第6話「指南」
少し休憩を挟んでのダリルとの対戦。先ほどのように挑発して油断を突いての勝利は望めないだろう。相手は恐らく経験豊富なソードマスター。対人において一番面倒な相手というのは、剣がうまい奴でも、肉体が強い奴でもなく、経験豊富な相手と相場が決まっている。
経験が多いという事は搦め手も知っているという事だ。小手先の技は通用しないと考えた方がいいだろう。しかし、剣でどこまでついていけるものなのか……。できれば慣れた鎌を振るいたいところだが、木製の鎌なんてここに置いてあるわけもなく。
「さて、それでは先ほどのようにお嬢様はご自由に振るってください。時々、私も数太刀反撃は致しますが、抑えますので流すも結構、受けるも結構で御座います。追撃等は致しません」
「それでいいですわ。流石にソードマスターの攻撃を剣で受けきれるとは思いませんもの」
「宜しいですか? では、いつでもどうぞ」
恐らくダリルも王国剣術から派生しているのだろう。先ほどのジョージは中段に構えて半身引いていたが、ダリルは中段に構えても半身を引いていない。いや、これは構えているというよりも受けることが前提だから適当に剣を上げているだけなのかもしれない。
先ほど同様に、こちらから仕掛ける。先ほどは準備運動も兼ねて単調な技から入ったが、今回は違う。小手先の技を仕掛けて全力で一太刀を浴びせる事を狙いに行く。
しかし、流石にそう現実は甘くない。全て受けられ、躱され、反撃をしてくる。ソードマスターであるという驕りを見せてくれれば狙い目もあるかもしれないが、そんな隙は全く出してくれない。手加減はあっても真剣そのものだ。
むしろ、こちらの動きの甘い所をついてくるのだから質が悪い。やりにくい。しかし、これこそが対人戦だ。最後の勇者との決闘以外では10年以上、余裕の勝利しかなくなっていた。その頃から考えれば、実に久しぶりの焦り。焦りは高揚感となって精度を上げてくれる。しかし、冷静さは失っていない。
「は、ははっ! やはり上手いな! 全くその余裕を崩せる気がせん!」
「お嬢様も中々受けにくい事をして来ますね。キレは上がってきておりますが、まだまだ甘いですね。脇をしっかり締めて、振りが大きくなり過ぎないようにお気をつけください」
途中からこちらの動きの甘さを狙って反撃しながら指摘してきたり、これではまさしく指南だ。名前しかわからない兄もこんな風に教わっていたのだろうかと考えてしまう。
まだ打ち合い始めてほんの数分。体感では高揚感もあいまってもう十分以上続けているのではないかとも思える。あまりにも楽しくてまだ終わりたくはない!
しかし、楽しいと思っているのは私だけのようで、相手からしてみればただの指南。
終わりどころを見極めて語りかけてくる。
「使える技も終いと見えます。ここまでとしましょう。お見事でしたお嬢様」
「ハァ、ハァ……あぁ、そうだな。これ以上続けても届く気がせん。全く強いな」
「ありがとうございます。だてに歳ばかり食ってるわけではありませんからな。ソードマスターとして、ルーデン騎士団の団長として鍛錬は欠かしておりません」
たかが10分程度だが、こちらは汗だくでダリルは汗一つかいていない。単純に体力の差もあるだろうが、全く届きそうになかった。これだから対人というのは面白い。せめて鎌が使えればもう少し善戦出来ただろうか?
貰った水を飲みながら木陰に入り休憩を取る。火照った体に冷たい水と肌寒い風が心地よい。
先ほどまで観戦していた団員は訓練に戻っていた。私とダリルの対戦に当てられたのか、最初に見たときよりも熱が入っているようにも見える。特にジョージを始めとして若そうな連中。
木陰で体を傾けて騎士たちの訓練を観戦していると、指示を出し終えたのかダリルがこちらに寄ってくる。
「お疲れ様でございました。ご満足は頂けたでしょうか?」
「えぇ、久しぶりに全力で動きましたわ。あれ以上続けていたら倒れていたかもしれません」
「ははっ! 昔のお嬢様の事を考えたらとっくに倒れていたでしょうね。それに、この前まで寝たきりだったのに本当によく動けたものです。ジョージの一戦があの結果でなければすぐに終わらせようと思っておりました」
「あら、それは慣れていない剣で頑張ったかいがあったというものですね。ジョージはまだまだ経験が足りませんね。私としてはそうであってくれてありがたかったのですけども」
「ふむ……そうですな。実戦で剣を交えることなどここ最近はないものですからな。経験という所は何とか積ませていくしかないでしょう」
実践がないということは平和ということだろう。領内の警備もしているそうなので、いくらかのいざこざはあるかもしれないが、本気で剣を振るう事なんてほぼほぼないだろう。私としては平和過ぎるのも退屈ではあるのだが……。
「所で、先ほど慣れていない剣とおっしゃられていましたが、どういう意味でしょうか。本来であれば剣に慣れていないというそのままの意味なのでしょうが、どうにも剣以外であれば慣れたものがあるといっているように聞こえてしまいまして」
経験が豊富というのは余計な所に気付いてしまうものなのだろうか。
無意識に負け惜しみのようなものを混ぜてしまったのかもしれない。確かに鎌であればもう少し善戦できそうとかは考えていたが……。
「深読みのしすぎですわ。思い出してください? 私はこれまで剣を握ったこともないか弱いお嬢様だったのですよ」
「そうでしたな。確かに、事故に遭う前まではか弱いお嬢様でした。しかし、今私の目の前にいるお嬢様はか弱いという言葉に当てはまらない程の剣術をお持ちでした。流派等はないようでしたが、確実に経験者の物です。どこで覚えたのですか?」
ダリルの質問は真剣そのものだった。しかし、答えは夢の中ですなんて言っても信じてくれるわけはない。
「答えは乙女の秘密ですわ」
肩をすくめてそう答える。これ以上は相手にしませんよと表情にも訴えてダリルを見つめ返す。
「然様で……。であれば仕方ありませんな。屋敷にお戻りになりますか? であればお供させていただければと」
「そうね。これ以上ここにいても体を冷やして風邪を引いてしまうかもしれませんし、連れて行って下さる?」
「お供いたします。お嬢様」
忠実な従者と主人を演じる。一戦交える前とでは大分距離が近くなった気がする。
動いた後だというのに、来た時よりも足取りが軽く感じるのは充実感から来るものだろう。
屋敷に戻る道で、ダリルにもし何か聞かれたら口裏を合わせてくれるように頼んだ。
流石に騎士相手に剣を振りましたなんてばれたら何が起こるかわからない。
「しかし、本当にお見事でありました。剣を握ったことはなかったはずですが、戦いには慣れていたご様子。どこで覚えたかは聞きませんが」
「そうですね。でも、私自身には経験はないままですよ」
「また含みのある言い方をするものですな……。経験があること自体は良いことです。何かあっても対処できるというのは強味ですよ」
夢の中で見ていただけなので私自身に経験はない。嘘ではない。
「いつかはばれるかもしれませんけど、まだその時ではないので秘密でお願いします。それと、また近いうちにご指南お願いしますね?」
「基本的には騎士共の指導をしておりますので、狩りに出ていなければいつでも大丈夫です。お待ちしております」