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わたしを見て  作者: かわさきはっく


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第31話 合同調査

 蒼月凪の生家は死んだように静まり返っていた。

 黒田の懐中電灯が俺と医師の高嶋茜、そして神主の雨宮を順に照らし出す。

 カビと埃の匂いに俺の皮膚が放つ腐臭が混じり合い、異様な空気が廃屋に満ちていた。


 沈黙を破ったのは茜だった。


「……信じられない……。土地の呪いや怨念が、インターネットと……結びついた……?」


 彼女の声は科学者としての常識が崩壊していく音のようだった。


「だが現実に起きてる」


 黒田が低く言った。

 彼は懐中電灯を俺の顔……爛れた皮膚と光を失った瞳に固定したまま続けた。


「三上、お前の言う通りだった。これは事件じゃねえ。災厄だ。……だが俺は刑事だ。相手が怨念だろうが何だろうが、事の経緯を調書にまとめなきゃならん」


 黒田は雨宮に向き直った。


「あんたは神主だといったな。あんたの話が本当だとしたら、俺たちは手も足も出せないのか?」


「いや」


 雨宮は静かに首を振った。


「呪いには必ず核心がある。今回ならば、蒼月凪の動機がそれにあたる。彼女が、なぜ、三年経った今、これほどの怨念と化し、この土地の古い呪いを呼び覚ましたのか。……それを知らねば鎮めることなどできん」


 俺は壁にもたれたまま声を絞り出した。


「……俺が知ってることを全部話す」


 俺はこの数日間、失明するまでの一人きりの調査で突き止めた全てをこの場に居合わせた三人に叩きつけた。


 健太が「nagi」というハンドルネームを見つけたこと。

 俺が、その「nagi」の過去ログから「蒼い月」「神奈川の海」という言葉を拾い、蒼月凪という本名にたどり着いたこと。

 そして、その蒼月凪が三年前、このK市で死んでいたという、地方新聞の訃報記事のこと。


「……死者が犯人だと?」


 黒田が(うめ)くように言った。

 彼が法の下で追ってきたのは常に生きている人間だった。その常識が今、俺の証言によって決定的に破壊された。


「受け入れるしか、ないでしょう」


 茜が震える声で言った。


「……三上さんの、このお姿が何よりの証拠です。私たちの常識はもう通用しない」


 茜は医師としての顔つきに戻っていた。


「雨宮さん。あなたの言う通り、原因を究明しましょう。これは医学的なアプローチと警察の捜査、そして……あなたの専門分野、そのすべてが必要です」


 奇妙すぎる対抗勢力が、この呪いの震源地で正式に結成された瞬間だった。


「……よし」


 黒田が重々しくうなずいた。


「役割分担だ。俺は一度車に戻る。本庁のデータベースにアクセスして、蒼月凪の戸籍、家族構成、交友関係……三年前の死亡時の状況も含めて洗い直させる。……非公式にな」


 黒田はもう俺を容疑者として見てはいなかった。彼の目は巨大な敵を前にした刑事の目に変わっていた。


「私は」


 茜が続けた。


「この家を調べてみます。蒼月凪が、どんな生活をしていたのか。特に彼が患っていたという皮膚疾患……それが、この『壊貌病(かいぼうびょう)』とどう繋がるのか。……彼が使っていた薬、医療記録、何でもいい。手がかりを探します」


 彼女はリュックからゴム手袋と医療用のペンライトを取り出した。


「わしは一度、神社に戻る」


 雨宮が言った。


「舟倉の地と蒼月家の関係を古い文献からもう一度調べてみよう。この土地の呪いがなぜ、あの子を選んだのか……」


 それぞれの専門家が動き出す。

 法と、科学と、伝承。

 では俺は? 失明し、腐りかけた体で、俺には何ができる?


「……三上」


 黒田が俺の肩に手を置いた。その無骨な手が、今はなぜか、少し温かく感じた。


「お前はここにいろ。茜先生と一緒にな。……お前が言った通り、お前は呪いと話せるんだろ」


「……」


「俺たちには見えないものをお前は聞いている。……それは俺たちの羅針盤でもある。……死ぬんじゃねえぞ」


 黒田はそれだけ言うと、懐中電灯の光と共に廃屋の闇に消えていった。


 雨宮も、静かに一礼し、去っていった。

 廃屋には俺と茜の二人だけが残された。

 カビ臭い沈黙が部屋を支配する。


「……三上さん」


 茜がペンライトの弱々しい光を俺に向けた。


「……痛みますか?」


「全部だ。目も皮膚も……。だが、もう慣れた」


「……すみません。私には軟膏を塗ることくらいしか……」


「いい。それより調査だろ」


 俺は壁にもたれたまま、茜の気配に集中した。


 茜はゴム手袋をはめると、懐中電灯を片手に、この廃墟の検分を始めた。

 リビングらしき部屋。床には色あせた雑誌や乾いたカップ麺の容器が散乱している。


「……ひどい。三年前から時間が止まっているみたい……」


 茜がキッチンの方で薬袋を見つけたようだった。


「……これ、ステロイド系の軟膏……。ああ、こっちは抗ヒスタミン剤……。やはり、彼女、重度のアトピーか何かだったのね……」


 茜の冷静な分析の声が俺の耳に届く。


 俺はその間、まぶたを閉じ、意識を俺の内側で響く声に集中させた。

 黒田や茜が動いている間、蒼月凪の声はぴたりと止んでいた。

 まるで、俺たちの調査ごっこを高みの見物でもしているかのように。


(……おい、蒼月凪。お前のことを調べてるぞ。……何を隠してる)


 俺は心の中で怨念に語りかけた。


『……』


 返事はない。


 茜が埃まみれの棚を調べている。


「……アルバム? いえ、スケッチブック……?」


 その時。俺の頭の中で、声が小さく、しかしはっきりとつぶやいた。


『……わたしの部屋は二階』


「……!」


「どうしました、三上さん?」


 俺が息を飲んだ気配に茜が気づいた。


「……今、声がした」


 俺は闇に包まれた天井を見上げた。この廃屋には二階がある。


「……あいつの部屋は二階だ」


 茜の懐中電灯の光が俺の顔を照らした。

 彼女は俺が呪いと交信するナビゲーターとしての役割を果たし始めたことを感じ取っていた。

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