15.快癒
《六月十六日 晴 敬愛すべき看護婦殿よりついに許しを得る 明日より活動再開》
左肩は完治し、胸の痛みも消えた。右腕の痛みも我慢のできる程度。頭痛もいつの間にか収まっていた。今日は荷物の確認をし、フィーナに周辺を案内して貰うことになっている。
起床時に、着替えを手伝おうと言い出したフィーナと一悶着があったがアルフレートは無事に一人で服を着て部屋を出た。土間は一度見ているはずだが思っていたよりも広い。そして大量の食材が吊り下げられているのを見てアルフレートは驚きつつも納得するのだった。
「大丈夫でした? 久しぶりに動いてどこかつったりしなかったですか」
「大丈夫だ。どこも問題はないぞ」
外から戻って来たところらしい。入り口そばからフィーナがアルフレートに声を掛ける。彼女はどうにも心配性である。
「荷物は外なのか」
「今出してるところです。明るい方が良いでしょう?」
そう言うとフィーナはそばの壁に立てかけてあった鉄の板を括るロープを掴んだ。
「よぃ、しょっ」
「いや待った待った」
その大きな鉄の塊を引きずって行こうとするフィーナを慌ててアルフレートが止める。
「女性が運ぶようなものではないぞ。俺がやる。いや、と言うかそれは動かさなくて良い。ここで見るだけで十分だ」
「そうですか? でもこれなんなんです? とんでもなく重いんですけど」
「盾だ。一応は。竜が相手でも戦えるようにと作らせてはみたが、今のところは邪魔な重荷にしかなっていないな」
壁に戻した板をアルフレートがざっと見回す。
直線的で湾曲部がなく何枚もの鋼板をリベットで張り合わせた作りは美しさからは程遠い。板は二枚一組で上下に連結すると大盾になる特注品だった。
つなげば高さ18.8ケント(1ケント≒10㎝)、幅5.2ケントと全身が隠れられるだけの大きさになり、装甲厚は15ミシオン(1ミシオン≒1mm)もある。固定して使えば城攻めの弩砲すら真正面から受け止められるくらいに頑強なはずだ。
問題は重量で120バーテル(1バーテル≒1㎏)を超える。当然ながら手に持って使えるような代物ではないので、鋼鉄製の車輪が取り付けられ自立させつつ押し動かせるようになっていた。
車輪は本体下部に五つ、両側面にある折り畳み式の衝立に二つずつ合計九か所にある。フィーナが運ぼうとしたのは車輪の付いていない上の板だ。
アルフレートはざっと接合部のピン穴と裏表のボルト穴を見ていったが特に歪みなどは見られなかった。衝立や車輪の動きにも異常はない。
「問題ないようだ。しかしよくこれを運んだな。一体どんな魔法を使ったのだ?」
「ええっと、それは……その……えーっとそれは……馬に、引かせました。鞍まで持ち上げるのは無理そうだったのでソリに載せて」
「なるほど」
思ったよりもずっと普通であった。それならフィーナの細腕でもどうにか運ぶことができたのかもしれない。
「ごめんなさい」
「なにがだ?」
なぜこの流れで彼女が謝るのかアルフレートにはまったく分からなかった。
「ええっとですね。嘘を、つきました」
「嘘?」
別の方法で運んだのか、と一瞬アルフレートは思ったがそれではまるで意味不明である。
「あなたに荷物の無事を聞かれた時、全て運んだと言いましたけど、本当はまだ森に残したままのもあって、後から取りに戻ったんです。板もその時に」
「ようやく合点がいった。そういう事か、問題ない。やはり確認の必要があると分かったな。何か壊れたり無くなっているものもあるだろう」
「……すみません」
「いや何故謝る。わざわざ取りに戻ってくれたのだろう?」
「それはそうなのですけど」
「君が謝る道理が無いぞ。本来ならば俺は財産どころか命すら失っていた。君がそれを守ってくれた。いくら感謝してもしたりない。大体こんな馬鹿みたいに重い物を持ってくる俺の方がどうかしている。大変だったろう、フィーナ。本当にありがとう」
「ええっと……どういたしまして」
感謝の言葉を重ねるアルフレートにフィーナは少し居心地悪そうな様子であった。