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両思いのすれ違い

目を開けたら、婚約者が手を握ったまま布団に伏せるようにして眠っていた。こんな光景を見たばかりだ。私なんかに構わなくていいのに。

忙しいだろうに。王宮の仕事も、公爵としての仕事も山のようにあるだろう。余裕なんてないはずなのに。


顔に手を伸ばす。目の下のクマをなぞった。


「ごめんなさい。そろそろ潮時なのかなあ。……婚約解消しないと」

「聞いてない。そんなこと」


しっかりと目が合った。手首を人質のように取られた。抱き締められるというより拘束されたに近いのか?いつの間に起きていたのだろう。驚いて身を引こうとしたが、捕らえられていてびくともしない。つい先日このような状況になったような…?私学習しないな。


「離すつもりはないと言ったよな?」


目が据わっている。地雷を踏んだようで緊迫感が漂う。起きていたとは思わなかった。相手から言い出すのを待たなければいけなかったのだろうか。頭の中で疑問がぐるぐる回っていたものの、どうしたらいいか分からない。

せっかくここ暫くは仮初といえど穏やかな雰囲気が流れていたので、落差に凹んだ。少し泣きそうで目を伏せれば、ぼそりと低い声がする。


「記憶が戻ったのを言わなかったのは、婚約解消したかったから?」

「え?」


彼は記憶が戻ったと確かに言ったと思う。驚いてただでさえなかった距離を詰めていた。目を凝視する。


「こんなに恨めしいと思ったのは初めてだ」


唇を塞がれた。何も言うことも許さないとでも言わんばかりの荒々しさだ。舌が縦横無尽に動き回る。歯茎をなぞられて背中がぞくりとした。苦しくて頭を離そうとしても、両頬に当てられた手が許してくれない。酸欠で視界がぼやける。肩を叩いても解放されなかった。

意識が落ちると思った瞬間、手が離されて咳き込む。苦しくて目から涙が伝った。視線は感じるものの、何を考えているのかが分からない。強引さに対する怒りよりも悲しみが優った。


「何でこう言うことするの…」


生理的な涙ではなく、悲しみによる涙が次々に溢れ出てくる。彼はさっきの強引さは嘘のように慌てていた。


「そうか…嫌だったよな…ごめ「あなたがお姉さまが好きでも…仕方ない、そう思っていたのに…」


「え?」

「諦めようと思っていたのに、口付けなんてしないで!!」


私がキッと睨み付けて尻上がりに叫べば、意味がわからないという顔をされた。意味がわからないのは私の方だ。





「待て待て待て!!!」


しゃくりあげる彼女は俺の言葉を聞いていない。が、待ってくれ。彼女は何と言った?


「俺が、ローズを好き…?」


あり得ないことを口走る彼女の言葉をどうにか噛み砕こうとする。彼女は幼子のようにこくりと頷いた。裏の意味があるのかと疑ったが、そんなわけもないだろう。


(俺は君が好きですが、何か!??)


「俺は君の姉のことは何とも思っちゃいない」

「嘘よ」

「いや、本当だ」

「私が婚約者だからって嘘を付くのはやめて。本当のことを教えてほしいの」


涙に濡れた瞳で見つめ上げてくる。そのまま吸い込まれるように口付けたい衝動に駆られたが、何とか抑える。


「君が何を勘違いしてるか知らないが…そんな事実はない」


首を振って、否定を示す彼女の頬を両手で挟む。いちいち可愛い動きだな。

俺は君が、その後の言葉を言おうと思って少し躊躇うが、今は俺の気持ちなんてどうでもいい。勘違いを解くのを優先すべきだ。彼女の言葉から少し浮かれてしまっているのは否めない。


「俺は、スイレンが好きだよ」


はっきりと言う。伝わるように至近距離で目を逸らすのも許さなかった。


「好きだ、愛している」


可愛い、大好き、と思い付く限りの言葉を並べていれば彼女の顔はボンっと音を立てるように真っ赤になった。何か口走ろうと思って言葉にならないのか、唇が戦慄いている。


そんなところも可愛らしくて、愛おしくて、唇を寄せれば、ん、といじらしい声が漏れる。触れた唇は微かに震えていた。



「本当に? 私のこと好きなの…?」

「ああ」


緩んだような笑みを浮かべる。今にも蕩けそうだった。目元から雫が落ちる。


「わたしも、すきぃ」


ああ、もう、どうしてくれよう。


ぎゅっとしがみついてくる彼女が可愛くて仕方ない。暫く腕の中に閉じ込めて離さなかった。



「いつから記憶戻っていたんだ?」

「……リハビリを始めたくらいには」


「そうだったのか」

「ごめんなさい。…気付いていたの?」


「何となくだけど」

「そっか」

「ずっと君を見てきたからな」


俺の言葉に照れたようで視線を彷徨わせる。


「騙したかったわけじゃなくて…あなたに婚約解消を言い出されるかと思ったら怖くて…まだあなたのそばにいたくて、言えなかったの」


(はあ、可愛い)


そんなこと言われたら怒れるわけない。深い息を吐き出す。


可愛さを噛み締めて何も言えずにいたら、こちらをおずおずと見上げてくる。


「怒ってますよね…? ごめんなさい」


両想いになった衝撃が強すぎて、怒りや焦燥感と言った負の感情はどこかへ飛んで行ってしまった。もう正直怒ってもいないのだが、この素直な時に言質を取っておいた方がいいだろうか?


「怒ってる。絶対に婚約解消なんてしないから。次そんなこと言ったらどうなるか分からないから覚悟して」

「ごめんなさい」

「絶対言わないって約束してくれないか」

「言いません」

「あと何でも相談してほしい」

「はい」


肩を落とす彼女に流されそうになるが、まだ聞いておきたいことは山ほどある。


「君は何に巻き込まれている? 少しは心当たりがあるのだろう?」


罰が悪そうな顔で見上げる彼女は、捨てられそうな子犬のような目をしているが甘やかすつもりはない。追求の手を止めるつもりはなかった。


ようやくここまで来ました。

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