第5話「対人訓練」
目覚めてからようやく体を動かせる。相手は若手とは言え騎士。騎士校出身と言っていたが、王国剣術の型等は全く知らない。
中段に構えて半身引いたような格好で佇むジョージ。基本に忠実と言っていたので、あれが基本形なのだろう。表情は少し硬い。真剣になっているというよりは、憤りを隠そうとしているように見える。恐らくこんな無茶ぶりは経験がないのだろう。若いとも言っていたし、訓練以外で対人の経験は無いと考えてもいいかもしれない。
仕掛けるのはこちらから。立場を見てみれば相手は騎士。方や私は剣も握ったこともない小娘。であれば肩を借りよう。
走りこんで一太刀。ジョージは木剣を前に掲げて受けてくる。受けたジョージの表情に驚愕が混じる。果たしてそれは迷いなく振るった事に対したものなのか、受けた衝撃が思っていたよりも強かった事なのか。
「……動きが大きすぎるかと思いますよ、お嬢様」
「あら、ご指摘ありが、とう!」
幾度か剣を交わして感じたことは、思ったよりも体の動きに淀みはない。記憶とのギャップでうまく体を動かせないと思っていたのだが、問題はなさそうだ。とはいえまだ数太刀交わしただけ。相手から打ち返されてもいない。準備運動程度だ。
これであれば、もう少し細かい動きを織り交ぜても大丈夫だろうと思い、少しずつ技を使ってみる。とはいえ誰かに習ったこともない完全に自己流で、練度も高くない。技と言っても大したことはない。
「どちらでこんな剣術を教わったのですか? 聞いた話では、お嬢様は剣を握ったことすらないと」
「私に勝ったら教えてあげてもいいわよ?」
剣術や力の勝負では分が悪い。しかし、ジョージはまだ若手だ。対人戦の訓練はしているだろうが、実戦はそう多くないと思う。つまり、勝機はそこだ。
「適当に受けてばかりでも構わないが、最後まで気を抜くなよ、若造!」
相手を挑発して隙を誘う。多少経験があればこの程度では何とも思わないはずだが、小娘に若造と言われて癪に障ったのだろう。剣を握る手に力が入った。
「お嬢様よりも大人ですよ。それよりも、ずっと眠ってましたのでそろそろ疲れてきたのではないですか? 汗が滲んで来てますよ!」
「乙女に汗が滲んでるなんて言うものではないぞ。女性の扱いもわからんとは、これだから剣しか知らん若造はいけないんだ」
大鎌の方も別に経験豊富ではなかったが、それとこれとは別だ。
挑発に乗ってきているのを見て、愚直に振るっていた剣に動きを加える。チャンスは一度きりだ。
「せいっ! はっ!」
「なっ!」
今まで通り振り下ろすと見せかけて途中で手前に引き、突きを繰り出す。
一瞬反応の遅れたジョージはこちらの剣を受けそこなってしまい、頬をかすめそうになった。実際には無傷。だが、油断とはいえそこを突かれたのは騎士としては無傷とは言えない。こちらを見る目が険しいものになり、獰猛さを見せた。
挑発に加えて予想だにしない攻撃。当たりはしなかったが、頭に血が上るのも仕方がないのだろう、今まで受けに徹していたジョージが反撃してきた。しかも、手加減も見られない程の勢いで。
「なめるなよ!」
「はっ! 若すぎるな」
笑ってしまうほどこちらの想定内。ただ力と勢いだけの振り下ろし。剣に不慣れでも武器に不慣れなわけではない。剣を傾け、勢いを流す。意表を突かれたジョージは勢いのまま前につんのめりかける。
傾けた剣をそのままおろして、体勢を崩しかけた足に挟ませて踏ん張れないように力を籠める。
それだけで絡みかけた足は自由を失い、振り下ろした勢いのまま倒れこむ。
「うぐっ……」
よく鍛えられているのだろう剣術も、頭に血が上ればただのお遊戯と変わりない。冷静さは常に求められているものだが、やはりそこがまだ足りない。
「ヤメ!」
