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空に焦がれる  作者:
10/11

8 宣託の勇者

その日の朝、彩乃はあまりの蒸し暑さに目を覚ました。

魔道具を調整してまた寝ても良かったが、何となしに起きて侍女を呼び寛いでいると、国営放送が鳴った。

嫌な予感がする。彩乃は眉根を寄せて魔道具を見遣る。

『おはようございます。緊急速報です。国境の鬼瀬村が魔物に襲われました。近年増え続けている魔物ですが、ついに国境の村が襲われ、壊滅状態です。加えてお知らせします。魔王が新しく即位しました。これらの相関関係はまだはっきりとは確認されていませんが、国民の皆様は十分注意してください。繰り返します———』

魔王が即位?新しく誕生したのだろうか?いや近年の魔王即位はあまりにも間隔が短すぎる。新しく魔王族が生まれたととるよりは、魔人族が王に即位したと考えたほうがいい。

「っひぃ!」

引き攣った悲鳴をあげて、放送を聴いた侍女が震える。ガタガタと取り乱す侍女に「落ち着きなさい」と喝を入れ、部屋に帰してやる。わがまま令嬢にできることなんてそのくらいだろう。どさくさに紛れて温かいお茶を持たせてやる。

近年の魔王は魔王ヴィオラと違って交戦的だ。不戦協定など百年前ヴィオラが死んでから意味のないものになっている。十何年おきに即位するものが現れて、人間の国に攻め入り、勇者なるものに倒されているらしい。何度もそれを繰り返しているのに諦めないのは、魔人の国もよほど切羽詰まっているのだろう。食糧難か、少子化か。

その日の学舎は怯えるものが多くいた。前回の魔王即位はまだ彩乃たちが生まれてもいないころだが、話に聞いているようだ。

午後、学園に珍しい来客が訪れた。教会の教皇猊下らしい。教会の一番偉い方がこんなところに何の用だろうか?

「ねえ聞きました?」

「聞きましたわ。あの子が勇者に選定されたのですってね」

「まさか、あんな子がねえ」

「男性に媚を売るだけが才能だと思っていましたわ」

「あら、私はいつかこうなるような気がしていたわ」

「あっ、ずるいわ」

コソコソと噂話をする女性との会話を盗み聞いてしまい、彩乃は慌ててあの古教会に向かった。この学園でああして「あの子」と呼ばれるのは十中八九春宮玲のことだ。

有栖川双子は慌ててやってきた彩乃に驚いたような顔をする。

彩乃はすぐに遠見の魔法を展開した。

「何すんの?彩乃サマ」「何ですか?」

双子も興味を惹かれたのか寄ってくる。

画面に映った春宮は担任の清塚先生に呼び出されていた。生徒会顧問の藤峰先生と生徒会長の義兄もいる。

「私が勇者?」

春宮玲の声は震えていた。

「ああ。そう宣託が降ったらしい。力になれなくてすまないな。・・・これから春宮には教皇猊下にお言葉をもらい、共に旅にいくものを選んでもらうことになる。早乙女は人を選ぶのを手伝ってやってくれ」

清塚先生はそう言って春宮を送り出した。彼女の顔は血の気が引いて真っ青になっている。

案内された部屋で教皇猊下と向き合った春宮はひたすらに俯いていた。彼に発言を許された春宮は搾り出すような声で言った。

「本当に私にできるんでしょうか?私訓練はしてきたけど、生き物を殺したことなんてありません。魔法だって水属性しか使えないし、私みたいなのについてきてくれる人なんているわけない」

「神の思し召しですからね。きっとできますよ。私にはそんなことしか言えないが・・・。それから君は勇者だから、君が知らないだけで光属性は使えるはずですよ」

教皇猊下の声は優しいものだったが、いっそ冷たいまでに春宮に寄り添ったものではなかった。彼女は他人の彩乃から見ても可哀想なくらいに怯えているのに。

それから属性魔法を測り直して、光属性があることを確認し、一層春宮は絶望したように見えた。唇が青くなるほど血の気がひいているし、いつも赤みの差していた頬は見る影もなく青ざめている。

彼女が部屋に帰るまで一応様子を見ていたが、ふらふらと寮の自室に帰ったあと、彼女はさめざめと泣き始めてしまったので、彩乃は魔法を切った。

「あいつは嫌いだけど、同情するね」

「ええ。いくら騎士科といえ、僕らは訓練中の身ですから。同情します」

あの日覗き見てしまった春宮の意外な一面のことを一応伝えると、双子は妙なことに納得したように頷いた。

「そんで、妙な感じがしたのか。視線が気持ち悪かったんだよな」

「ああ、それで。では彼女は楽しいゲームが恐ろしい現実になる予感に泣いているんですね」

まあ男性と恋愛をする遊戯のつもりでいたのなら、魔王討伐は残酷な現実に思えるだろう。目が覚めたのかもしれない。

新しい魔王。彩乃としても見過ごせる存在ではなかった。

こちらの存在には気づかれたくないが、戦乱の世は生きにくい。どうしたものかな。

彩乃は内心をおクビにも出さず悩み続けた。


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