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わたしを見て  作者: かわさきはっく


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第48話 拒絶

「……準備に取り掛かります」


 雨宮神主はそう告げると、祭壇の奥から古びた桐の箱を取り出した。

 蓋を開けると、中には麻で編まれた太い縄と、真っ白な死装束が入っていた。人柱になるための衣装だ。


「……三上殿。これを身につければ、もう後戻りはできません。……あなたの魂は現世との(えにし)を絶たれ、あちら側の『栓』として固定されることになります」


 黒田が苦々しい顔で顔を背けた。


「……クソッ。本当にこれしかねえのかよ。……警察官が民間人にこんな真似させて……」


「……いいんです、黒田さん」


 俺は痛む体を引きずって立ち上がり、死装束を受け取った。


 恐怖はない。あるのはこれでようやく凪の苦しみを止められるという、奇妙な安堵感だけだった。

 俺はついたての裏で、汗と脂で汚れたシャツを脱ぎ、死装束に袖を通した。

 ひんやりとした麻の感触が高ぶる神経を鎮めてくれる。


(……待ってろ、凪)


 俺は心の中でつぶやいた。俺が行く。お前の代わりに、その泥の底へ。

 そうすれば、お前は自由になれるし、呪われた人達もあるいは……。


 だが。

 着替えを終え、祭壇の前に座った瞬間だった。

 ドォン、と床下から突き上げるような衝撃が走った。


「……地震か?」


 黒田が身構える。


 いや、違う。揺れているのは地面ではない。

 空間そのものが悲鳴を上げるように歪んでいる。

 祭壇の蝋燭の炎が、風もないのに激しく暴れ出した。


 そして、俺の頭の中に凪の声が響いた。先ほどの夢の中のような弱々しい声ではない。

 怒りと、悲しみと、侮蔑(ぶべつ)に満ちた絶叫だった。


『……ふざけないで』


 脳が揺さぶられる。鼻からツーと血が垂れるのが分かった。


『……また、そうやって! 勝手に決めて! わたしを閉じ込めるの!?』


「……な、凪……?」


 俺は頭を押さえてうずくまった。違う。俺はお前を助けようとして……。


『……違う! 代わりなんていらない! わたしが欲しいのはそんなものじゃない!』


 バリン!


 離れ座敷の窓ガラスが、一斉に内側へ向かって砕け散った。

 雨宮が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 黒田が俺に覆いかばさる。


「……三上! どうなってる! 儀式を始めたのか!?」


「……拒絶されてる……!」


 俺は血を吐くように叫んだ。


「……凪はこれを望んでない! 俺たちが人柱なんて古いやり方で解決しようとしたことに怒ってるんだ!」


 俺たちの読みは間違っていた。

 雨宮の見つけた古文書はあくまで人間側の都合で穢れを処理する方法に過ぎなかった。

 凪が求めているのは、そんなシステムの一部としての救済ではない。

 もっと根源的な、魂の叫びを聞き届けることだったのだ。

 そのことに気づいた時、俺の胸ポケットに入れていたスマートフォンが異常な熱を発した。

 着信ではない。勝手に画面が発光している。


『……許さない。……私の気持ちを分からない奴なんて、いらない』


 凪の声がスマホのスピーカーからノイズ混じりに漏れ出す。

 そして、その殺意の矛先が俺ではない別の場所へ向いたのを感じた。

 俺たちの中で、最も「分かってくれるはず」だったのに、凪の期待を裏切った人間。

 そして今、最も呪いに近く、無防備な場所にいる人間。


「……まさか」


 俺の顔色が変わるのを見て、黒田が叫んだ。


「……おい! どこだ! どこへ行く気だ!」


「……茜さんだ!」


 俺は死装束のまま、ガラスの破片を踏みしめて立ち上がった。


「……凪の怒りが茜さんに向かった! 儀式なんてやってる場合じゃない!」


 その時。俺のスマホが再び鳴った。今度は本当の着信音だった。

 画面に表示された名前は『高嶋茜』。

 だが、俺が通話ボタンを押すよりも早く、自動的に通話が繋がった。


 スピーカーから聞こえてきたのは、茜さんの声ではなかった。

 ガタガタ、ガタガタ、という激しい振動音。

 そして、医療機器の警告音が途切れることなく鳴り響いている。


 その向こうで、誰かが苦しげに息を吸う音がした。


『……み、かみ……さん……』


 茜さんの声だ。だが、それは喉が焼け焦げたようにかすれ、命の灯火が消え入りそうな声だった。


『……ごめんなさい……。……私……耐えられ、そうに……ない……』


「茜さん! しっかりしろ! 今行く! 今すぐ行くから!」


 俺は叫びながら、半ば転がり落ちるようにして神社の庭へと躍り出た。

 視界がない分、距離感が掴めない。足が何もない空を切ったかと思うと、次の瞬間、地面が荒々しく俺の身体を受け止めた。


 砂利が(てのひら)に食い込み、膝に鋭い痛みが走る。だが、構っていられなかった。

 俺は四つん這いのまま、本能が警鐘を鳴らす方角へと顔を上げた。


 ゴオオオオオ……。


 耳の奥を震わせる、地鳴りのような低い唸り声。

 大気がきしんでいる。上空で何かが激しく回転し、周囲の空間をねじ切ろうとしている気配が痛いほどに伝わってくる。


 おぞましい何かが、そこで生まれようとしている――。

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