人誑しの本領発揮
卒業パーティー
↓ 1週間
この話
↓ 数日後
殿下との面会
↓ 3週間後
王宮のパーティー
遡ること約3週間前。
卒業パーティーが終わってから約1週間ほど経った頃だったと思う。殿下と学園で面会する手筈が整った日だった。
え、保護した? わかった。落ち着かせた後連れて来てくれる? ええ、よろしくね。
そんな会話を交わしたのはその日の朝だ。
「ご機嫌よう、アゼリア様」
「あなたは…!」
自分の体を守るように強ばらせた彼女を見て、悪いことしたとは思った。まるで悪役の登場のようだ。ともすれば彼女は悪役に連れ去られた悲劇のヒロインって配役だろうか。
彼女に危害を加えようとする動きを予測できたなら見て見ぬ振りは出来なかった。そのために父から拝借していた影を張り付かせておいたのだけど、まさかこんなに早く動きがあるとは。
「とりあえず座って。ハーブティーはお好きかしら?」
お茶セットは用意してある。ティーポットをお湯で温めながら彼女に尋ねた。出来る限り柔らかい笑顔を心がける。あえて、彼女に体を向けて作業をする。
「え、はい。あまり飲んだことはありませんが、好きです」
「よかった」
ティーポットのお湯を捨てて、真ん中の茶筒を取り出す。茶葉を入れたらお湯を注いで、蓋を閉める。ティーコージーを乗せて、砂時計をひっくり返す。慣れた手つきでこなすのを見ておずおずと声を掛けられた。
「いつも、ご自身でやられてるんですか?」
「ええ。勿論入れてもらうこともあるけど、好きなのよね。お茶によって蒸らす時間も違うし、良い息抜きになるの」
「そうなんですか」
約半分くらいの砂が落ちているのを見て、カップを温めていたお湯を捨てる。タオルで水気を拭った後、ソーサーの上に乗せた。ポットを円を描くようにゆっくりと回す。茶漉しを乗せて、高めからカップに注いでいく。
「いい香りでしょう?」
「はい」
片方を彼女の前に置き、自分の席に着く。お茶を勧めた後自分のカップに口をつけた。やっぱり美味しい。お気に入りの物を手に入れてよかった。
美味しいと、漏れた声に嬉しくなる。そのまま暫くはお茶を楽しむ。そろそろかな。
「落ち着かれました?」
私の存在を思い出して、体をこわばらせたのがわかった。警戒心を持っているのはいいことだが、ここまであからさまだと心配になる。
些か不適切だが、わかりやすく言うならば敵方の妹な訳で緊張しないわけないわよね。
先のパーティーでは殿下とやり合っていたわけだし。
「私あなたと一度しっかりお話してみたかったの」
なるべく柔らかく笑った。私の名前を名乗り、相手にも問い掛ける。意図を悟ったのか、丁寧に名乗り返された。
唇を噛み締め、俯く姿を見て内心首を傾げる。私そんなに恐ろしいかしら。
どちらかと言えば親しみやすいと言われることが多いはずだが。せっかくお茶でリラックスさせようとしたのに元に戻ってしまった。
あの、とか細い声がする。震えた声とは対照的に私を見上げる視線ははっきりとした意志を宿していた。
「大変申し訳ありませんでした。私が身分不相応にも第一王子殿下に懸想し、とんでもない思い違いで姉君の名誉を毀損したこと、謝っても許されることではないと重々承知しております」
椅子から立ち上がり、床に頭を付ける。ひれ伏せる彼女を上から見下ろしながら、驚いていた。
自分を害する者だと私を恐れていると思っていたが、それは違った。大それた事をしでかしたと私に恐縮していた?
