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ツクリモノの世界  作者: 現実逃避
第零章 崩壊する日常
2/7

森の街アウロー -緩み-


 夢を見ていた。


 いつも通りの光景、いつもやっているように朝、弁当を用意して家を出る。

 クラスに入ってから友達とどうでもいい話をしては盛りあがって、教師のやたら長い話をゆめうつつで聞いて。


 珍しく部活だけだったのは式があったからだった。すっかり忘れていた。

 そんなことをどこか他人事のように思いながら僕が帰り道、曲がり角に差し掛かるのを眺めていた。

 光が視界を埋め尽くし、そして世界はひび割れていく。と、同時に凄まじい頭痛を感じた。


 まだ、夢は醒めていない。この痛みはきっと幻覚なのだろう。


 そう思っているうちに世界が切り替わる。そんな様子を眺めていると、再び鋭い痛みを感じた。

 先程の頭痛とはまったく違う痛みだ。これも幻覚だろうか。


 いや、いつの間にか景色は森に戻っている。

 痛みの元凶を探し―――――そして自身の左側の脇腹辺りに枝が突き刺さっているのを見た。


 ふと、リス鼠を思い出した。僕が枯れ枝を突き刺した時、リス鼠はこんな気持ちだったのだろうか。


 そう思いつつ、これは終わったかもと思っていたとき、その違和感に気付いた。


 これは本当に夢の中なのか、と。


 そう思った途端に意識がはっきりとしてきた。

 そうなると、今度はさっきまでの僕の状態が不思議に思えてくる。

 途中までは確かに夢だったんだろう。だが、目を覚ます、という動作を挟んだ記憶がない。

 ならなぜ今こんなにも意識がはっきりしているのか、という話なのだが。


 やはり寝起きだから意識がはっきりとしていなかったのだろうか。

 それか違和感だの何だのいいつつ、実際はまだ夢の中なのか。

 いや、そうだとしてもこの痛みは確かに存在しているものだし、はっきりしすぎている。

 それに腹に枝突き刺されてまだ目が覚めないなどさすがに呑気すぎる。それはない。

 だとしたらなんなのか。


 そういえば先程から辺りに霧がでている。

 いや、目が覚めた時にはもうでていたからずっと前からかもしれないが。


 多分、いや展開的には確実にこの霧のせいだ。いや、霧など今はどうでもいい。

 まぁ、どうでもいいとはさすがに言い過ぎだろうが、それよりも重要なことがある。


 僕は確か木のうろにいた筈なのだ。

 それがなぜ木の枝に絡まるようにして―――――しかも一本は刺さっている―――――空中にいるのか。荷物は、と思ったが、下の方に落ちているのが見える。

 その近くには見覚えのある木がある。

 大きな過ごしやすそうな空間が根本辺りにあり、その入口には靴が片方引っかかっている。


 どう見ても僕のだ。

 そして、引っかかりかたといい、荷物のおちかたといい、恐らく僕はこの木に直に引っかけられたらしい。まったく、だれがこんなことをしたのか。


 いや、状況から考えるに僕を食べようとした何かだろう。

 言わばモズの早贄のようなものなのかもしれない。

 自分がなるとは思っていなかったし、なるならもっとましなのが良かったが。

 わりと冗談じゃなくお腹が痛い。



「うぐ………っ!」



 突如木が動き、腹部に刺さった枝がずれる。その拍子に少し声漏れた。


 声が出たのは普通に痛かったからだが、木が動いた、ということについては凄く驚いた。

 それこそ声が出ないくらい。.........まあ出たのだが。


 そして、少し冷静になった僕はもう一度今のことを思い返し、それはない、と思い直す。

 ………木が動いたとか冷静に考えてみればあり得ない。多分風か何かで動いたのだろう。


 思えば確かに風は吹いていたし、そんなに違和感のある動き方というわけでも無かった。

 でも、もし木が本当に動いたとしたら―――――


 世界が違う、という時点で常識自体も変わっていたのだろうし、それは分かっていた筈だった。しかし、どうやら分かっている、というのはあくまでつもりになっていただけのようだ。


