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空に焦がれる  作者:
11/11

8.5 春宮玲の事情

春宮玲は転生者である。

思い出したのは六歳くらいのことだっただろうか。

何か事件があって急速に思い出したというわけではない。ぼんやりと、ゆっくりと。白昼夢でも見るように、何度も記憶が刺激され、春宮玲は前の世の自分を取り戻した。

それがまだ幼い時だったからだろう。記憶を取り戻す前の自我は消えてしまったが。

玲の前世は、現代日本の事務員だった。住んでいたのは都会ではなかったが、ゲームをして映画を見て、それなりに充実していた。

死因は覚えていない。

気がついたら、玲は今の家族と食卓を囲んで笑い合っていた。

転生したことに気づいた時、玲は有頂天になった。

家族や友人に会えない一抹の寂しさはあったが、まるで現実味が湧かず、半ば夢見心地で生きてきた。

ゲーム感覚。物語の主人公にでもなった気分だった。

学園に入学した時、その勘違いは頂点に達した。

人にぶつかって転んだところを会長に声をかけられて、玲はこの世界を恋愛ゲームなのだと思った。

思ってしまった。

この世界に似たゲームや小説を知っていたわけではない。

でも入学式の日に絡んできた悪役令嬢としか思えない容姿の彩乃やそれを助けてくれた顔のいい彰人の存在で勘違いをしてしまった。

それからの玲の行動は身勝手なものだった。

顔の整った男子にそれとなく声をかけて好感度を上げ、自分磨きも今まで以上に頑張って。言動のほとんどにゲームを進行しようという打算があった。

違和感を抱き始めたのはいつだっただろう。

この世界はゲームではないかもしれないと気づき始めたのは。

思うように実力が身に付かない。

声をかけても異性がそっけない時がある。逆に欲や下心に塗れた目を向けられて、格好いいと魅力的に思えなかったり。

悪役令嬢の子が会ったときに嫌味を言うだけで、むしろ接触してこない。

イベントがなかなか起きない。

どれもこれも、一つ一つは些細な違和感だった。

きっと気のせい。玲は自分の間違いを認めず、無意識に思い込んでいた。

でもどこかで気づいていたのかもしれない。

これは夢でもゲームでもない、ただの現実だって。

決定的だったのが、勇者に選ばれた時なんて、遅すぎたけれど。

この世界で生まれて言い聞かせられ続けてきた、勇者と魔王の戦いの苛烈さ、魔王の残酷さは耳にタコができるほど。

それこそイベントじゃないのか?思っていたゲームとジャンルが違っただけじゃないかなんて、考えもしなかったといえば嘘だ。

でも玲にとってはどちらも同じだ。現実だってゲームだって玲は戦わねばならない。

魔族の国と我が国の間にある大きな谷を見れば、相手の強さもその戦いの壮絶さも子供ながらに理解できる。

この国の子供は、誤って魔族を助けたり、変に絆されたりしないように、まず幼い頃に校外学習で谷に連れていかれる。

その昔、勇者と魔王の戦いでできたと言う谷に。

まず何よりその危険性、強さを教えられるのだ。

たとえゲームだとしたって、私が勝てるのか怪しい。

私は早く気づくべきだった。傷つけられたら痛いのだと。怪我をしたら、血が出て痛みに耐えていた私自身に。

ゲームだとしても、痛覚のある状態でそんな恐ろしいことはしたくなかった。

転生したのが、恋愛ゲームのようで安堵していたのだ。私は。

だと言うのに・・・せめて勇者じゃなくて、聖女とかなんとか勇者を癒すとか励ます役どころだったなら、私はまだこの世界をゲームだと思い込んでいられた。所詮他人事だったから。

