第4話「ルーデン騎士団」
ルーデン騎士団。領地を持っている貴族であれば誰しもが自前の騎士団を持つことを許可されているので持っているらしく、例に漏れずルーデン家も騎士団を抱えている。
規模は大きくはない程度だが、他の領と違いルーデン領には森があり、そこには魔獣が存在しているので定期的に狩りが行われているらしい。狩りが行われているということは、練度も低くはないのだろう。とはいえ、日常的に出るものでもないし、基本的には屋敷の護衛と領内の警備が主なので休みなく仕事があるわけでもない。
騎士というのは騎士校を卒業するか、各地の領主に認められなければなれないらしいので、基本的な実力は担保されている。求められるのは実力だけでなく、高潔さ、真摯さなどもあるようで、騎士になるためには相当な努力が必要と聞いた。
血のにじむような努力が必要な騎士であれば、非番でも体を鍛えているだろう。日中なので、今であれば練武場で鍛えている騎士も何人かいるかもしれない。そいつらを相手に軽く剣を打ち合って運動しよう。そう、軽い運動だ。
練武場の場所は屋敷の裏から歩いて10分程度の場所にある。屋敷の周りは庭園などで整備されているのだが、少し歩けば林が広がっている。魔獣を相手にするのが森の中なのでその環境に近くするためか、はたまた練武場が直接見えないようにするためなのかはわからないが道だけは整備されているので迷う事はない。近場とはいえここまで一人で来たのだが、ばれたら面倒なことになるかもしれないと今更ながらに思う。
北部ではよく見られる針葉樹の林を抜けた先にあるのはただ地を均しただけの広場だった。辺りは林に囲まれており、近くには恐らく道具などをしまっているのであろう小屋があるのみ。
練武場には非番の騎士が数人程度だと思っていたのだが、予想に反して30人程の騎士が訓練をしていた。ペアになって木剣を打ち合っているので、恐らく対人訓練の最中だろう。
自分の運動のために騎士団の訓練を中断してもらうのも忍びないので入口のところから少し観察してみるが、全体的な動きは悪くない。普段の仕事が警備ばかりだと気が抜けてしまってもおかしくないのに訓練でこれだけしっかりしているということは教育が行き届いているのだろう。脇目も振らずに目の前の相手に集中している者ばかりなので、入口で観察している私に気付く騎士はいないようだ。
ほとんどの騎士は訓練をしているが、これだけの人数がいれば現場を監督している者もいる。その者は恐らく地位の高い者なのだろうか。訓練中の騎士たちに比べると少し年齢が高い気がする。佇まいは落ち着いており、訓練している騎士をよく観察しているようだ。
周りを観察しているという事は入口に立つ私の事も気付くわけであって、目が合うとその騎士は慌てたようにこちらの方に駆け寄ってきた。
「お嬢様! お目覚めになったとはお聞きしておりましたが、直接お会いできて光栄でございます。こちらにはおひとりで来られたのですか?」
「えぇ、一人で来ました。迷惑でしたか?」
「滅相も御座いません。しかし、お目覚めになってまだ数日しか経っていませんのに動けるというのは喜ばしい限りで御座います。本当に、お目覚めになって私は……ッ! 本当に嬉しく……!」
「あぁもう、泣かないで。心配してくれてありがとう」
気付けば訓練中だった騎士達も手を止めてこちらを見ていた。中には涙を堪えている様子の者までいる。使用人との関係もそうだったが、事故に会う前は屋敷の人間との関係は良好だったようだ。
しかし、目の前で涙を流した騎士の名前がわからない。団長の名前がダリルというのは聞いていたが、既に60歳近いと言っていたので、恐らく違うだろう。60歳というには目の前の騎士は若すぎる。せいぜい40歳過ぎといった程度だろう。
「お見苦しい所をお見せいたしました。報告では聞いておりましたが、いざお嬢様を目にすると自然と零れてきてしまいまして……。そういえば記憶を失われているともお聞きしております。改めて名乗る事をお許しいただけるでしょうか」
「あぁ、気を遣わせるわね」
「はっ! ルーデン騎士団団長を承っております、ダリル・ファウストで御座います。ルーデン家に仕えて早40年、お嬢様の兄君、ケイン様には剣を指南していた事もございます。お嬢様は剣にあまりご興味を示しませんでしたので、頻繁にお会いしてはおりませんでした。王国からはソードマスターの称号も戴いております。今年で65になりますが、まだまだ現役でお役に立ちたいと思っております」
キリッとした表情で話したのは名乗りだけで、後はほほえみを浮かべて懐かしむような語りだった。その目は先ほど泣いたせいか、妙にきらめいて見えた。
