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名誉挽回、汚名返上

両親、姉弟、少し空けて、私と婚約者のペアで入場する。

先の騒動でいつもより注目を浴びているが、それはまあ仕方ないことだろう。姉が心配だったが、自然に振る舞っているように見えた。

元々注目を浴びる人だったから慣れているだろうが、やっぱり心配だ。眉が下がりそうになり、絡んだ腕を揺らされたことで留まる。

大丈夫だと囁かれて気分を入れ替える。


まだ姉の婚約騒動は収まっていない。

第一王子殿下と侯爵令嬢の婚約なのだから、簡単にどうこう出来る問題ではない。

どこにつくのが得策なのか、みんなこちらを息を潜めて伺っている。それで済むなら可愛いものだ。

野次馬に姉が傷付けられないことを願うばかりだ。

いざとなれば盾にだってなってやる。

こういうのが無茶だと言われるのか。



両陛下に挨拶を終える。謹慎明けの第一王子殿下の姿もあったが、彼と姉の視線は交わることもなかった。

彼の存在はないかのように扱われている。ダンスが始まってもそれは同様だった。

いつもは女性が群がるのに1人も寄り付かず、壁の花になっている。みなチラチラと視線は向けるものの、巻き込まれるのを恐れている。



婚約者とファーストダンスを踊りながら考え込んでいたが、やはりあれしかないだろう。そうは思うものの、躊躇はしてしまう。

きちんと王妃さまに書状を送り、許可は取り付けた。家族には反対されるから伝えていない。そこまでやる必要はないと言われる事だろう。それでも私がやらかした事だから。

今度は独断専行ではない。それでもかなり緊張していた。

ここは学園ではないことも大きい。少しの油断でさえ命取りになる正真正銘の社交場。私のミスは家の問題に直結する。婚約者の顔にも泥を塗ってしまうことになる。


何度も深呼吸を繰り返して、覚悟を決めた。もう、下準備は出来ている。あとは私が動くだけ。


案外過保護な婚約者はパーティーで私から離れることはほとんどない。大抵の挨拶にも連れていってくれるし、紳士の集まりにもあまり参加はしない。よっぽどの時は私を家族に預けていくが、それも滅多にない。

ダンスを終えて飲み物を取りに行っている今くらいしか、時間は取れない。怖気付いている暇なんてない。


真っ直ぐ足を進めるが時間がなくて少し焦る。家族や婚約者に止められる前に誘わなければ。煌びやかなホールの上座。一際豪華絢爛な場所に足を向ける。

静まり返ってはいるものの、視線はどこからともなく集まっている。早々と中央を抜けて、1人の男の前に立つ。ちょうどよく座っている男に手を差し伸べた。


「私と踊っていただけますか?」


非常識だとわかっている。基本女性は男性から誘われるのを待つのがセオリー。婚約者であったり、身内であったり、親しい間柄であればこの限りではない。

そして、通常は身分が上の者から下の者へ声を掛けるのだ。下の者が上の者に声をかけたい時は、誰かに仲介してもらう必要がある。


さて、私と殿下との関係は?


身内が婚約関係にあるという点だけを取れば親しいと言えなくもない。が、その婚約は破綻しかけているのでどう好意的に見ても親しくはない。身分だって、性別だって真逆だ。


それでも誘う必要があった。私と殿下の間の不和が解消されたと示す必要があった。殿下からではなく、私から。

王妃さまが助太刀してくれたのも、殿下の汚名を雪ぐのに不可欠だと思われたからだろう。


少しのざわめきが起こる。まだ家族も婚約者も気付いてはいないが、時間の問題だった。


呆気に取られる男の手を掴んで、ダンスホールに足を踏み入れた。YESかNOかなんて聞いていない。何度も言うように時間がないのだ。

ちょうど前の曲が終わるタイミングだった。王妃さまに紹介された楽団の知り合いに賄賂を渡しておいた。視線を合わせながら、ウィンクを2回。これが私たちの決めた合図。


振り上げた指揮棒を視界の隅に入れながら深呼吸をした。腹の底にグッと力を込める。


優雅なワルツから、曲は一転する。普通のダンスパーティーではあまり流れない曲だった。スピードが早く難易度が高い。

数秒のイントロで何の曲だか分かったのだろう。視線が重なる。懐かしいなと呟くのが聞こえた。

ダンスホールにいたカップルは慌ててどんどん引き上げていく。婚約者がこちらに気付いたが、人混みで近寄れない。

踊れる人も限られるが、ダンスの名手と名高い王子殿下なら訳もないだろう。ステップを踏みながら、挑戦的に視線を投げた。


優雅なパーティーではなく、壮行会向きのこの曲。好敵手を認め、相手を鼓舞する。意訳で和解の意味もある。ピッタリだと思った。私が傷付けた汚名は返上できるはず。

王妃さまに候補を挙げていただき私が選んだのは殿下が1番得意な曲。昔ダンスの練習で一緒に踊った以来だけど叩き込まれたおかげで体は覚えている。



ゆったりとワルツを踊るつもりはなかった。もう言葉を交わし合う必要はない。話したいこともない。ただ和解したことを示せばいい。


華麗なステップに、合わさる視線。難しいフレーズを難なくこなしていくうちに楽しくなってきた。それは向こうも同じようだ。久しぶりなので少しブレたところはお互いがカバーする。

