死の淵
★死の淵から
さっき一瞬正気を取り戻した母の目はまたうつろになっている。
日も暮れかかっているのでとりあえずアパートに戻ることにしよう。
隣りのお婆さんにわけを話せば少しはお金を貸してくれるだろうか。
以前母に勧めてくれたという生活保護についても手続きを聞いてみよう。
母の手を引いて歩きながら僕はよく回らない頭でそんなことを考えた。
★死の淵まで
僕が物心ついて以来、父はいつも不機嫌な顔をしていた。
愚かな人だったのだろう。
口車に乗せられて怪しげな儲け話に手を出しては失敗を繰り返した。
そんな父を母は事あるごとに責めた。
父が怒ってアパートを飛び出すか酔って寝るかした後、母もそのたびに寂しく沈んだ。
結局父は全ての事業に行き詰まり、僕が小学校を卒業する年に姿を消した。
父が失踪しても病弱な母は働きに出ることができない。
中学生になった僕の新聞配達が唯一の収入源になった。
朝夕新聞を配りながら中学、高校と日々を過ごすうち、僕の精神が音を上げた。
きっかけは落ち葉だった。
高校3年の冬、下校途上で後ろからのかすかな音が気になって立ち止まった。
1枚のプラタナスの落ち葉が風に吹き寄せられて来て僕の足元で止まった。
ぞっとして歩き出すとその落ち葉もまたカサカサと音を立てて僕の後を追って来た。
次は年が明けての2月、風が吹き募った日の翌朝だった。
校門前の路上に、合歓の葉に似たジャカランダの落ち葉が一面に散り敷いていた。
吹き来る風にそよろと動くそれらの落ち葉は僕の行く手を阻む無数のムカデにしか見えなかった。
僕は学校に行くことができなくなった。
学校だけではない。
アパートから一歩を踏み出すのは銃弾が飛び交う戦場に出ていくような勇気を必要とした。
母にスーパーでの買い物に連れ出されても、カートを押す客はみな僕をめがけて寄って来るように思われた。
前を歩いていた客がくるりと方向転換して僕と向き合いでもしようものなら立ちすくんで動けない。
学校を休み続けても欠席日数は規定の範囲になんとか収まったようだ。
卒業後も引き続き家に閉じこもる僕に母はしきりに散歩を勧めた。
尻を叩かれるように家を出たある日、僕は夢遊病者のように百円ショップに入った。
そしてショパンのCDを手に取って眺めた後、ブルゾンのポケットに入れた。
なぜそんなことをしたのか分からない。
しいて言えばジャケットの不機嫌そうなショパンの肖像画が父に似ていた。
店を出たところで警備員に声をかけられた。
店長に呼び出された母は平身低頭し、僕に外出を勧めた事情を説明して詫びた。
そしてCDの代金の硬貨を乏しい財布の中からつまみ出した。
そんな母を見て僕は子供みたいに泣き出した。
僕の財布にお金はなかったがそのCDが特別欲しいわけでもなかった。
そのくせ僕は我が家の貧しさを恨んだ。
さらに身勝手なことに、犯罪を犯しながら人間としての最後の矜持が崩れたように感じられて涙が止まらなかった。
僕は壊れてしまった。
寝ようとして目を閉じると瞼の裏に次から次へと見知らぬ人の顔が浮かぶ。
脈絡もなく立ち現れるそれらの人々は僕を凝視しては消えていく。
恐怖に耐えられず眠れない夜はCDの『別れの曲』を聴いた。
ショパン本人が「こんな美しい旋律は二度と書けない」と言った作品だ。
別れとは何かと決別することだろうが、それは美しい旅立ちでもあるのではないか。
僕と母の生活はマイナスどうしの足し算だが、掛け算に変わってプラスに転じることはないのか。
そんな、たわ言とも泣き言ともつかないことを考えたりした。
母も壊れ始めた。
僕が新聞配達を辞め、わずかな貯えも残り少なくなったことを気に病んだのかもしれない。
まず食事の支度が滞りだした。
朝のキッチンで母が味噌こしを手にしたまま立ち尽くしていたりする。
味噌汁の作り方を思い出せずに狼狽しているふうではない。
自分が何をしようとしているのかさえ自覚にないようだった。
風呂も僕が沸かさなければ何日でも入ろうとしなかった。
あらゆる家事を放棄した母は、炬燵に入って終日つくねんと座っている。
まともな料理は僕にできるはずがない。
即席ラーメンなどを作ってテーブルに出すと母は頭を下げる。
母にとって僕はもう我が子ではなく、親切にしてくれる誰かなのだろう。
母は60歳にもなっていないのだが目つきが日増しにうつろになっていった。
認知症に加えて徘徊も始まった。
判で押したように午後3時ごろ出て行き短時間で戻ってくるのがせめてもの救いだった。
玄関を出ようとする母の袖をつかんで引き留めたことがある。
すると母は怖い顔をして僕が離すまで僕の手を叩き続けた。
自分のしたいことを妨げる者は敵でしかないのだ。
引きこもりの僕にはその気持ちが分かる。
しかしそうも言っていられない日があった。
いつものように母が家を出ようとしたのだが、その日は昼から雪が降りだしていた。
寒くもあるし滑って転倒する恐れもあるので玄関先で強く諫めたのだが、母は僕を振り切った。
