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鐘の音に、止めてやる息の根  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
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創核記《ハジマリ》

暗い物語が、始まってしまいました。


 私が彼の姿を目にしたのは、14歳の事。


 当時の私は――自分でも言うのも躊躇(ためらわ)れるべきだろうが、若く、曖昧模糊(あいまいもこ)とした夢を追いかけていた。


 夢というのは漠然(ばくぜん)としているもので、たしかにあるとさえ人には言い切れぬもの。

 それでも(ひそ)かに(あこが)れていた。

 誰かと、くだらない事でも笑い合い、ささやかな時間、粗末な空間でさえも共有すること。

 そんな共有を許せる相手の出現を。


 理性と発言では否定していた。


 否定せざるを得なかった。


 私には、特別に目立った価値や優れた容姿があるとも言えない。

 それを、人に言われるまでもなく自覚しているからこそ理性で夢を持つことを許せなかった。


 服の繊維(せんい)の隅々にまで染みきった汚れは、表面の色を消す事は出来ても、完全に取り切る事が出来ないのと同様。

 表面の、汚れの(しずく)を撫でれば最後。

 それ以上の対処はできず、染み付いてしまった理性を――自分の否定を覆す事ができずにいた。

 だったとしても、それはただの一時的な対処に過ぎない事も。


 そんな事を思いながら、私は今もこうして――生臭い、潰れかけの店であくせく、父の手伝いをしている。

 父はこの小さな小屋で、肉屋を運営しており、私は塩漬け肉を店の裏で干しているところだった。

 

 父が寄ってくるハエを退けながら、肉切り包丁を勢いよく振り下ろし、脂ぎって薄汚れた手で客に一切れの肉を渡すと、客はそれを小さな革袋に入れてどこかへと去っていく。

 店の奥で、何度も見た光景だった。

 父は太く、腕毛の生えた腕で汗を拭ってはまたじろじろと周りを見渡し、客が居ないかを確認する。


 客が見つかったのなら、包みが時々届き、それを店の隣に置いてある小さな、それでも立派な馬車に乗って届けに行く。


 もっとも、馬車の馬は痩せていて、たくましい父が乗り込んでいる様子を見ていると不安になるのだが。


 日が沈むまで、そうやって何度も過ごすのだ。

 干し肉を一通り干し終えたら、後は蛆を振り払い、生肉をたっぷりの塩で真っ白になるまで眩し、付けておき、父に許可を取って決まった時間に街へ繰り出す。


 街は、所謂(いわゆる)流行りのゴシック風の建築物が多く、通りは白一色に、時々茶色が混じり、街の人々の香水の香と独特の糞便の匂いが入り混じる。

 馬車が通ると、道を圧迫していた人々は一斉によけ、道端の酔っ払いが服の裾を引かれる、そんな光景、賑わいが――私は好きだった。

 馬車の上に目をやればそれは同じ、他の街からの肉屋の郵便だったり、帝国の騎士団の物だったりする。

 今日見かけた馬車、それは後者。

 馬車に乗っていたのは帝国騎士団。


 太陽に輝く銀色と、獣の巣食うであろう森林を味方に付けたかのような、鮮やかに染められたマント。

 銀の(かぶと)には、彼らを守護するように“主”の印、十字が刻まれていた。


 そんな装備と、異教徒を滅ぼし民と教皇を守る、栄光に預かる彼らの存在は、まさしく街の、否、帝国の華だった。


 一瞬ですれ違い、お目にかかるだけでも、私にとっては嬉しいもので、思わず私の足は弾んでいた。


 街の奥へ奥へと進んでいくと、様々な店が見えてくる。


 パン屋、靴屋、服屋。

 どれもが忙しく働いている中、私は真っ先に――教会へ向かう。


 そこには、私の憧れの人が居るのだ。


 街の中に、そびえたつ教会は何よりも美しく、輝いて見えていた。

 陽に照らされた十字と、その下に飾られた銅色の鐘。


 教会の扉を叩くと、私は扉を開き、ステンドグラスの光が出迎える。

 その中は、労働を終えたであろう人々でにぎわい、椅子はほぼ満席だった。


 教壇(きょうだん)の中心では――私の憧れの人が、今日も祈りを捧げていた。


 茶髪に、美しい青の瞳。

 痩せ細っている体の背は高く、背後のステンドグラスに影ができる程、祈りを捧げる拳は手袋に包まれており、隙間から覗く手首は白く、骨ばっていてそれが、彼の色気を醸し出している。

 

 まさしく神の寵児(ちょうじ)というべき容姿(ようし)をしていて――。


 嗚呼、神よ、この罪深い私を(ゆる)してください。

 きっと、赦してくださるだろう。

 こんなにも美しい人が、目の前に居るのですから。


「祈りを(ささ)げましょう」


 凛とした声が響く。

 父性すら感じる、安心感のある声に、皆が従い、私も同じく決まった祈りの手を捧げる。


 捧げる相手は――教壇の先にある、十字ではなく、その手前にいる人物なのだが。


 私は幼い頃から、この教会に通っていた。

 数え年で7歳頃に、美しい青年司祭がやってきて以来、私はこの司祭様に夢中。

 もはや、信仰は神への物ではなくなっている始末。

 それでも、通い続けこうして形式上だけでも祈りを捧げているのだから、きっと私の信仰心はあるもの――だと信じたい。


 鐘が鳴る。

 

 すると、ほとんどの人々が散り散りになって行く。

 扉が

 私は、それでも祈りを捧げる。

 罪深くも、自覚した祈りと願いを。


 どうか、私に罰と、私の祈り(・・)が届き、いつか――。


「おや、お(じょう)さん……確か向かいの肉屋の……熱心に祈っている様子ですが」


 彼の、吐息が私の髪に触れる。

 瞬間思わず裏返った声が漏れ、熱を帯びているであろう顔面が司祭様の前で露わになってしまった。


「ひぇっ……あの、あのえとと、いえ、罰してもらいたい事がありまして、赦されても良いものかとおおおお」


 我ながら、勢いのままに支離滅裂(しりめつれつ)な事を口走る。

 小首を(かしげ)る司祭様の首はとても細く、子供のようにも感じられ、それがまた愛おしく……などと、神聖な場所で巡った思考は、自分でも恥ずべきものだった。


 優しい、何もかもを包み込むような笑顔で――司祭様は両手を後ろにやり、言った。


「いえいえ、告白なさい。主はきっと赦してくださることでしょう」


 私は、その言葉に嘘を吐けるはずもなく。

 神聖なる場では、隠し事は――いけない事だと決め込んでしまい、告白する。


「あの、神父様! す、すき、です!」


 一気に、顔の熱が弾け飛び、(ひたい)から汗が流れ出ていくのを感じていった。

 ダメなのに。

 ダメと思ってしまえばしまう程に顔の汗は労働(ろうどう)の時の比ではない程に流れる。

 

 これから私は、街の人に知られれば、どんな顔をしていけば――と思っていた時。


 司祭様は周りを見渡し、誰も居ない事を確信した様子で正面を向き直すと、私の顎に手を添え――。


 私に、口づけをした。


 麻の手袋の感触。


 柔らかい、唇。


 時が、止まったような気さえしていた。

 近づいていた司祭様の顔がゆっくりと、離れていく。


 そこで、司祭様がくすり、と無邪気な様子で口を抑えて笑うと、司祭様は言った。


「また、来て下さいね」


  

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