 命の危険にさらされ、なんとかそれから逃げきり、食料の確保に成功―――――成功?して、寝起きできそうな所を見つけた。全てがある程度順調に進んでいた。

 だからこそ、気の緩みのようなものが出来上がっていたのだろう。

 そして、それはじわじわと僕へと忍び寄り、今こうして再び命の危険に僕はさらされている。


 今になって思えば不自然なところはいくつかあった。

 小動物を見かけても大型の動物の痕跡が殆ど無かったこと。

 なのに、小動物はそこまで数が多くなかったこと。木の根が余りにも地表に多かったこと。


 この森ではもしかしたら生態系の頂点辺りに木があるのかもしれない。その場合、小動物達は多分木の餌だ。

 木が何かを食べる、というのは想像し難いが、事実、今ここで僕は食われている。


 いや、食われている、というと正確では無いかもしれない。

 なぜならこの木は僕から何か、血とかではなくエネルギー的なものをを吸っているからだ。刺さった枝から何かが流れていき、同時に体が重く、疲れているかのようになっていく。


 そしてそれを感じたとき、僕は少し前に見たばかりの夢のことを思い出したあの時感じた頭痛、あれは何処かただの頭痛とは違うような、そんな違和感を感じた。

 そしてそれは今、確かな現実として僕のなかに存在していた。明らかに僕の知らない情報がある。自分の記憶の中に、だ。


 もし、世界に法則とかをまとめた規則みたいなものがあったなら。

 そう、言わば世界のプログラムとも言えるものがあったなら、もしかしたらあの夢はこの世界に来て、そして、この世界のその法則とかそういうものに僕が支配されたからこそ見たのかもしれない。

 いや、少し妄想が混ざりすぎただろうか。


 だが、そうだとしたらいくつか辻褄が合うことがある。


 まず、この世界に来てから今までより力が出せなくなっているということだ。

 もっと速く走れたはずなのにまったく速度が出ない。どころか、来た最初の瞬間は凄まじく体が重く感じた。それが治ったのは暫定ゴブリンの袋叩きの途中、急に走れるようになったときだ。

あの時、凄くなんでもできるような感覚が存在したが、今になって考えるとそうでもない気がする。


 いや、身体能力の大幅な向上は確かに存在した。

 だがそれは、上がったというよりはこの世界に来てから下がっていたものが元に戻ったような感じだったのだ。それが、現実的に考えてありえないことであることは誰からしてみても、やはり明確だろう。


 次に、この世界に来てからずっと感じていた頭が妙にふわふわする感覚だ。

 空腹によるものかと思っていたが、今になって思えば空腹であんな感覚を味わったことはない。

 そして、それは睡眠を経て既に治っている。思えば寝る前の瞬間が最もこの感覚が強かった気がする。


 他にも細かい違和感は多くあったが、大きなものはこれくらいだろう。


 あとは、僕の知識についてだ。

 今ある身に覚えのない知識に関しては明らかに僕の世界のものではなかった。


 なぜそんなことが断言ができるかというと、僕の世界的に存在するはずがないものについてだからだ。具体的には、物理法則が支配する世界では存在しない、いや、存在してはいけないもの―――――魔法だ。


 何もないところから物質を生み出し、酸素を使わずものを燃やす。

 いや、それどころか、火そのものを生み出すことさえできてしまう。

 挙げ句の果てには闇という僕の世界では光を遮るものがないと存在出来なかったものをどこでも生み出せる。


 物理法則において、説明出来ない超常現象。

 それに関する知識があるという時点でこの世界の法則に支配されたといっても過言ではないはずだ。


 まぁ、そういう考察は取り敢えず後に回そう。今はまず目の前の問題を片付けなければならない。

 幸いにも今の僕にはできることがある。こいつに通用するかは分からないが、やるだけやってみるしかない。どのみち、このまま何もしなければ僕は死ぬのだ。

 状況を変える必要がある。


 知識は揃い、必要なものは他に無い。



「………ふぅ―――――よし」



 一度息を吐き、腹部の痛みをできるだけ無視する。既に結構出血しているだろう。

 このままでは先は長くない。一度で決める。


 狙うのはこの木自体だ。木である以上、燃やしやすいだろう。


 それと、これはあくまで木が動いたと仮定しての話だが、もし違った場合は僕をここに持ってきたやつが見当たらないのが心配だ。ただ、それは今考えても仕方ない。いないのならそれはそれで、好都合だというだけのことなのだ。