どうやら年齢だと思っていたのは騎士として仕えてきた年数だったようだ。ソードマスターというのも聞きなれないが、マスターになったら年齢が止まる能力でも得られるのだろうか。魔法があるのでその類かもしれない。
「しかし、おひとりで来られるというのは頂けませんな。ダイアナ様に叱られてしまわれますよ」
「あ、ごめんなさい。ちょっとばれると許してくれなさそうだったから。内緒ね?」
「謝られる必要は御座いません。所で、こちらには何用で来られたのでしょうか?」
「訓練中とは思わなかったのだけど、ちょっと運動をしたくって。お母様からは騎士団の人を連れて行っていいからと許可も貰ったので相手を探しに来たのよ」
「なるほど。それでこちらに。ちょうど始まったばかりでしたので、今であればまだ熱も入り切ってはいないでしょう。誰であれ、汗をかいたままお嬢様の相手をさせるわけにはいきませんから」
「そうなの? そしたら軽く打ち合いたいから丁度よさそうな相手を見繕ってくれるかしら?」
「打ち合いたいですか? お目覚めになられたばかりですし、軽く走るくらいでお辞めになった方が宜しいかと思うのですが……」
その意見も尤もだろう。2年も寝たきりだったのに、いくら診断で問題ないと言われたとはいえ剣を振るうなんて無茶にも程がある。
「いえ、剣を振るいたいのです。医者からは問題ないと太鼓判を貰ってますし、体を動かしたかったのでこちらの来たのだけど、よろしくって?」
「そういうことであれば構いませんが、お嬢様は剣を握ったことはなかったはずです。まずは打ち合わず、型や素振りなどから始めて行くのが宜しいかと思うのですが」
どうやらダリルの話では剣なんて握ったこともないはずらしい。そうであれば急に剣で打ち合いたいと言われても困ってしまうだろう。大鎌の記憶はあるとはいえ、メインは鎌で剣はあまり使ってこなかった。しかし、使えない程ではない。
「まぁ、軽くでいいんです。型とかはつまらないので、本当に軽く。団長の判断で危険だと思われたらすぐにやめますので、一回だけでもやらせて貰えないかしら?」
「んん……。そう言われてしまうと流石に逆らうわけには参りませんな。ただし、一回だけですよ? ヤメと言ったらすぐさま止めてください」
「勿論よ」
やはり雇用主の娘の願いを全て断るのは難しいのだろう。条件としては一回ですぐやめると言ったし、多少の妥協もある。それに、年齢の差を考えても孫と爺だ。可愛くて仕方ないだろう。利用できるものは全て利用する。それほどまでに誰かを相手に体を動かしたかったので仕方ない。
「では、相手は……ジョージ! こっちへこい! 他は訓練に戻れ!」
「はい!」
訓練の手を止めていた騎士達の中から一人寄越して他はダリルの一声ですぐに訓練を再開した。
「こいつはジョージといいまして、まだ若いですが実力は申し分ないかと。騎士校出身で、年齢を重ねると正騎士以外は自己流になりがちですが、王国剣術の基礎がまだ染みついておりますので基本に忠実です」
「そう。それでは、ちょっと私に付き合ってもらえますか? ジョージ」
「光栄で御座います!」
勝気な性格が顔に出ているような青年のジョージ。騎士校をどれくらいで卒業できるのかわからないが、恐らくまだ20代だろう。本人は出さないようにしているようだが、お嬢様の相手に選ばれて不満という感情が滲み出ている。
私が逆の立場でも同じことを思うだろう。数日前まで寝たきりでろくに体も動かせるかわからない女の相手をしろと言われて喜んでとは言えない。訓練だとしても相手としては不足としか言いようがない。
しかし、そんな相手の感情はどうでもいい。こちらとしては訓練とはいえ、ようやく相手ができたのだ。感情が高ぶってしまって仕方がない。体が重い、剣が不慣れ。そんな事は問題にもならない。どちらにしろ動かさなければ慣れる事もない。
練武場の奥にあるらしい騎士団棟から余っていた訓練服を借りて着替える。サイズの合うものは置いてなかったが、捲ったりすれば問題はないだろう。剣を振るう前に体を解して、渡された木剣を何度か振るってみる。大鎌の頃よりも幾分も動きが鈍いが、動けない程ではない。何より、対人戦において重要なことは相手の動きを読む力だ。こちらは筋力は関係はない。勘まで鈍っていたらどうしようもないが。
「何度も言うようですが、絶対に無理はいけません。ヤメと言ったらすぐにお辞め下さい」
「わかっている。無茶をして倒れでもしたら私も団長もお母様から何を言われるか分かったものではないからな」
「それでは、無茶はしませんように。構え! ……始め!」