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13.新イグレシア伯爵の披露パーティー

「本日はわたしのために多くの方々にお集まりいただき、心から感謝をしております。イグレシアの繁栄とみなさまの益々のご活躍をお祈りして、乾杯」


イグレシア伯爵となったエミリオの挨拶でパーティは始まった。


今日のセルマはイグレシア伯爵の姉として出席しており、客をもてなす女主人としての立場であった。






叔父は幾人かの大商人と最近羽振りのよくなってきた貴族たちを味方につけていた。


エミリオが成人を迎えたその日、イグレシア邸に舞い戻ったセルマとエミリオを彼は冷静に出迎えた。


「エミリオ君、セルマ嬢。お久しぶりですね」


叔父の下卑た笑みにセルマは眉をひそめて応じた。


「叔父様、本日、エミリオは成人を迎え、イグレシア伯爵を名乗ることとなりました。今まで叔父様に付与されていた伯爵代行の権限は、今、この時をもってお返しいただきます」


「まぁまぁ、そう焦らずとも。まずはお茶でもいかがですかな?うちの使用人の淹れる紅茶は格別ですよ」


その言葉にセルマはカチンとくる。


今、屋敷に残っているのはかつて故伯爵に雇われていた者たちだ。

叔父の横暴さについていけないと辞めようとする彼らに、セルマは頭を下げて居残ってもらっていたのだ。


「エミリオが成人したらきっとこの屋敷に戻ってくるわ。それまでの我慢だと思って、どうかお願いします」


伯爵令嬢に頭を下げられ、それを無下にできる使用人を故イグレシア伯は雇っていなかった。

優秀な彼らなら他家で働くこともできただろう、それでも彼らはここに残ってくれたのだ。


その彼らの悔しい思いを無視するような物言いに、セルマは腹立たしく思った。

しかしここで怒っては話し合いが長引くだけだ、それに切り札は用意してある。叔父がごねるのであればそれを見せて強制退去させればいい。


「この屋敷の使用人たちのことはよくわかっていますから、お茶は後で頂きますわ。それより権限の返還に同意を」


セルマは一通の書類を叔父の座るテーブルに広げた。

それは王家の紋が記された正式な書類で、すでに、エミリオと彼の後見人であるドラード侯爵、ウェルタス伯爵令息の三人のサインは入っている。


「ですがね、こう言ってはなんだが、エミリオ君には領地管理の経験がない。そんな人間が領主となっても困るのは領民だ。当面はわたしが領地を見てあげよう、わたしには当主不在の間の実績がある」


「叔父様のおっしゃる実績とは、イグレシア領の生産高を右肩下がりにしたことでしょうか?

確かに、わたしには実務経験はありませんが、姉の婚約者であるウェルタス卿からのアドバイスはもらえます。彼の言葉に従えば、右肩上がりとは言わずとも、すぐに平坦には戻せるでしょう」


エミリオの言葉に叔父は大声をあげて笑った。


「はっはっは、これだから学生上がりのおぼっちゃまは困る。ウェルタスはイグレシア領が欲しいだけ、他家に乗っ取られてからでは遅いんだぞ」


「ウェルタス家はすでに広大な領地を所有しています、これ以上領地が増えたところで手に余るだけですわ」


「女が政治に口出しをするな、だいたいお前の婚約など見せかけだろうが!」


セルマは彼がそれを知っていることに驚いた、もちろん顔に出すようなことはしなかったが。


愛人の存在はセルマとベルナルト、それにルシオの三人だけが知る事実で、エミリオにすら話をしていないことなのだ。

それなのに叔父はなぜ彼女を知っているのだろう。ベルナルトはアリサを社交の場に連れ出すどころか、彼女の外出すら許していなかったというのに。


それにウェルタスの使用人たちは皆、一流で、内情を言いふらすような低俗な者はいない。


唯一の懸念はアリサに辞めさせられた家政婦長だが、ウェルタスを長く取り仕切ってきた彼女の矜持は、その醜聞を広めようなどと考えもしないだろう。



となると彼は一体どこからこの情報を仕入れたのか。



セルマの思考を中断するようにエミリオが宣言した。


「叔父上のおっしゃることが事実だとしても、ウェルタス卿の経営術は素晴らしいものです。わたしはウェルタス卿を信頼しています」


叔父はさらになにか言おうとしたがそれをセルマが黙らせた。


「こちらは王家より預かってまいりました書状です。陛下はイグレシア領の行く末をいたく心配されておられます、早急にしかるべき状態に戻すよう王命を賜ってまいりましたわ」


