漆黒ノ姫のエトワール~闇の巫女は光の巫女だけを愛する~
光の巫女と闇の巫女が存在する世界。
神に愛される光の存在と悪魔と魔王に愛される闇の存在である二人の巫女は正反対の存在だが、互いのことを思い合っていた。
私の憧れの人は、私の手の届かない所にいる人だ。誰よりも、何よりも優しくて、どんな人より、ものより綺麗で、そこにいるだけで多くの人に安らぎを与えられる…そんな素晴らしい人だ。
(ああ、本当に美しい…)
穏やかな午後の日差しに包まれるあなたは、まるでこの穢れた世界を浄化するために舞い降りた女神のよう。神々しくて、眩しくて、それでも目を離せない。
周囲に多くの人が集い、語りかけられる言葉の一つ一つに丁寧に対応する彼女がふと私の方に視線を向けた。彼女の周りにいる人はまるで私のことなんていないもののように扱うというのに、彼女だけは私のことを見つめて、そしてフワリと微笑むの。そんな彼女に思わず視線を背けてしまう。
(ダメダメ、私があの方に憧れを抱いているなんて、好意を抱いているなんて誰にも知られてはいけないのだから。)
私とあなたは相容れない存在。私はあなたに憧れを抱いていて、あなたに近付こうと、どれだけ努力をした所で私はあなたに追いつけないの。あなたの背中は遙か遠く、あなたを追いかけることがバカらしくなる程だけど、でも私は…あなたに少しでも近付きたくて、あなたに相応しい反対の存在になりたくて、ずっと努力を続けている。
光の中で多くの祝福を受けるあなたと、闇の中で一人ぼっち、誰からも愛されず、嫌われ煙たがられる私は全く違う存在だ。だってあなたは光の巫女で、聖女様で、私は闇の巫女で、悪魔だから。
(でも、それでも憧れずには、好きでいるのは止められない。)
あなたがもっと輝く存在になれるのなら、私という闇がいることであなたがもっと美しい光として讃えられるなら、それでいいと思っている。この先も、ずっと、ただあなたを見つめることだけができるのなら、それでいいと思っていた。
――だって、あなたが好きだから。
世界を守り、神々から愛される光の巫女と、世界を破壊し、魔王と悪魔と死神に愛される闇の巫女は対の巫女であり、どちらかが欠けては世界が滅びるという伝承がある。そんな理由もあって、巫女に選ばれたばかりの頃は、対の存在であり、決して相容れない存在だと、あなたを意識していた時もあった。でも、あなたを強く意識してあなたを見ていると、あなたにどうしようもなく惹かれている私がいることに気が付いたの。
(あなたはこの世界の誰よりも、何よりも美しく、清廉で、尊い人だから。)
闇の巫女となった私は両親からも嫌われ、当然世界の人々からも嫌われ、小さな部屋に押し込められるように、いないものとして扱われるようになった。だって、闇の巫女は世界を滅ぼすことができるから。機嫌一つで世界の破壊を祈れてしまうのだもの、怖くてしょうがなかったのでしょうね。
(でも、あなただけは違った。)
誰からも愛されなくなってしまった私のことをあなただけは見てくれた。愛そうとしてくれた。「友達になって」と手を差し伸べて綺麗な花までくれた。
同じ巫女という立場に在るから?それとも、対の存在だからあなたも私を意識していた?それはわからない。でも、あなたはいつも、誰かに愛されているのに、誰よりも私のことを気にかけてくれる。
(それがとても嬉しい。)
あなたという存在が私のことを愛しているのかもしれない。そう思うだけで、この世界の破壊を祈るなんて、そんなバカなことをしたいとは思えなくなるの。だから、あなたはとても偉大で、光に愛され、誰からも愛される存在だと強く意識してしまうの。
またあなたのことを見ようかしら。そう思って窓辺に近付こうとしたその時、コンコンと窓を叩く音がして、振り向くとあなたがニコリと微笑んで窓から顔を覗かせていた。この部屋の窓をこじ開けるように、闇の中に一筋の光を差し込ませるように、あなたは微笑んで私に手を伸ばす。
「ごきげんよう、ノワール。」
「あ、ご、ごきげんよう、ルーチェ。」
「ふふっ、ねえ、御一緒にお茶はいかが?」
「そ、その…」
あなたとお茶をしてみたい。ううん。そもそもの話、あなたと面と向かってお話をしてみたいの。私達は同じ神殿の中で巫女として育てられながらも、触れ合わないように育てられたから、私はあなたのことを実の所よく知らない。あなたがどんなことを考えているのか、闇の巫女である私のことをどう思っているのか。それを知りたくて、聞いてみたくて…。
「いらっしゃい、ノワール。」
「…」
あなたが差し出す手にゆっくりと手を伸ばす。でも、それはいつもあなたの周囲にいる人達に阻まれてしまう。
「聖女様に触れるな、この悪魔め!」
「っ!ご、ごめんなさい!」
手を引っ込め、部屋の奥に逃げるように走っていく。
「あ、ノワール!待って!」
あなたの声が今日も背中に届く。今日もそれだけが私とあなたの触れ合いだった。こんな日々がいつまでも続くのだろう。私はあなたとお話しすることすらまともにできないで、巫女として生きてそして死ぬ。そう思っていた。
それからもずっとあなたを暗闇から眺める日々が続いた。そんなある日、年に一度、光の巫女であるルーチェと闇の巫女である私が大神殿に赴き、世界の安寧を祈る日がやって来た。
「ノワール、一緒に行きましょう。」
「は、はい…」
私はあなたの一歩後ろを歩く。そんな私に気づいたあなたはわざと歩く速度を落として私の隣に並ぼうとする。私達を先導する神父も、私達の祈りを見届けに巡礼にやって来た人々も私達のぎこちないやり取りを見て、私に何か言いたげな、薄気味悪い瞳で私を見ている。ああ、今日もとても窮屈で、あなたがいるという絶対の理由以外に、この世界の安寧を祈る理由なんてない。私の頭の片隅ではそんな思いが浮かび上がって、そして沈んでいく。
だって、そんな考えを持ったその時、私はあなたに押されていたのだから。
「危ない、ノワール!」
「え…?」
思わず尻もちをついた私と、そんな私に覆い被さるように倒れ込むルーチェ。しかもルーチェの胸元からは真っ赤な血が溢れていた。
「ルーチェ!」
「よかった…貴女にケガはない?」
「喋ってはダメ!」
一体どうしてあなたがこんな目に遭っているの…?誰がこんなことをしたの?誰からも愛されるあなたがどうして…どうして嫌われる私の前で傷つくの?私が大好きな、生きる理由であるあなたが私の目の前で死にかけるなんて、どういうことなの…?