婚約者はダンスがそこまで好きじゃないから一緒に踊ってくれなかった。楽しくて口元が緩んでいく。

不敵に笑い合う私たちはもう既に被害者と加害者には見えなかったに違いない。


曲の終盤は更に盛り上がる。楽器の数が増えて華やかになるのと同様にステップも複雑になる。最骨頂に達してフィナーレ。


一瞬の静寂ののち、拍手に包まれた。息を整えつつ、相手を見やれば腰に回された手が外れる。周囲に挨拶をした後、耳打ちした。視線がスルッと絡んで何事もなかったようにそのまま外れた。挨拶をして、踵を返す。

行く方向を見て、少し怯んだ。腕組みをして私を待ち構える婚約者。視線が痛いくらいだ。進む事を躊躇したのが分かったのだろう。つかつかと私のところまで歩いて来て、捕まった。


「スイレン」

「…ごめんなさい。私の失態を挽回しようとしたのだけど…あなたにまた迷惑を」

「違う。君のしたことはそう悪くはない手だ。それは問題ない」

「じゃあ、どうして?」


一瞬口を結んだ。言いにくい事なんだろうか?珍しい。口を開けては、開いてを何度か繰り返した後、少し声は掠れていた。


「……随分と、楽しそうだったな?」

「…やきもち?」


「っ、違う!」

「やきもちだ!」

「嬉しそうに、言うな…」


下から顔を覗き込む。視線を逸らしながら、悪いかと拗ねた顔で毒付くのを見て胸がきゅんとした。頭を寄り掛からせる。腰に腕がまわって引き寄せられた。

姉の姿がホールから消える。殿下の姿もダンス以降伺えない。私が仕組んだことと言えど少し不安にはなる。


でも、当事者が置き去りになってどうするの。いい加減腹を割って話さなきゃ、姉だって前を向けない。


私の不安に気付いてる彼は頭を撫でてくる。


「元に戻すつもりなのか?」

「おそらく、それはないかと思いますけど…本人たち次第です」


「怒られました。私が姉たちのことでたらればを言うのは烏滸がましいと」

「…随分とそれらしいことを言うじゃないか」


ふふ。漏れた笑いに視線を感じる。私と同じ事を言っていると指摘すれば彼も笑った。


「難しいですね、人の関係って」

「そうだな」


今頃話は進んでいるんだろうか。姉が抱えたことを全てぶつけて軽くなってくれたら嬉しい。

外野のことは放っておいてお互いのことを見ることから始めなければきっとまた繰り返される。

それは私たちだって、同じかもしれない。


「ウィル様」


愛称で呼んだのは久しぶりだ。驚きを表す彼に肩をすくめる。


「久しぶりだな…そう呼ばれるのは」

「あなたが変わったように思えて意地を張っていました」


「これだけは覚えていてほしい。俺にとって君はずっと大切な存在だ」


目の奥に確かにある熱に囚われそうだ。息を呑む。吸い込まれるように見つめていた。

それはどのくらいの時間だったんだろう。きっと刹那なことだろう。私には永遠にも感じられた。


周囲の騒めきにハッとする。注目の先にいる姉の姿を見て、胸を撫で下ろした。

今までの姉の努力の結晶。あの綺麗な姿勢に私は憧れていたのだ。誰にも汚すことの許されない気高さ。

殿下にはお気に召さなかったそれは、確かに姉の武器になった。


やっとのことで自分に引き込ませたのに、すぐに違う者に釘付けになってしまった。残念だと思いながらも暖かい目で見つめていた存在を私は知らない。



帰り道隣に座った彼に寄りかかる。疲れてしまった。謀略を張り巡らせるのには私は向いていない。しかし私が蒔いた種なのだから、どうにかしなければいけなかった。その義務感で動いただけ。


満足のいく結果に収まった。緊張が解れていく。おそらく帰ったらまた怒られてしまうと分かっているけれど、後悔はしないだろう。


大きい手に包み込まれている。安心する温度だった。小さい頃から守られてきた。身を任せて気が付いたら夢の世界に旅立っていた。

口に触れた暖かい感触は、夢か現か。


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