「王命だと?!」


セルマが広げてみせたそれには確かに国王の署名がされていた。



『この冬の領民の生活を保障できなければ、イグレシア領は王家管轄とする』



それを読んだ叔父は叫んだ。


「領民に配る金などない、あれは俺の金だ!」

「いいえ、すべてはイグレシア領の財産であって叔父様の私財ではございませんわ」


王命にはさすがの彼も逆らえない、その日のうちに叔父一家は屋敷を出ていった。


懇意になった商人を頼ったようだが、金にならない人間に手を差し伸べるような彼らではない。

それは他の貴族も同じだったようで結局、叔父はセルマが用意した王都外れの小さな家に妻と娘の三人で生活することになった。


半年分の賃料はセルマが支払ってあるが、それ以降は援助しないつもりだ。


故イグレシア伯もこの叔父家族にはずっと困らされてきた。彼は一年に一度はこの屋敷の戸を叩き、故イグレシア伯に金の無心をしてきた。

伯には兄弟の情もあってか少額の金を渡していたようだったが、セルマにそんな義理はない。当面の住まいを用意してやっただけでも感謝してほしいものだ。







それからひと月ほど経った今日、イグレシア伯爵のお披露目パーティーを開いているのである。


会場には、セルマが今まで関わってきた家々のひとたちも駆けつけてくれた。


「セルマ、本当に良かったわ」

「これで大手を振って貴女をお茶会に招待できるわね」


ご婦人方の祝いの言葉にセルマは心からの感謝を述べた。


「みなさま、本当にありがとうございます。これからはエミリオとふたり、力を合わせてイグレシア家と領地を守っていきますわ」


セルマの言葉に婦人方は顔を見合わせてからクスクスと笑った。


「でもセルマ様はウェルタス卿の婚約者ですわよ?」

「セルマ様が力を合わせるお相手はウェルタス卿ではなくて?」

「弟想いのセルマ様らしいお言葉ですこと」


そう指摘されて初めてセルマは自身が彼の婚約者であったことを思い出した。



エミリオのお披露目は豪華で華やかでなければならない。イグレシア家は父の代と同様、いや、それ以上の勢いを持っていると示さなければならない。


ここ一か月、このパーティにすべてを注いできたセルマである。

ハウスキーパーの仕事から得た経験を元に、念入りに準備を進めてきたのだ。かりそめの婚約のことなど心の片隅に置く余裕すらなかった。



「もちろんウェルタス卿の協力ありきですわ、彼はエミリオの先生ですもの」


なんとかもっともらしい言い訳をしてその場を切り抜けたセルマではあったが、その彼とももうすぐお別れだ。

姉の元婚約者がいつまでもアドバイスをするというのは聞こえが悪い。


パーティが終わったら次は信頼できる管財人探しをしなければ、と思ったセルマであった。




招待客へのあいさつが一通り済んだところで、セルマは使用人たちの動きを確かめるため、厨房に顔を出した。

そこはまさしく戦場のようで多くの料理人や給仕係がせわしなく動き回っている。


それを管轄しているのは家政婦長だ、セルマは彼女に声をかけた。


「順調かしら?」

「まぁお嬢様、なにか問題でもございましたか?」


彼女はセルマが幼いころからイグレシア家に仕えてくれている使用人のうちのひとりで、今でもセルマのことをお嬢様と呼ぶ。


「いいえ、会場は至って平穏よ。みなさま、お料理とワインを楽しんでくださっているわ。ご婦人方のためにそろそろデザートを並べてもらおうかと思って」


「かしこまりました、すぐにご用意します」


家政婦長はそう言って、そばにいたメイドの数人にデザートの提供を始めるように言った。


「お茶も同時にお勧めしてね、ワインを楽しまれているご婦人にはこちらのデザートをご案内するように」


今回は紅茶に合う菓子とは別にワインに合うものも用意させてある。

これはセルマがハウスキーピングの仕事の中で学んだ知恵だ。


ワインとお菓子を組み合わせるなどセルマは思いつきもしなかったが、ある家のパティシエは他国出身で、そういう文化があることをセルマに教えてくれたのだ。



家政婦長の指示を受けたメイドたちはお菓子と紅茶を持って会場へと向かい、それを見送ったセルマは、

「会場に戻ります、なにかあったら遠慮なくわたしのところへ来てください」

と家政婦長に告げて厨房を出た。

お読みいただきありがとうございます

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