生温かい液体の付着した、今にも崩れてしまいそうな細い手で私の頬を撫でるあなたは優しく微笑んでいた。
「貴女が無事なら、それでいいの…」
「ダメ!ダメよ、ルーチェ死ぬなんて、そんなのダメっ!」
あなたはただ優しく微笑むだけ。そして私にだけ聞こえるように、耳元で小さく囁いた。
「愛しいノワール…」
「!」
「私は貴女が…」
「ルーチェ!」
急に動かなくなったあなたは私の方へ倒れ込む。ああ、どうして。どうしてあなたの命が散ってしまったの?これじゃあ、あなたに追いつくことはもう二度とできなくなってしまったじゃない。あなたの言葉で、私のことをどう思っていたのか聞くことができなくなってしまったじゃない。
――光の巫女が死んだ。殺された。
集まった人達の声が耳に届く。その言葉はやがて、闇の巫女である私への憎悪の言葉に変わる。闇の巫女が光の巫女を殺したのだと。
「人殺し!」
「お前も死ね!」
「闇の巫女など不要!」
罵りの言葉と、投げつけられた石が私に当たる。ああ、この世界は光を失うと、こんなにも醜くて、汚くて、壊してしまいたいと思うような場所だったのね。こんな世界のために私とあなたは巫女になって、世界の存続のために祈りを捧げてたというの。…なんてバカらしい。
(本当にバカらしい。)
あなたがいないこの世界に何の価値があるというの?私への憎悪を口にするだけで、あなたに対して心配の言葉も、労りの言葉も、労いの言葉すらかけないこんな人達が多く存在する世界が存続していいというの?あなたの亡骸を前に私だけが泣き崩れていて、あなたを敬愛していたはずの者達は私を口汚くけなすことしかしない。
「あなたがいないなら…この世界なんていらないっ!」
私が口にした瞬間、大地が大きく揺れ、暗雲が立ち込め、突風が吹き荒れ、美しく見えていた景色が一瞬の内に破壊されていた。破壊の音、逃げ惑う人々の声と悲鳴、私を罵倒する声。その全てが消えるまで、私はあなたのことを抱きしめて、ただ泣いていた。あなたがいなくなった世界はいらない。あなたのいる世界が欲しい。あなただけがいてくれればそれでいい。そう思って私は祈った。
「もう一度…ねえ、もう一度。私と一緒に生きて。」
見上げた世界は真っ白で、辺りには何も残されていなかった。闇の巫女であり、魔王と悪魔に愛されている私はきっと…世界を壊したのだろう。この壊れた世界にあなたの魂は残っているだろうか?残っていなくても、あなたの魂だけは探し当てて掬い上げる。他の人なんていらない。あなたがいればいい。
『ノワール、こっち。』
「ルーチェ…?」
あなたの声のする方に手を伸ばす。暖かな光が包み込むように、何もなかったはずの世界に綺麗な花が咲き誇った。それは、あなたと初めてであった日、「お友達になって!」とあなたが私に差し出した花と同じものだ。
優しい風が吹き荒れて、あなたの指先がピクリと動く。まるで、風があなたの魂をここまで導いてくれたかのよう。
「ん…あら、私…」
「おはよう、ルーチェ。」
「ええ、おはよう、ノワール。」
微笑むあなたは世界を見てほんの少し嬉しそうにしていた。どうしてそんな表情を浮かべているのかはわからない。でも、あなたが幸せそうならそれでいい。あなたの幸福が私にとっても幸福なのだから。
「あのね、ルーチェ。私、世界、壊しちゃったの…。」
「ふふっ、そうみたいね。でも大丈夫よ。私が作り直すから。」
「…え?」
「貴女にとって害のある世界なんていらないわ。そうでしょう?」
ルーチェは白い世界に手を伸ばす。思い出の花と私達だけの空間はあなたの光で豊かな自然と色とりどりの花で満たされていく。そこは、私がいつも見つめていた、あなたがいた光の中の世界のようだった。
「綺麗…。」
「よかった。今度は貴女も幸せになれる世界にしましょうね。」
あなたの微笑みが何処か薄暗いものに感じたけれど、あなたが生きている。あなたが私の側にいてくれる。そして、今度は話をすることもできる。それで満たされた私にはそんなことは些末なことだと見ないことにした。
「うん。」
優しく私に手を差し伸べるあなたの手を取って、私はあなたと歩き出す。今度は二人にとって幸福な世界を作るために。




