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わたしを見て  作者: かわさきはっく


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第34話 神社の密談

 翌朝。

 ビジネスホテルの遮光カーテンの隙間から、容赦のない光が差し込んできた。

 俺と高嶋茜はほとんど眠る事ができないまま、朝を迎えていた。

 部屋は俺が放つ異臭と、茜が使った消毒液の匂いが混じり合い、異様な空間と化している。


 茜が疲労でぼんやりしていた時、スマートフォンのバイブが静かな部屋に響いた。

 茜は慌ててそれを取り、小さな声で応答する。


「……はい、高嶋です。……黒田さん。分かりました。今、降ります」


 茜は電話を切ると、俺の腕を掴んだ。


「三上さん、聞こえますか。黒田さんが、下に」


「……ああ」


 俺は重い体を起こした。

 茜が昨日、ドラッグストアで買った新しい包帯とガーゼで、俺の顔と手の爛れた部分をできる限り隠していく。

 フードを目深に被り、俺は茜の肩を借りて、ホテルの部屋を出た。


 ロビーは朝の光に満ちていた。


「ぐ……ッ!」


 見えないはずの目が、なぜか光に反応し、焼けるように痛む。

 俺たちは逃げるようにホテルの自動ドアを抜けた。


 ホテルのすぐ前にあるロータリーには一台の黒いセダンが停まっていた。

 運転席の黒田は俺たちの姿を確認すると、窓をを開けて声をかけた。


 「……乗れ。話は移動しながらだ」


 俺は後部座席に倒れ込むように乗り込み、茜も隣に滑り込んだ。

 黒田はタバコを吸い殻入れにねじ込んで、車を静かに発進させる。

 車内に満ちた煙草の匂いが、俺の異臭をわずかに上回るようだ。


 走り出した車の中で、朝の風景が窓の外を流れていくのを茜はぼんやりと眺めていた。


「……まず、俺からの報告だ」


 黒田がバックミラー越しに俺たちを見ながら、重々しく口を開いた。


「昨夜、本庁のデータベースを洗った。……あんたらの言う通り、『蒼月海琴』は実在する。凪の三歳上の姉だ」


 茜が息を飲んだ。


「凪の死亡届も彼女が提出している。……だが、問題はその後だ」


 黒田は忌々しげに舌打ちをした。


「蒼月海琴の住民票は三年前から動いていない。今も、このK市内の駅前の古いアパートの一室に居ることになっている。だがな、今朝方、所轄に確認させたところ、そこはもぬけの殻だ」


「もぬけの殻……?」


 茜が聞き返した。


「ああ。電気もガスも止められて久しい。郵便物も溜まっていない。……とっくの昔に引き払ってる。……住民票も移さず、完全に足取りを消してる」


 黒田の言葉に俺の胸が冷たくなった。


「……まるで、このK市での過去から逃げるみたいにな」


 車はK市の中心部を離れ、山手の方へと登っていく。

 やがて、砂利を踏む音と共に車は停まった。


「着いたぞ」


 茜に支えられ車外に出ると、ひんやりとした森の空気が俺の爛れた肌を撫でた。

 潮の匂いではなく、古い木々と土の匂い。


「お待ちしておりました」


 雨宮神主の声がした。彼は黒田の車を本殿の脇で待っていたようだった。


「……三上殿、でしたな。……症状、進んでおられるようだ」


 雨宮の声には同情でも嫌悪でもない、ただ、事実を確認するような静かな響きがあった。


「……話は中で。離れを用意しております」


 俺たちは雨宮に導かれ、古い渡り廊下を歩き、離れ座敷に通された。

 そこは昨日までの廃屋やホテルとは違う、厳かで、しかし、どこかこの世ならざる「気」に満ちた空間だった。

 俺は茜に支えられ、畳の上に座り込んだ。

 四人が円を描くように向かい合う。

 黒田は当たり前のように煙草に火をつけた。


「……さて。こっちの話はさっき車で伝えた通りだ。キーパーソンは行方不明。……八方塞がりだ。……あとは神主さん、あんたの話を聞きたい」


 雨宮は静かにうなずくと、持参していた古い和綴じの書物を開いた。


「……わたしは昨夜、神社の古文書を読み直しました」


 彼は重々しく語り始めた。


「やはり、舟倉地区は古くから、土地の穢れを海に流す特別な場所だった」


「穢れ……?」


 茜が医師としての疑問を口にした。


「疫病、飢饉、海難事故……。人々が理不尽な死を迎えるたび、その怨念や負のエネルギーが、この土地に蓄積される。……そして、蒼月の一族は……」


 雨宮は俺の方を見えない目で見た気がした。


「……古くから、その穢れをその身に引き受ける人柱の一族だったようです」


「人柱……?」


 黒田が眉をひそめた。


「そうです。この土地の者が海で死んだり、疫病で死んだりすると、その怨念や穢れが、なぜか蒼月家の者に業として集積される。……蒼月家の者はその穢れを浄化するために、代々、短命だったという」


「……!」


「そして、その業は現代において、凪という女性の、あの皮膚の病として現れた」


 茜が息を呑んだ。


「……彼が患っていた重度のアトピーと光線過敏症……。それが、この土地の呪いそのものだったと……?」


「医者が病気と呼ぶもの。わしらが呪いと呼ぶもの。……その正体は同じものだったのでしょう」


 俺は全身の皮膚が粟立つのを感じた。

 蒼月凪の苦しみは単なる病気ではなかった。

 この土地に住む、名もなき人々が積み重ねてきた穢れの最終的な受け皿。

 それが、あいつの病の正体だった。

 俺の体で、今、起きているこの壊貌病(かいぼうびょう)もまた、その業そのものだった。


「……待ってください」


 そこで、茜が口を開いた。

 彼女はバッグからビニール袋に入れた『日記』と『プリクラ』を取り出した。


「凪の部屋でこれを発見しました」


 茜は二人にプリクラと、日記の『姉さんだけだ』という一節を見せた。


「……彼女を人柱としての役割から、唯一、引き離していた存在。……それが、姉の海琴です」


 情報が出揃った。

 黒田がタバコの煙を深く、長く吐き出した。


「……つまり、こういうことか」


 黒田が俺たち三人を順に見回す。


「呪いの大元はこの土地の穢れ。それを人柱として引き受けていたのが、蒼月凪。そして、彼女が患っていた病が、その業の顕現だった」


 雨宮がうなずく。


「だが、何かが引き金になり、凪は人柱であることをやめ、その呪いを今度はネットを通じて世界に撒き散らし始めた?」


 茜が続ける。


「……その引き金の真相を知り、そして、凪の人柱としての役目を唯一、理解していたであろう人物が姉の蒼月海琴……」


「……しかし」


 俺は最後の絶望的な事実を口にした。


「……その鍵を握る海琴は、今、どこにいるかも分からない。行方不明だ」


 神社の離れ座敷は重い沈黙に包まれた。

 全ての情報が一点を指し示している。

 だが、その一点は闇の中に消えている。

 俺たちは呪いの真相の入り口で、絶望的な壁の前に立たされていた。

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