とっさに団長が声を上げる。あっさりとした閉幕。本来であればか弱いお嬢様の体調を気遣っての宣言だったが、結果を見れば騎士の方が倒れている。剣の実力差を考えれば圧倒的にジョージに軍配が上がるだろう。
しかし、結果として立っているのはか弱いお嬢様で、倒れているのは騎士。私の方は少し汗を滲ませているが、ジョージは汗一つかいていない。それでも自分が倒された現実が受け入れられないのか、立ち上がれない様子。
団長や、再開した訓練の手をまた止めてこちらを見ている騎士達からも声が聞こえない。
誰一人としてジョージの方が倒されるというのは予想できなかったのだろう。一息ついてから声をかける。
「あ~、んんっ! いつまで寝そべっているつもりだ、ジョージ」
こんな静寂の中声を出せるのは自分だけだろうと思いわざとらしく咳ばらいをしてジョージに声をかける。その声で現実に戻ってきたのか、はっとして素早い動きで体を起こす。
「お、お嬢様! 申し訳ございません! お怪我は御座いませんか?!」
「私に怪我はない。倒れたのはお前の方だろう。体は痛まないか?」
「はい! 問題ございません! しかし、お嬢様、いつの間に剣術を……?」
驚きが抜けないのか、口を開けたままジョージが聞いてくる。
こちらとしてはあんなものは剣術とは言えないと伝えたい。大した技も知らないし、ただ誘っただけでこれは剣術ではないと。
「ジョージ! 貴様お嬢様に本気で切りかかったな! 己のしでかした事を思い返せ!」
「も、申し訳ございません団長! お嬢様、何卒ご容赦下さいませ!」
「あぁ、何の問題もない。訓練で熱くなることもあるだろうしな」
むしろ熱くさせたのが狙いだったので謝られることではない。
ジョージを叱責する団長の声が怖い。
「しかし、お見事で御座いましたお嬢様。まさか勝負がついて止めるとは思いもよりませんでしたので……。どうか、ジョージの失態をお許し頂けないでしょうか」
「大丈夫だ。先ほども言ったが、私のわがままに付き合わせたのだ。問題にしては情がないというものだろう」
「ありがとうございます。ところで、お嬢様はどちらで剣を習ったのですか? 私の記憶が正しければ、お嬢様は剣を握ったこともないはずですが……」
「まぁ、乙女の秘密ということにしておいてくれ。それよりも、まだ動き足りない。次も頼んでよいか?」
「それは宜しいのですが……。先ほどから口調のほうが崩れております。大分馴染んでおるようですが、ルシアン様の口調が移ったのですか?」
「あ、いや、これは……。これも乙女の秘密ということにしていただけます?」
戦いとなると口調が崩れてしまうようだ。ダイアナの前ではお嬢様然とした口調で普通に話せると思っていたのだが、どうしても荒っぽい所に来てしまうと大鎌の口調が出てしまう。気を付けなければ……。
「まぁ、よいでしょう。先ほどの打ち合いを見れば、どうもお嬢様はどこかで対人の妙を心得ている様子。それに、先ほどのような事もあるやもしれませんし、次は私と如何でしょうか?」
「それは願ってもないことですが、他の騎士の方々を見ていなくても宜しいのですか?」
「ははっ、お嬢様の事が気になって訓練に身が入らない者ばかりのようですからな。それに、先ほどのジョージの失態を見れば教訓にもなりましょう。私としては、ケイン様と同様にお嬢様もいつか剣に興味を持たれたらなと思っておりましたので、是非お相手させていただければと」
「そうですか……。ではお願いしましょう。お手柔らかにお願いしますね?」
「えぇ、退屈はさせないとお約束いたしましょう」
久しぶりの剣は馴染まないが、それでも対人となれば満足感が違う。始めに言われた通り型だの素振りだのから始めていたらこの感情は満たされなかっただろう。全く付き合わせて悪いとは思わないが。