けれど、私は勇者だ。勇者に選ばれてしまった。

この世界の神様とやらに。

周りの大人は気の毒がってはくれるが、止めたり代わってくれたりはしない。

今更ながらに玲は心から信頼できる頼れる相手がいないことに絶望した。

そんな状況にしたのは自分自身だったけれど。


春宮玲は生徒会室に呼び出されて、よろよろと準備をした。

この数日、部屋に引き籠った玲をどう思ったのか、寮の皆は放っておいてくれた。

元々同性には嫌われていたし友人はいなかったが、今は複雑だった。放っておかれることはありがたくもあり、苦しくもあった。

玲を呼び出したのは、早乙女彰人だった。

もはや玲には彼らからの好意だけが頼りであり、泣きはらしてボロボロの格好でも行かないわけにはいかない。

生徒会室にいたのは、五人の男女生徒と顧問の藤峰先生だった。

早乙女会長に有栖川双子、女子寮の寮長と副寮長。

全員見知っている人達だ。

あまり馴染みのない先輩たちや先生しかいない空間に、玲はおずおずと入室した。

「来てくれてありがとう、春宮さん。・・・大丈夫?」

早乙女会長が嬉しそうに寄ってきて、迎え入れてくれる。

玲の顔を見て、気遣ってくれた。

「大丈夫です。それより会長、一体なんの御用で・・・?」

玲は会長の心配を受け流して、錚々たる顔ぶれに目をやりながら彼に尋ねた。

「ああ。旅の仲間が要るだろう?彼らはどうかと思ってね。君も知らない大人より、顔だけでも知っている方が馴染みやすいと思って。実力は保証する。大人にも負けないものたちだと思うよ」

早乙女彰人の言葉に、玲は言い知れぬショックを受けた。

彼も自分を送り出すつもりでいるのだ。

心配はしてくれているようだが、反対はしてくれない。

有栖川先輩たちは玲に興味なさそうに端末をいじっているし、灰田寮長と遠坂副寮長は読めない表情でじっとこちらを見ている。

「会長は一年生の私がそんな大役をこなせると本当に思ってるんですか?」

震える声で玲が尋ねると、会長は一瞬惑って、頷いた。

「ああ。君ならきっと」

玲を信じているのか、勇気づけるためか。その本心はわからないが、彼が言うなら悪い意味ではないだろう。

でも、玲が欲しいのはそんな言葉じゃなかった。

「私・・・戦いたくありません!」

気づけば、玲は叫んでいた。

「私なんかが、魔王に勝てるわけがない!なのに、誰も彼も私に任せようとするだけで、止めてはくれない。反対してはくれない。君ならできるなんて、私そんな言葉が欲しいんじゃありません。どうして!どうして止めてくれないの!」

皆呆気に取られて玲を見ていた。その目はひどく同情的だ。

そんな目で見られたくなくて、玲は目を閉じて顔を覆い、うずくまった。とうとう人前で泣き出してしまっていた。

最も早く動いたのは、今まで黙って見守っていた藤峰先生のようだった。

藤峰先生は皆を一旦隣室へ下がらせると、玲の前にしゃがんだ。

「春宮、」

先生の呼びかけに、玲は顔を伏せたままイヤイヤと首を振る。

「春宮、すまない」

藤峰先生の謝罪の声に、玲は顔を上げた。

彼女の顔はくしゃくしゃで、顔を上げた拍子に大粒の涙が零れ落ちた。

先生は常の毅然とした表情を引っ込めて、眉根を下げた情けない顔をしていた。

「すまない、お前一人に背負わせることになって。大人が情けないな。聞いて呆れるよな。お前が嫌がっていることを知っていて何もできない教師で、すまない。誤ってどうにかなることではないが、ごめんな」

先生も涙で目が潤んでいた。

彼は他に何も言うことができないのか、ずっと謝っていた。

わかっている。

この人が悪いわけではないと。誰のせいでもないと。

この国で育ったのだから、勇者の重要性はわかっていた。

未来を見通すと言われる神様がおっしゃったのなら、私が戦うのが一番良い未来になるのだろう。

なら、戦わないわけにはいかないのだ。

止めるわけにはいかないのだ。

私だって戦うのは怖いけれど、すっごく恐ろしいことだと思うけれど、今の家族や周りの人たちが大切でないというのは違う。

大切だ。私自身より大切で、情がある。

玲は藤峰先生と見つめあって、涙を流しつづけた。

泣いて、泣いて、そして玲は泣きながら覚悟を決めていった。

ようやく現実と向き合って、前を向いた。

魔王と戦うのは怖いけれど。

未熟な自分が勝てるのか不安だけれど。

私が戦うのが一番良い未来になるのなら。

私しか戦えるものがいないのなら。

私は私の大切な人たちを守るために戦おう。

玲はそう心に決めて、ようやく涙を止めたのだった。


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