発想の転換
「私体動かせない間ずっと考えていたんですが思い違いをしていたんじゃないかと思って」
「どういうこと?」
見上げると優しい顔で見詰められる。安心して話し始めた。こういうところが好きだ。
「次期王妃の妹の肩書きがあったなら分かりますが、今の私をこんなに手間暇を掛けて蹴落とす必要がありますか?」
「…なくは、ないんじゃないか?」
不穏な内容に彼は少し顔が強張る。あくまでも冷静に告げる。
「まあ、そうですね。それでも私を蹴落とすなら今回みたいに誘拐を企てるか、破落戸に襲わせて大々的に取り上げて、女の価値をドブに捨てれば終わりです」
口を挟みたそうだが堪えたようで、険しい顔で続きを促される。
「この一連の流れを企てた人物は、本当は去年が狙いだったのではないか、と」
「去年に計画を立てて実行し、生徒会長だった王子殿下の監督責任を問おうとしたと言いたいのか?」
さすが頭の回転が早い。整理しながら聞いてくれるので話していて楽だった。私は頷く。
事故は起こらなかったのか、未然に防いだのか、起きたけど黙殺されたのか、リスクがあり過ぎてやめたのか。どの可能性も考えられて分からない。それでも、わかるのは。
「直接手を出せば学園の中と言えど不敬罪は免れないでしょう。でもそれが事故だったら?」
「事故になり得る事柄を数多く用意し、どれかがヒットするのを待つというわけか。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるというし…まあ全部当たらなくてもいい。最悪少しのケチが付けば良かったのかもしれない」
「去年の騒動を調べれば、あるいは」
去年知っている限りそこまで大きな事件はなかった。些細なことを集めようとすればどれだけ時間が掛かるだろうか。人の記憶に残らない事件を探るのは容易ではない。
「君が発見したのは去年の置き土産だと?」
「おそらくほとんどは。だけど、今年の形跡もあったとさ思います」
「つまり、去年のものを利用しながら君に攻撃しようとしていると?」
「ただの予想に過ぎません。被害妄想だと笑いますか?」
笑ってくれた方が楽だ。これまでのものが全て私の妄想だといっそ笑ってくれたら。そう思う。彼は少し考えて真剣な表情で首を横に振った。まだ何とも言えないと肯定も否定もしない。
「手間暇かけて策を弄した理由にはなるだろうが。君を誘拐したのは?」
「私が計画を崩しているのに気付いたから警告をしようとした」
「余計なことはするな、という訳か」
辻褄は合わなくもない。でも、最大の疑問がまだ残されている。そう。
「何のために?」
「お姉さまを手に入れることが目的だったとしたら?」
前提が違っていたとしたらどうだろう。お姉さまを蹴落とすのではなく、自分の元に引き寄せることが目的だったとしたら?
「ローズ?」
「王子殿下の婚約者なんて普通は横恋慕しても、略奪できるものじゃない。普通ならね」
「普通じゃなければ?」
「相手を貶めればいい」
嫌な考え方だ。自分は手を汚さずに向こうから落ちてきてもらうなんて、どんだけ歪めばそんな芸当を思いつくのだろうか。
「殿下が婚約破棄を勝手に申し出たことで彼自身の評判は落ちた。ローズも彼女に玉傷はないと言うことにはなっているが、あれだけ人前で婚約破棄されればそうもいかない」
「火のないところに煙は立たないと言うしね」
周囲は本当に真実だろうと嘘であろうと面白おかしく騒ぎ立てる。ようやく落ち着いてきたが、まだ野次馬の視線を向けてくる人もいる。きっと何年経っても何十年経っても掘り起こす人はいるだろう。
「じゃあ何で君が巻き込まれる?」
「もし殿下を唆した人物が、あの騒動で姉を救い出すようなパフォーマンスを考えていたとしたら?」
あの騒動の際、私は堪えきれずに途中で割り込んだ。黒幕の人物にとっては既に結末が決められた出来レースだったとしたら、どうだろうか?
「結ばれる所まで想定していたのに、それを君が邪魔をした」
「ええ。だから意趣返しを私にしようとしたのではないかと」
「意趣返しか」
せいぜい意趣返し。相手にとっては私は姉の妹。私が姉を虐げていたり、損になる存在なら別だろうが、敢えて私を殺して嫌われるような面倒なことはしないだろう。
「私を殺すつもりはなかったと思います」
「なぜそう断言出来る?」
君は他人事として考え過ぎだと注意される。危機意識が足りないと言われるのは尤もだと思うが。
「あの場で私にも気付かれることなく、攻撃できたはずなのにわざわざリスクを犯して連れ去る必要がありますか? 事故に遭わなかったとしてもおそらくあれ身代金の要求もなかったと思いますよ」
「今までそのような連絡は一切入っていないな」
「恐怖を味わわせればそれで良かったんでしょう」
下手に誘拐して身代金を要求したり、他者に襲わせたりしたら、逆に証拠が残る。その分適当な荷物の中に拘束して長い間閉じ込めて放置した方が、勝手に恐怖を味わって自滅してくれる。頭がいいというか、無駄がないと言うか。一体どんな輩なんだろう。
事故に遭ったことは想定外だっただろうが、その展開にすら執着しないだろう。




