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9.愛人の突撃

「セルマ様、あたしの邪魔をしないでください!」


書斎に乗り込んできた彼女は開口一番、大声をあげた。


こんな風に大声あげるなど淑女あるまじき行為だし、だいたいセルマは彼女に自身の名前を呼ぶ許可など与えてない。


これが貴族令嬢なら相手にする必要もないほどのマナー違反を犯しているのだが、彼女は平民の娘だ。いちいち目くじらを立てては気の毒だと思い、セルマはアリサに応じることにした。


「アリサさん、初めまして。イグレシア伯爵家のセルマでございます、どうぞよろしくお願いいたします」


セルマの挨拶にアリサはますます怒りを募らせる。


「よろしくなんてしないわよ、あたしの家を勝手に荒らさないで!

あたしはお花の香りがいっぱいの素敵なおうちにしてベルナルトの心を癒してあげたいの!」


なるほど、脳内お花畑なのはベルナルトではなくアリサだったようだ。

確かに屋敷内に花の香りが満ちているのは良いことだと思うが、さすがに食事の場には相応しくない。


「とても素敵な考えだと思います。ですが、本館にはウェルタス卿個人のお客様もお見えになります。食事の場での強い香りはマナー違反となりますので、他の物に変えるよう命じました」


「え、そうなの?」


セルマの答えにアリサはたじろいだ様子を見せたものの、すぐに立ち直って攻撃を再開する。


「でも新しいサロンはあたしの希望通りにならなかったわ。どうせあなたが邪魔したんでしょ!」

「サロンもお客様をおもてなしする大切な空間です、ウェルタス侯爵家に相応しい調度品をお選びしました」


アリサが選んだ家具やカーテンはどれもピンクを基調としており、応接室というよりは幼い女の子が好むような物ばかりだった。

平民のアリサにはふんだんに使われたフリルやレースが物珍しく、豪華な品物のように映ったのだろうが、貴族や貴族の相手に慣れている商人にはともすれば下品に見えるだろう。


「あなたが屁理屈ばかり言うから、あたしの命令を聞く召使いは誰もいなくなってしまったじゃない」


アリサの文句にセルマは内心で呆れてしまった。

彼らは召使いではなく使用人。それに適切な命令を下せばきちんと動いてくれる。

つまりアリサのそれは不適切だったのだ、自分の不出来を棚に上げてなにを言っているのだろう。


しかしそれも仕方のないことだ。平民のそれも大商家の娘でもない彼女が、貴族のあれこれを知るわけがない。

責任を追及すべきは屋敷を整える権限を与えたベルナルトであり、彼女ではない。


「アリサさん、わたくしはこのお屋敷がうまく回るお手伝いをするよう、ウェルタス卿より承っております。その中にはアリサさんの平穏も含まれておりますのよ?」

「あたしの?」

「もちろんですわ。ウェルタス卿はアリサさんをとても大切に想っていらっしゃいますわ、あなたの不幸をお望みであるはずがありませんもの」


セルマの言葉にアリサは驚いた顔を見せるも、すぐにまた険しい表情に戻った。


「でもあなたはベルナルトの婚約者なんでしょ、言っとくけどベルナルトは渡さないわよ!あたしは誰よりも彼を愛してるんだから」


そんなもの熨斗を付けてくれてやる、と言いそうになったセルマは、貴族令嬢らしい美しい笑みを浮かべて言った。


「存じておりますわ。それにわたくしは形式上の婚約者に過ぎません。ウェルタス卿もそのようにご説明されているはずですが、違いますか?」


セルマの問いにアリサはいよいよ目を丸くした。


「本当にベルナルトのことなんとも思ってないの?」

「はい」

「信じられない、あんなに素敵なひとなのに」


そう言われてもセルマには利用価値のある人物としか映らないのだから、そこに思慕など生まれるはずもない。

あいまいな微笑みを見せるセルマをアリサは不思議な物でも見るような顔をしていたが、ともかく溜飲は下がったようだ。


「ベルナルトの部屋とあたしの部屋は好きにしてもいいのよね?」

「もちろん、プライベートな空間ですからね。ウェルタス卿がお許しになっているのでしたらかまわないかと」


セルマの賛同にアリサは弾けるような笑顔を見せ、

「さっそく模様替えをするわ!」

と張り切って本館へと帰っていった。


アリサ好みになった部屋にベルナルトがげんなりするであろうことをセルマは予測していたが、あえて何も言わず、去っていく彼女の後姿を見送ったのであった。






数日後、ベルナルトの寝室がとんでもなく『乙女風』になったとメイドたちはお茶の時間に教えてくれた。


「カーテンはピンク色でフリルがたっぷりと使われていて、家具はすべてロココ調の白い物に変えてしまいました」


屋敷を持つ主の多くは私室にも執務スペースを設けている。ベルナルトもそうではないかとハンナにたずねると彼女は頷いた。


「当然、旦那様のデスクもロココ調の可愛らしい物に取り替えられましたよ」

「そんなもの、よく見つけてきたわね」


セルマの呆れた口調にハンナは苦笑いを浮かべながら、

「特注で作らせたそうですよ」

と言った。


ピンクと白に統一され、フリルで埋め尽くされている部屋でベルナルトが仕事をしている姿は想像するだけで滑稽だ。

彼はいつまで我慢できるのか、アリサへの愛が本物なら、彼は永遠に乙女な部屋で執務を続けるのであろう。

お読みいただきありがとうございます

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