雪解け
王宮で祝典が開かれることになった。卒業パーティーが1ヶ月前。あれが終わって初めての大きなセレモニーだ。
婚約者から贈られたドレスを身に纏う。好みのドストライクを付いてくるドレスに自然と笑みが浮かぶ。オーガンジースカートはふんわりと広がっている。腕の刺繍レースの透け感が優雅ながらも可愛らしい。バックは編み上げリボンがありウエストを綺麗に見せてくれる。
侍女やお父様たち似合うと褒められて気分が上がらないはずもない。お姉さまたちの仕上がりをワクワクしながら待っていた。
婚約者が来る頃には、先ほどの高揚感は嘘みたいにぺしゃんこになってしまった。
挨拶を交わした後、気分が落ちていることが気に掛かったのか覗き込まれる。
「どうした? よく似合っているが、気に入らなかったか?」
「いいえ! 私とっても気に入ってますの。ありがとうございます」
慌てて否定する。その誤解は申し訳ない。それならばどうしたと尋ねられる。
最初は偶然だと思っていた。お互い忙しいし、元々時間が合わないことも多かったから、顔を合わせないのが普通なのかと思っていた。しかし、それがわざとだとようやく気付いたのだ。
そう、私は姉に避けられていた。
先ほど姉と母が準備を終えて、リビングにやって来て家族で和気藹々と話していた。私が姉に話を振っても視線を投げても、返ってこない。徹底的に無視されていると気付いた。
卒業パーティーから早1ヶ月。見て見ぬ振りをしていたものの、ここまで徹底的に無視されていた自分に凹んだ。
私が目覚めた時は泣きながら抱きしめてくれたが、それ以降にきちんと顔を合わせた覚えがない。それから? そんなに長い間避けられていたの? 私が悪いから仕方ないのだけど。
ダメージが大きい。
「お姉さまに…」
「うん?」
私の言葉に優しい相槌が打たれる。柔らかい空気感が心地良かった。
「避けられてて…」
「今更気付いたの?」
「あ、やっぱり知ってました?」
あっけらかんと言われて、どんどん視線が下がっていく。この人まで知ってるのに、気付いていなかった私はどんだけ鈍いの。
「王妃教育もあって会えないことが普通だったから…忙しいんだろうなと思ってたの」
「ローズは怒ってたよ。私が避けてることにも気付いてないんじゃないって言ってたけど」
またいろいろやっていたんだろう、と続ける。
「まさにその通りです」
頭を抱えて座り込もうとして、侍女に慌てて止められる。ああ、ドレス姿だった。情けなさすぎて顔も上げられない。ふらついたら腰を支えられた。時間が迫ってきているから出ようと、エスコートされる。促されるまま馬車に腰を掛けて、深い息を吐き出した。
「君は自分のことに関してはポンコツだからな」
「図星すぎて何も言い返せない…」
「何で彼女が怒ってるか分かってる?」
「自分で抱えすぎたことと、無茶しすぎたこと…」
「そうだな。私なんかのことで、目を付けられる必要はないって言ってた」
「それは違う!」
違うかもしれないが、君のやり方も間違っていただろう、とぐうの音も出ない事を言われる。隣から腕が回ってきて肩を引き寄せられた。名前を呼ばれて顔を上げる。思ったよりも至近距離で視線がかち合った。
「無理をさせないでって俺にも怒ってきた」
「…謝らなきゃ」
「あんまり心配させないで」
「ごめんなさい」
馬車が王宮に着いて、入場を待っていた家族と合流した。姉に声を掛けても、無視される。打ちひしがれてきて、鼻の奥がツンとする。涙声になり、姉はぎょっとした顔で振り向いた。仕方ないと言った表情でため息を吐く。
「もう、怒りきれないじゃない」
「お姉さま」
「もうこんな無茶はしないでね」
「ごめんなさい」
じゃあいいわ、と呆れた顔で笑う。その表情が私は好きだった。
「私お姉さまのことが大好きです」
しっかり目を見て告げる。照れて笑うお姉さまは可愛らしかった。ギュッと抱きつく。ドレスがよれるとか、色々文句を言っているが無視してしがみついた。少しそのままにしていれば、後ろから引っ張られる。
そろそろ時間だ、と引き離した婚約者を少し恨めしそうに見つめる。知らん顔しながら自分の腕に私の腕を絡めた。もう。抱きついた事で乱れはないか、確認して腕に力を入れる。
姉に視線を戻せば照れがまだ残っているのか頬が少し赤らんでいる。上目遣いに近い状態で睨まれて身内ながらときめいた。
この姿を見せていればと少し脳内を過ったがたらればを言ってももう遅い。
姉の可愛らしい態度を引き出せなかった向こうが悪いのだ。きっとお互いそっぽ向いていた。そんなんじゃうまく行きようもない。
「男は星の数だけいるんです。王子殿下にこだわる必要ないのですよ」
なんて不敬ですねと茶化したけれど私の言いたいことが伝わっていれば良い。
あることを耳打ちして、入場の声を待った。
今回は少し短めです。よろしくお願いします。