第29話 邂逅
懐中電灯の光が失明した俺の眼球を焼いた。
暴力的な光の中で、俺は蒼月凪の生家の腐った床板の上にうずくまっていた。
「……その顔、その姿……。やはり、お前か。三上悟」
黒田刑事の動揺を押し殺した低い声が廃屋の闇に響いた。
「……黒田……刑事……?」
俺は激痛に耐えながら、光の奔流の向こう側を睨みつけた。
もちろん何も見えない。
だが、その声の主は俺が東京で最後に別れた現実の象徴だった。
「……何の真似だ三上。その……顔は。病気か? ……何かのパフォーマンスか?」
黒田が一歩、近づいてくる気配がした。
埃っぽいカビの匂いに安煙草の匂いが混じる。
俺は顔を覆ったまま、フードの奥で割れた唇を震わせた。
笑いが込み上げてきた。
あまりにも馬鹿馬鹿しかった。
「……パフォーマンス……? は……はは……」
乾いた笑い声が廃屋の中に響く。
「……黒田さん、あんた、まだ……そんなことを言ってるのか」
俺はゆっくりと顔を上げた。
光の激痛に耐えながら、懐中電灯が構えられているであろう中心を、見えない目で見据えた。
「……よく見てくれよ、刑事さん」
俺は両手を広げ自分の醜態をその光の中に晒した。
「これが、あんたが追ってる現象の正体だ」
黒田が息を呑む音がした。
「……なんだ、それは……。皮膚が……ただれて……目も……」
「失明したよ。あんたが『ただの絵だ』と断言した、あのサイトの絵を見て、な」
俺はフードを払い除けた。
爛れた皮膚が懐中電灯の光に照らされ、ぬらぬらと光るのが想像できた。
「……俺が自殺教唆の教祖様なんだろ?」
俺は黒田が電話で吐き捨てた言葉をそのまま返した。
「これが学生どもをそそのかした犯人の顔だ。……満足か?」
黒田は何も言えなかった。
彼が持っている法という物差しでは今、目の前で起きている現実を測ることができなかった
彼が追ってきたのは狡猾な犯罪者のはずだった。
だが、目の前にいるのは失明し、皮膚が腐り落ち、おぞましい異臭を放つ、生きながらの亡霊だった。
「……三上……お前……」
黒田が絞り出すように言った。
「……本当に……呪われた、とでもいうのか……?」
「だから、言ったはずだ」
俺は蒼月凪の声が導いた、この家の中心に向かって、一歩足を踏み出した。
「これは呪いだ。あんたが事件として処理しようとした佐々木健太も、高橋由紀も……これから死ぬ残りの大勢も。……全員、呪いに殺されるんだ」
『……そうだよ』
頭の中で蒼月凪の声が満足そうに囁いた。
『この人も、やっと分かってくれた』
黒田は懐中電灯を俺から逸らした。
光の拷問が、ふっと和らぐ。
彼は目の前の生きた証拠を前に、ベテラン刑事として積み上げてきた現実認識のすべてを根底から覆されようとしていた。
その時だった。
ギ、と、俺が入ってきたのとは別の廃屋の裏口の方角で床板が軋む音がした。
「……誰だ!」
黒田が即座にそちらへ懐中電灯を向けた。
闇の中に、もう一つの光が揺れていた。
そちらも、懐中電灯を持っている。俺たち以外の第三者だ。
「……ひっ!?」
光が俺の姿を捉えた。
甲高い、息を呑む音。女の声だった。
「……あなた……!」
その声は恐怖と、そして、信じられないものを見たという驚愕に震えていた。
「……その顔……その皮膚の壊死……。まさか……」
「……誰だ、あんたは」
黒田が低い声で問うた。
「……K大学病院の高嶋茜、です」
女……高嶋茜は震える声で答えた。
「私は医師です。……calmというサイトが引き起こしている健康被害の……発生源を調査しに……」
茜の懐中電灯の光が俺の全身をまるでスキャンするように上から下へと舐めていく。
光が痛い。だが、俺はもう叫ばなかった。
やがて、茜は絶句したようにつぶやいた。
「……間違いない。これは……私たちが仮に『壊貌病』と呼んでいた、あの症状の……」
彼女は俺の完全に光を失った瞳を照らし出した。
「……進行、末期症状……。……ああ……なんて、こと……」
医者か。
呪いなど信じようもないであろう、現実側の人間。
だが、彼女はこの現象を壊貌病と呼び、ここまでたどり着いた。
俺たちはそれぞれの目的で三年前の死者に導かれ、今、ここに集結したようだ。
俺の耳元で蒼月凪の声が楽しそうにコロコロと笑うのが聞こえた。
『……役者が揃ったようね』




