タイムスリップすると、マッチ売りの少女がマッチを擦って暖を取っていた
オレの名前は、藁稭長一。
自転車で転倒してタイムスリップしてしまった二十五歳の会社員だ。
タイムスリップは、これで三度目だ。
一度目は、浦島太郎に出会って、お爺さんになるのを救った。
そして、スマホと玉手箱を交換した。
二度目は、赤ずきんちゃんをオオカミから救い、玉手箱とこの赤い頭巾とバスケットを交換した。
どうも、変な時空のループにはまり込んでしまったようだ。
バッドエンドの童話の世界で、主人公を助け続けている。
オレはヒーローなのか、それとも物語を改悪している、ただの戯作者なのか。
いや、オレはコンビニへおにぎりを買いに行こうとしていた唯の独身男だ。
早く家に帰りたい、それだけだ。
そして、三度目のタイムスリップ。
夜だった、それに雪が降っている。
ここは、何処か北欧の街だろうか。
中世を想わせる石畳の路地だ。
通りの両側には、石造りの家が軒を連ねて並んでいる。
クリスマスが近いのか家々のドアには飾り付けがされていた。
夜も遅く、もう人通りは無かった。
それにしても、寒い。
オレはジーパンに半袖なのだ。
でも、オレよりも寒そうにしている女の子が通りの向こうにいた。
マッチ売りの少女だった。
今度はこの子を助けるのか。
オレは小さい頃から、この物語ほど悲しい結末を知らない。
この子を助けられると思うと、高揚してきて寒さが吹き飛んだ。
タイムスリップも案外、悪くないなと思い直した。
少女は、もう何時間、雪の降る中でマッチを売っていたのだろうか。
すっかり冷え切ってしまった体を暖めるため、売り物のマッチを擦って暖を取っていた。
オレは、赤い頭巾とバスケットを持ち、通りを渡りその子のもとへ歩いて行った。
「こんばんは。寒いですね」オレは怖がらせないようにやさしい声で話しかけた。
「こんばんは。本当に寒いですね。おじさん、マッチはいかが?」
擦っていたマッチを消して、少女は夢から醒めたようにオレを見上げて言った。
「残念だけど、お兄さんはお金の持ち合わせが無いんだ。
よかったら、このバスケットの中にワインとケーキがあるから、マッチ一箱と交換してくれないかな?」
オレはバスケットの中を見せた。
「あぁ、美味しそうなケーキ。 もうすぐクリスマスだから、ケーキを食べられたら、どんなに幸せでしょう!」
少女は目を輝かせた。
「本当に、一箱でいいの?」少女は躊躇いながら言った。
「十分だよ。ありがとう」オレはバスケットを渡し、マッチをもらった。
「キミは偉いね。こんな遅くまで家の助けをするなんて。これもあげよう」
オレは彼女の頭の上の雪を払って、赤い頭巾をかぶせてあげた。
「いいんですか? ありがとう。とっても暖かいわ」
少女はやさしく微笑み、もう一箱マッチを差し出した。
差し出された彼女の手はあかぎれで真っ赤に膨れ上がっていた。
…… こんな小さな子が、どうしてこんな仕打ちを受ける?
オレは泣きそうだったが無理やり明るく笑い、マッチを受け取った。
「きっと、良いことがあるよ」慰めるように言って、別れを告げた。
少し先の歩道にオレの自転車が置かれていた。出発の時間だ。
オレは自転車に跨ると、雪の中を走りだした。
あの子は家に帰って気がつくだろう。
バスケットの底に隠してあるダイヤモンドに。
赤ずきんちゃんと分け合ったダイヤが両手にあふれるほどあったのだ。
しかし、これで本当に解決したのか?
ただ、恵んで上げただけじゃないか。
根本的に解決していないじゃないか!
……でも、ほかに何ができるというんだ、このオレに……
オレは、どうしようもない無力感に襲われた。
やり場のない虚しさを振り払うように力まかせにペダルをこいだ。
雪でタイヤが多少滑っても意に介さずに走った。
とどのつまり、曲がり角で車輪が滑って倒れそうになった。
必死に逆ハンを当てて立て直したが、自転車は横になったまま滑り、雪煙がオレを包んだ。
どうにか止まると、景色が一変していた。
また、タイムスリップか。
なんか今回はパターンが違うな。
転倒もせず、自転車に乗ったままだ。
見回すと、山あいの村のようだ。
新緑が目に眩しい。
そして空が青い、オレのくすんだ気持ちが晴れるほどに。
村の一本道を向こうから男の子が走ってくる。
「オオカミが来たぞお! オオカミが出たぞお!」
大声で叫びながら走って来る。
今度はアイツだな…… きっと。