのに。
「ねえフラウ、どうして勇者がこの国を攻めるの?魔王さまがいるから?」
「・・・言って、なかったか?」
「何を?」
「・・・・・ここは・・・魔族の国だ。」
そう言って僅かに目を逸らせたフラウを呆然と見つめる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・
え、えええええぇぇーーーっ!?うっそ、ほんとにーーーっ!」