ああ、やっぱり好ましい。
彼女のそばに膝をつき、肩に手を伸ばして起き上がらせる。少し問答はあったものの、元の椅子に座らせることに成功した。若い女の子が床に座って体冷やしたらよくないもの。
視線が私の頬に張り付いている。何かあったかと考え、白い湿布が視界に入り納得した。口の中が切れたままの数日間は食べ物や飲み物が沁みて苦労したものの、それが治ればあまり気にならなくなっていた。鎮痛剤は飲んでいるし、体調が悪くても義務は待ってくれない。気を紛らわせながら、取り繕う術も会得していた。
口の中に軟膏を塗りたがった婚約者に苦労したなあ。あんまりにも拘るから一回やらせてみたら、終わった後何とも言えない顔で顔を逸らされた。何だったのあれは。
痛くないのかと問われ、首を振っても顔は晴れない。見る者の方が痛そうな反応をする者だ。家族しかり、婚約者しかり、彼女しかり。
あのパーティーの後、私は気を失っていたからどのように収束したかは詳しく知らない。ただ何かあった時のために彼女に貼り付けておいた者からは、彼女が真実を知ったという旨を聞いた。
殿下をはじめとする原告側の4人が取り調べられ、その内2人は我が侯爵家の権勢を削ぐために姉を嵌めようとしたことが明らかになった。
冤罪を最初に企てたのはその2人だったそうだ。冷静に考えれば断罪するには、罪が足りな過ぎる。殿下の愛を、彼らは利用したのだ。
同情の余地はない。初恋に浮かれて足を踏み外した、その結果は変わりない。
第一王子殿下ともあろうものが、そんな簡単に甘言に踊らされてはいけなかった。
「暫く私の侍女にならない?」
下級貴族の娘が行儀見習いの一貫で上級貴族の侍女として働くことはままあることだ。婚姻の箔付けにもなる。
なぜ、と疑問の後に続くのは助けてくれるのかと言うことだろうか。
ここからは、オブラートに包むことはしない。
「あなたが婚約者のいる男を誑かしたと白い目で見られるだけなら、時間が経つのを待てばよかった。ただ相手が途轍もなく悪いのよね。
あなたは王族と大貴族の喧嘩に巻き込まれてしまった。そして、甘い汁を吸いたい者たちが取り入ろうとぶら下げてくるのはあなたよ」
青褪めて震える姿を見て胸が痛まないかと言ったら嘘になる。しかし、現実を見せないと話にならないから。貴族に足を踏み入れたら、その裏も知っておく必要がある。当事者なのだから。
「今日あなたを襲ったのはその類の者。そこまで分かっていて、手放せる程薄情なつもりはないのよね」
「それでもあなたが私を助ける理由にはならなくないですか…? 貴族の施しってやつですか?」
「あなたが自分の意志で姉を嵌めて、その座に成り代わろうとしたなら助けることはしなかった。
迂闊で詰めが甘くて、悪い男に騙されたけどあなたは努力を怠ったことはない。一生懸命生きてきた人間が馬鹿を見る世界って大っ嫌いなの」
視線を逸らさない。私はうやむやに関係を築くことはしない。こういうのは信頼が大事だから。本音で語り合わないと意味がない。
「これからあなたは否応なしに色々な困難に巻き込まれていく。理不尽なこともたくさんある。だからこそ見返してやりましょう? 私の庇護下に入ったこと絶対に後悔させないから」
グシャリと顔が歪んだ。堪えようとした嗚咽が漏れてくる。目から一つ、二つと落ちる雫はどんどんと連なり、筋に変わった。
彼女の椅子の前に膝をつき、抱き寄せる。背中をトントンと叩けばギュッと強く抱き締められた。声が漏れる。泣いちゃいなさい、大丈夫だから。
彼女にはありったけの知識とマナーを叩き込む。どこに出しても恥ずかしくないレディーにすると決心した。
しかしその前にやることがある。
彼女を落ち着かせたら男爵家に行って侍女の契約を結んでこなければ。彼女の家もしっかり調べが付いている。この騒ぎを起こしたことを恐縮するが、娘を捨てるような人柄ではなかった。商売で身を立てているわけではなく、戦の褒賞で爵位を得た土地なしの家だからそこまで周囲への圧力は必要ないだろう。
娘を助ける必要がなくなれば上手く生活はしていけそうだ。
どうにか私に預けることを納得してもらわないと。頭でプレゼンを考えていた私は知らない。
彼女の忠誠心がMAXで男爵が引くくらい私の話をして、プレゼンがほぼ必要なくなることを。




