第2話「わたし、お昼もちゃんと食べます!」
午後の授業は、魔法史。
「えっと……『第三次南方聖戦』は、いつ起こりましたか?」
「はいっ!」
真っ先に手をあげたベルナデッドに、先生は微笑んでうなずいた。
「どうぞ、エルレイン嬢」
「その日、お昼が焼きたてのハーブパンだったって、伯爵家の記録に……!」
「……えっと、年号を……」
「あっ、すみません! えっと、えっと……八百三十四年です!」
「正解です」
周囲からは、くすくすと笑い声がもれる。
だがそれは、嘲りでもからかいでもない。
ただただ、ベルナデッドという存在に、思わずほころんでしまう温かい笑い。
彼女は誰にでも、ふんわりと笑いかける。
誰のことも責めず、心を丸ごと差し出してくるような、まるで小動物みたいな娘だった。
──その頃。
校舎の塔の上、上級生専用の談話室では、アーサーが一人、窓の外を見下ろしていた。
「……なぜ、泣かなかった」
声には出さない問い。
むしろ彼のほうが、あの朝の記憶に引きずられている始末だった。
婚約破棄など、これまで何度もあった。
だが、あんな反応をした者は初めてだった。
──クロワッサン。
──あんずのコンフィチュール。
──おかわり止められたんです。
なんだそれは。
「……意味がわからん」
けれど、思い出すと、なぜか胸の奥がむずがゆくなる。
ふと、執務室に戻ると、側仕えが声をかけた。
「アーサーさま、本日のおやつに、クロワッサンをご用意しましたが……」
「いらん!!」
鋭い声を上げ、すぐさま後悔する。
いや、そうではなくて……違うんだ。
──ただ、思い出すだけで、心がざわつくのだ。
ふわふわと笑う少女。
予想をまるで裏切ってくる、陽だまりのような反応。
(……気にする必要など、ない)
王太子である自分が、あの程度の娘に動揺するなど──。
「……くるみパン、だったか……」
呟いたその言葉は、誰にも届かず、風に溶けていった。
次回予告:「アーサーさまって……もしかして、お腹すいてませんか?」