闘技場 試合前の痴話喧嘩
風がふく。
闘技場には日差しが注ぎ込み、熱気に満ちいている。
暑さのせいだけではない。
満員の観客、今日のメインイベントを観るために集まった人々の興奮が闘技場をつづんでいる。
もうすぐ試合がはじまる。
奴隷となり拳闘士になって6年の月日がたった。
長かったのか、短ったのかは、よくわからない。
ただ強く、ただ強くなりたいと思い日々を生きてきた。
戦いに興味はなかった、けれど、自由を手にするためには勝ち続けるしかなかった。
負けたくない、負ければ、そこで終わってしまうからと。
けれど今はどうだろうか、心にあるのは何であろうか、勝ちへの欲求か、敗北の恐怖か、そのどれでもないような気がした。
今日の相手は闘技場、最強の拳闘士だ。
ずっと目標にしていた。
強く、速く、そして賢い。
強くなった、誰よりも、そう思う、それでも勝てると確信がもてない。
それが怖くもあり、喜びでもあった。
なぜだろうか、仕方なくやっていた拳闘が愛おしく感じている。
ここにいたるまでの苦難の日々が懐かしい。
こんなにも澄んだ気持ちで試合に望める日がくるとは夢にも思わなかった。
「頑張ってね、アリオス」
横に付き添ってくれている、アリサが声をかけてくれる。
みればアリサの手は震えている、まるで自分が戦いにいくみたいだ。
これじゃ立場が逆みたいだなと笑みが溢れる。
「何で笑ってるの、相手は最強の拳闘士なんだよ」
心配なのか、アリサの口調は少しきつい。
「分かっているよ、アリサ、でもね、今日までずっと頑張ってきた、これ以上できないくらいにね」
「だから勝てるというの」
「ううん、頑張ったから勝てるなんて、そんな甘い相手ではないよ、けれどさ、今は少し楽しみなんだ、最高の相手に自分の全てをぶつけれるんだから」
「何を言ってるのアリオス、負けたら奴隷のままなんだよ、勝てば自由になれる、そしたら私と結婚するって言ってくれたじゃない、勝つって言ってよ」
照れたような怒ったような表情をアリサはする。
コロコロと機嫌が変わる、せわしないアリサが僕は好きだ。
「ごめんなアリサ、そうだな約束したからね、勝つよ、必ず……とは、やはり言えないけど」
「そこは言ってよ」
アリサが怒る。
あまりに、普通に怒られたので、思わず笑ってしまった。
「何笑ってるのよ、こっちがめちゃくちゃ心配してやってんのに、もう、めんどくさいなお前、マジで勝てよ、負けたら、何かもう許さんからな」
アリサが何かブチ切れていた、それが面白かった。
「ありがとう、アリサ、元気でたよ、大好きだ」
満面の笑みで僕は言う。
「えっ」
アリサが戸惑い照れる
「見ててくれアリサ、俺の戦いを今までの全てをかけるから、この試合に、ずっと思っていた、強く、強くなりたいと、そのために何をすべきかを、そしてたどり着いた今日だ、自信はあるよ、それでも必ず勝つとは、やはり言えない、でもさ、見ててほしいんだ、アリサ、君に、それだけでいい」
真剣な眼差しをアリサへと送る。
アリサは黙ってしまう。
少しの沈黙の後。
アリサは頷き
「分かった、見てる」
と小さく可愛い声をだした。
「じゃあ行くね」
僕はアリサに手をふり闘技場に向かう。
振り返るつもりなかった。
今からは戦いに集中しなくてはと。
けれど闘技場に入る手前、後ろ髪を引かれた様な気になり、振り返る。
アリサがこちらを見つめている。
視線が合う。
僕はアリサにもう一度手を大きく一度ふる。
アリサも手を振ってくれる。
小さく、けれど何度もアリサは手を振ってくれた。
僕は前を向き、闘技場に入る。
不思議な気持ちだった。
なぜだろうか、もう、負ける気がしない。
そう感じた。