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14.疾きこと風の如く

 フィーナの唐突な口調の変化にアルフレートは(いぶか)しんだ。何か良くないことが起こっている。


 彼の事を彼女が「様」付けで呼ぶのは二度目、最初にアルフレートがそう呼ばないように頼んでからというもの一度も「様」付けでは呼んでいない。


 今になってまたそう呼ぶ理由が彼には分からなかったが、これ見よがしに慇懃(いんぎん)な話し方といいアルフレートへの抗議の意思は明白だった。状況は不明だが危機的だ。

 

「いや、いない。妃にと思った女性はいたのだが……」

「あれ? でも昨日……」


「いや、マリーには何度か求婚したが、彼女が受け入れてくれたのは俺が無爵になってからだったから妃にはなっていない。すまない。何か君を怒らせるようなことをしたようだ。悪かった。その、今まで通り普通に話して貰えないだろうか」


 現状認識に不足を認めつつもアルフレートは行動した。()ず決断、(しか)る後決断である。(すなわ)ち即時に回答し遅滞なく謝罪する。拙速(せっそく)巧遅(こうち)に勝るのである。王家の男子であり、将となる身であった彼は即断即決の重要さを知悉(ちしつ)していた。情報の不足など戦場では常の事であり――(中略)――故に戦の士は決断を第一とし思考は行動の中で行う。フィーナに対し平に謝罪の言葉を掛けつつもアルフレートは想定しうるありとあらゆる可能性について考えをめぐらせ彼女の言動の理由について探っていたあった。


(!)

「別に怒ってはいませんよ」


 内心の焦りを表には出さずアルフレートは警戒を厳にする。


 経験に裏打ちされた彼の直感が今の彼女の言葉を鵜呑(うの)みにすべきでないと告げていた。フィーナがぼそりと一言「呆れてはいますけど」と付け加えていたのにも留意すべきだ。


 怒りを通り越して呆れているという可能性も無いとは言い切れない。とはいえ怒っていないと本人が言っているのを否定するような言動をするのも危険な様に思われる。


「そうか。いやそれなら良かった。急に話し方を変えるものだから驚いた」


 今は時間を稼ぐ。とにかく会話を引き延ばしフィーナの言動から出来る限り状況の詳細を探るべきだろう。ついでに話の方向を変えられるのならばなお良い。


 彼女の態度が変化した前後の状況から推測して、原因がおそらく自分の独り言にありそうだと目星は付いたが、問題なのは具体的に何を口走ったかについて全く分からないということだった。


 余計なことを言えば藪蛇(やぶへび)になりかねない。


「そうですか。それは良かった。私も驚かせようと思ってやったので」

「そうか、は、ははは……そうかいや驚いた」

「ふふふ。でしょう?」


 不穏である。


「……なぜだと思います?」

「なぜ……とは?」

「私があなたを驚かせようとしたのが、です。さて、なぜでしょう?」


 何だかもう詰んでいる気がする。彼女の穏やかな笑みに悪戯(いたずら)の色が混じるのを見て奇妙に懐かしい緊張感がアルフレートの背中を走った。


「分からん……すまない。やはり俺は何かこう、君を不愉快にさせるようなことを言ったのではないか?」

「んー……それはつまり、あなたの言葉が理由だと思うんですね?」


「違うのか?」

「違わないですね。でも不愉快かというと……今はむしろ楽しくなってきた気がしますし」


「それはまさか、俺が困っているのを見てか?」

「どうでしょうね?」


 言葉こそ疑問形だが彼女の顔はそうだと言っていた。なるほど今の状況は猫が捕まえたネズミを玩具にするようなものか。


 だが肯定的に見るならば、それは同時に彼女が少なくとも本気では怒っていない、ことも意味するだろう。どちらにしても負けが確定しているなら上手く負けることを考えた方が良い。


 城の女性陣がしばしば、哀れな罪人にどう罰を与えようかと思案する様子が思い出された。中でもマリーは性質(たち)が悪かった。


 アルフレートが何か馬鹿を演じると、彼女はたとえ最初からそれを許す腹積もりであっても、何もせずに許すのは(しゃく)だからというだけで(いじ)ってくる。ついでにアルフレートの対応が気に入らないと途中で気が変わってややこしくなるものだった。


「この通りお手上げだ。俺が何を言ったのか、頼むから教えてくれ」

()()()()()()()()()()ですよ。一応は、私を()めて頂いたようですし」


「褒めた? 君を?」

「はい。()()()()()()()()()と」

「そう、だったか」


 女性に対する批評として(ちまた)でよく用いられる言葉だ。幾分胸をなでおろしつつも、本題が後にあるはずとアルフレートは身構えた。そのまま凍り付いた。


「ここには誰もいないのに一体どなたの嫁になれと言うのでしょうね? 誰の子を産めと言うのかしら?」


 山にはフィーナ以外に人はいない。例外はただ一人。おまけに最後の一言は聞き捨てならない。


「いや待ってくれ!」

「はい待ちますよ」

「それは、俺の嫁にと言う意味ではなく……あくまで一般的な話としてであって……」

「ふぅん。一般的な、ですか」


 今の彼女は傍目(はため)にも悪意と余裕と遊び心に満ちている。非常に嫌な笑みだ。アルフレートの胸に警告の早鐘が鳴り響く。虎挟みに踏み込んだかもしれない。


「な、なんだ?」

「それはですね、ふふっ……いえごめんなさい。どうしましょうねこれは? やめておきましょうか」


 彼女がなぜそこで噴き出すのかアルフレートには全く分からない。何か決定的な言質(げんち)を取ったとでも言いたげな様子だったがそこで手を引く理由も分からなかった。ただ訳は分からないが蒸し返すのがまずいという事ぐらいは彼にも理解できるので黙っている。


「まあ実際、怒るほどの事は言ってなかったですよ。ただ人を驚かせておいて何とも思ってないようでしたから……少し仕返しをしてやりたくなっただけです」


 反省してください、と続けるフィーナにアルフレートはただ肯くだけだった。

しょうもないことほど仰々しく書きたくなります。長すぎたので省略。

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