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わたしを見て  作者: かわさきはっく


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第12話 時限爆弾

 翌朝、月刊「深淵」編集部に朝一番で出勤してきた編集長は目を剥いた。


「……三上? お前、帰らなかったのか?」


 俺は一晩中明かりもつけず、編集部の暗闇の中でデスクライトだけを頼りに、ある作業に没頭していた。

 俺のデスクの上には健太の私物……大学の講義ノート、ルーズリーフの束、使い古されたスケジュール帳が、検死台に並べられた証拠品のように置かれていた。

 俺の顔は一睡もしていないせいで脂と疲労でテカり、目は血走っていた。


「編集長……」


 俺は乾ききった喉でかれた声を出した。


「佐々木健太は自殺じゃありません」


「……三上、お前、何を言ってる」


 編集長は俺の常軌を逸した様子に明らかに狼狽していた。


「警察から聞いたろ。あいつは重度のストレスで……」


「違います!」


 俺はノートの山から顔を上げ、編集長を睨みつけた。


「あいつは呪われたんです! calm(カーム)って画家のWEBサイトにある絵で!」


「……三上。お前、疲れてるんだ。今日は休めと言ったはずだ」


「休んでる場合じゃない! 健太は死ぬ直前、53件の宛先にメールを送信したんだ! きっとあいつの大学の知り合いに、あの呪いのサイトのURLを送ったんだ! 警察は俺の話を妄言だと言って何も捜査しない!」


 俺は健太のスケジュール帳を掴み、編集長に突きつけた。


「呪いが本物なら、あと六日後……六日後には最大で53人の後追い自殺が起きるかもしれないんだ!」


 時限爆弾だ。

 俺はこの一晩で、その事実に気づいてしまった。

 健太の死は始まりに過ぎない。

 あいつは最後の最後に呪いの種を蒔いて死んだ。

 53人分の死のタイマーが、今、この瞬間も時を刻んでいる。


 編集長は俺の剣幕に一歩後ずさると、深いため息をついた。


「……三上。お前、正気か」


 その目は昨日の谷村刑事と同じ目をしていた。俺を狂人、あるいは病気として見る目だ。


「佐々木くんが死んだのはショックだったろう。だがな、お前まで『あっち側』に行っちまったら、おしまいだぞ。オカルト雑誌の記者がオカルトに呑まれてどうする」


「呑まれてなんかいない! これは現実だ!」


「じゃあ、証拠は!」


 編集長が声を荒らげた。


「その呪いの証拠がどこにある! WEBサイト? そんなもん、ネットに星の数ほどある! それを信じるのは読者の仕事だ! 俺たちの仕事じゃない!」


「……」


 俺は言葉に詰まった。

 証拠はない。押収された健太のPCとスマホ。それだけが物証だったが、それは今、俺の言葉を妄言と切り捨てた警察の手の中だ。


「……総務に連絡して、佐々木くんのデスクを片付けさせる」


 編集長はそれだけ言うと俺に背を向けた。


「待ってください!」


 俺は叫んだ。


「あいつの荷物は俺が預かります。ご家族に俺から渡しますから」


 編集長はちらりと俺の目を見た。その目には憐れみのような色が浮かんでいた。


「……好きにしろ。だが、三上。お前、一週間、休暇だ。編集部には来るな。頭を冷やせ」


 それは事実上の出入り禁止宣告だった。


 俺は健太の私物……ノートやスケジュール帳をゴミ袋に無造作に詰め込むと、編集部を追い出されるようにして外に出た。


 神保町の朝の雑踏。行き交う人々は俺が今、53人分の命がかかった時限爆弾を追っていることなど、知る由もない。


 警察も、編集部も、誰も信じない。

 なら俺がやるしかない。俺の無責任な挑発が健太を呪いの淵に追いやったんだ。これは俺の贖罪でもあった。


 俺は近くの喫茶店に飛び込み、一番濃いブラックコーヒーを注文した。カフェインで無理やり脳を覚醒させるためだ。

 そして、ゴミ袋から健太のノートの束を広げる。


(53人。手がかりはどこだ)


 警察が持っていったデジタルな遺品とは違い、ここにあるのはアナログな情報だけだ。

 講義のメモ。殴り書きのアイデア。走り書きの電話番号。


(健太の大学……確かM大学だったな)


 俺は健太のスケジュール帳を一ページずつ、執拗にめくっていった。


 四月 新歓コンパ

 五月 民研新歓合宿

 六月 民研フィールドワーク準備

 七月 民研飲み


 ページをめくるたびに『民研』という二文字が何度も、何度も現れた。

 これだ。健太が所属していた大学のサークル。『民俗学研究会』。


 俺は次に健太の講義ノートを手に取った。

 そこには講義内容とは別に、端の方にいくつかの名前が走り書きされていた。


 『高橋にノート借りる』

 『佐藤とUMA調査(多摩川)』

 『鈴木先輩、民研資料室の鍵』


 間違いない。健太はあの最後の瞬間、この『民俗学研究会』の仲間たちに、彼が『救い』だと信じ込んでしまった呪いのリンクを送ったのだ。

 あのPCの画面に見えた『送信完了:53件』という数字。

 それは恐らく、このサークルのメーリングリストの人数か、あるいはSNSグループの総数。


 俺は震える手でスマートフォンを取り出し、M大学のWEBサイトを開いた。

 サークル活動の紹介ページを探す。

 あった。「文化系サークル一覧」の中にそれはあった。


 『民俗学研究会(通称:民研)』


 あと、六日。

 俺はコーヒーを一気に飲み干すと、喫茶店を飛び出した。

 最初の現場は決まった。M大学。時限爆弾の中心地だ。

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