アパートの外廊下を歩いて行く母を見送っていると隣りの部屋のお婆さんがドアを細目に開けていた。
僕と目が合うとお婆さんは廊下に出てきた。
「八重さん、ふらふらして大丈夫?」
八重というのは母の名だ。
「ええ、まあ」
「えらく痩せたねえ。ちゃんと食べさせてるのかい?」
徘徊ではなく食事の心配だった。
お金がない上に母は食も細って確かにやつれている。
「私が生活保護を勧めても聞かなかったんだよ。旦那さんがいた時のほうがもっと辛くて、子供のあんたと心中しようと思ったこともあったなんて言ってね」
二十歳近くで無職の僕は自分が責められているような気がして話をそらした。
「徘徊に困っているんです。1時間たらずで戻ってくるのでまだいいんですけど」
「あんたが幼稚園に通ってたころも八重さんはこの時間になると迎えに出たもんだよ」
お婆さんの話で母の徘徊のルートに見当がついたので母を追いかけた。
僕らが住んでいる一帯は小高い山の斜面を平らに削って造成した住宅地で、片がわは垂直に近い崖になっている。
深い崖の下には山裾の荒れ地が広がっている。
思ったとおり母はその崖ぞいの細い道を遅い足取りで歩いていた。
僕は後ろからこっそりついて行くことにした。
しばらく行くとバス停がある。
僕が通っていた幼稚園の送迎バスの乗降場にもなっているバス停だ。
母はバス停のベンチに腰を下ろした。
やがて幼稚園のバスが到着した。
母は立ち上がってバスから降りる園児たちを見回す。
園児たちが迎えの親に手を引かれていなくなると、母は諦めたように帰り始めた。
見ていた僕は鼻の奥がつんと辛くなった。
一緒に暮らしている生身の僕ではなく、幼かったころの僕が今は母親の愛情の対象なのだ。
僕はもう母の徘徊を制止しないし跡もつけない。
その代わりに母に寄り添って歩き、バス停のベンチにも一緒に腰をかける。
僕が側にいても、幼稚園のバスが着くと母は降りてくるはずのない僕を探す。
バスが出ると家へ戻るが、時には数軒の商店が並んでいる区域に足を向ける時もある。
幼い僕の手を引いて夕食の買い物に行っていた記憶に引かれるのだろうか。
帰り道は右手が崖がわになるのだが、崖ぎわの1メートルほどの高さの盛り土には紅カナメモチが等間隔に植えられている。
俗に「アカメ」と呼ばれる木だ。
二人でバス停との往復を繰り返すうちに僕は奇妙なことに気がついた。
転落防止のフェンス代わりになっているそのアカメの生け垣が少し途切れている個所がある。
数本だけ枯れて朽ちたのだろうがそこへ来ると母は必ずしばらく立ち止まるのだった。
幼かった僕と並んで生け垣の隙間から遠くに見える海を眺めてでもいたのだろうか。
★死の淵へ
僕らの生活はとうとう行き詰まった。
「もうだめみたいだよ、母さん」
残高がなくなった預金通帳を開いて見せた。
母は何の反応も示さなかった。
アパートの家賃の支払いが滞っていて退去を迫られている。
電気、ガス、水道の料金も振りこんでおらず、電気とガスが止められた。
一昨日から二人ともお腹には水しか入れていない。
体を動かすのも限界が近づいている。
家の中をできるだけ片づけた後、母を最後の散歩に誘った。
「母さん、散歩に出ようか」
母の手を握って立ち上がらせ玄関で靴を履かせた。
かつて母に手を引かれて歩いた道を今日は僕が母の手を引いて行く。
古典の授業で習った「道行き」という言葉が頭をよぎった。
母は心ここにあらずというふうによろぼい歩く。
心がここにないのなら母の心はどこをさまよっているのだろう。
徘徊は体でなく心がさまようのだ。
僕の心はまだ僕の体にとどまっているだろうか。
ショパンの『別れの曲』が頭の中でゆるやかに鳴っている。
連れだって歩む僕と母の実存感がどんどん希薄になっていく。
とすれば、生と死にどれほどの違いがあるだろう。
もはや望むものは静寂と安らぎのみだった。
崖ぞいのアカメの生け垣の切れ目まで来た。
「母さん、もう楽になろう」
僕は母親の両脇に手を差し入れた。
そして幼児に「高い高い」をするように正面から抱え上げて盛り土の上に立たせた。
後は一緒に崖下へ身を投げるだけだが、抱え上げた母の体は子供みたいに軽かった。
その軽さに驚いた瞬間、幼稚園児だったころの記憶が唐突によみがえった。
あの時は逆だった。
僕のほうが母に抱え上げられてこの生け垣の切れ目に並んで立った。
「子供のあんたと心中しようと思ったこともあったなんて言ってね」
隣りの部屋のお婆さんもそう語った。
あの時、母はここで遠くの海を眺めていたのではない、崖下を覗きこんでいたのだ!
崖を背にして盛り土の上に立たせた母が僕を見下ろして口を開いた。
「和夫」と、はっきり僕の名を呼んだ。
長くさまよっていた心が母の目に戻っている。
昔どおりの凛とした目だ。
「あんたは残りなさい」
そう言って母は目をつぶった。
僕が盛り土に飛び上がったのと母が後ろへ身を倒したのは、ほぼ同時だった。
僕は両腕を母の背に回し、あらん限りの力で母を抱き寄せた。