 そして僕は覚悟を決め、それを発動した。



「『生命転換:絶炎属性詠唱魔術』、『煉弾』」



 体から力が抜ける。本来これは僕には発動出来ない魔術だ。

 最低でも炎と空の2属性の同じ魔術をそれなりに使えるようにならないといけないらしい。


 ただ、それとは違い、自身の生命を対価に発動することも一応できる。

 僕の頭の中にある知識を元に魔力を体に巡らせた時、ポケットに入れてあった指輪にも魔力がながれたらしいのだ。

 それがトリガーとなったのか、指輪の使い方のようなものがぼんやりと分かった。

 生命を対価に発動する、というのはこの指輪の能力による補助があってこそだ。僕ではとても魔力が足りなかった。


 とにかく、僕は今ので生命力の9割程を失った。

 目の前では狙った木がいや、それ以外にも近くにあった木々の何本かも同様に燃えている。いや、狙った木だけは燃えているが、周りの木々は既に炭になっているといったほうがいいだろうか。


 無事発動したことについてはとりあえず少し安心した。そこそこの高さから落ちたものの、途中で他の木の枝にぶつかったおかげで何とか勢いを殺すことができていた。

 思ったより魔法の威力があったなと思いつつ何故この木だけがと思い、よく見ると木が動いていた。


 風で、とかではない。


 本当に動いていたのだ。まるで生き物のように。

 もちろん木も生き物なのだが、動物のようにということだ。

 やはり、あの時、動いたように見えたのは気の所為とかではなかったらしい。


 直接魔法が当たった枝は既に炭になって崩れているが、幹などの太い枝や、当たったところから離れていた部分は今だ木の色を保っている。多少焦げてはいるが、それだけだ。


 元気にのたうち回り、火を払おうとしている。


 それを見て、僕は以前小説などで読んだある魔物の存在を思い出していた。

 この世界にいたんだ、なんて思ったが。この世界でどう呼ばれているかは知らないが、元の世界の名でいうならこれは、どう見てもトレントだ。


 本物の木がその硬さのまま枝をしならせ降り回す、というその様子は僕のイメージのトレントを思うと似ても似つかぬ別物といえるが。思っていた何倍にも化け物である。

 ともかく、動き、動物を襲う存在である以上、僕を枝に刺したのは他でもない、木自身だったという結論でほぼ間違いないだろう。


 他の敵の存在を今はそこまで気にする必要がないというのは良かった。

 で、安心したところにこの振り回しである。火の粉舞うし、熱い。本当に冗談じゃない。


 そう思い、距離を取りつつ木を観察していて、ふと疑問に思った。

 火が消えないのだ。


 確かに火を付けてから大して時間は経っていないが、それにしても、あれだけ派手に暴れているのだ。凄まじい速度で振るわれる枝は風で火が消えていてもおかしくないといえる。


 なのにも関わらず実際には火はきえていない。

 それどころかどんどん燃え広がっている。


 その様子はまるでイルミネーションの光が瞬いている木が踊っているようで、正直な話、綺麗だと思った。トレントとしては必死なのだろうが、その枝は振るわれるたびに火の粉をまき散らし、その形を崩していく。


 暫く経ち、火の勢いが消えてきた頃、ふと我に返った。


 余りにも綺麗だったので見とれていたようだ。因みに腹部の傷は完全には治っていない。

 ただ、止血はしてあるし、刺さっていた枝もそこまで太くなかったから今のところなんとかなっている。


 まぁ、実のところ、地面に落ちてすぐに、『生命転換:時魔術』の『修復』により治していたのだが。それでも治しきれずに少し傷が残っているのは仕方ない。これ以上治そうと思ったら生命転換による生命力の消費で死ぬところだった。


 それはそうと、木―――――トレントの動きは既にかなり弱まっている。

 地面を抉る程の威力で振るわれていた枝の殆どは既に炭となり砕け、太く頑丈そうな幹も半分以上炭化している。これで動いているというのだから驚きだ。

 まともに戦ったりしたらまず勝てないだろう。


 というか、普通の木と何ら見た目に差がなかったし、奇襲で死んでしまうかもしれない。

 生きていたのは本当に運が良かった。


 そう思っていると、突如体に異変が起きた。


 トレントの、ではない。僕のだ。少し体に元気が戻ったのだ。

 そして、それ以外にも変化はあり、暫定ゴブリンの袋叩きの時にあったような変化を感じた。


 それにより、少しぼぅっとしたあと、はっとなってトレントの方を見る。

 そこには既に動きが止まり、パチパチと音を立てながら燃え続けるトレントの残骸があるだけだった。


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