昨日の敵は今日の友
しばらく経って落ち着いてきた頃を見計らって声を掛ける。
ちらりと後ろを振り返れば、泣き腫らした目で俺の制服を掴んでいた。
意志の強そうな目がなりを顰め、そのまま消えていってしまいそうな儚さがあった。
「で、何があったんだ?」
「もう嫌」
目を伏せながら息を吐き出す。ハンカチはびしょ濡れでその役目を果たせそうにないので、タオルを差し出す。
タオルを受け取ると、膝に乗っけた後顔を埋めた。ソファの上に膝を抱えている。第三者が見ればみっともないと白い目を向けられそうな格好だが、咎める者はここにはいない。
タオルで声が篭って聞き取りづらいので少し近付いた。
「疎まれていたのに…それにも気付かずにお姉さまのためになるって思って…馬鹿みたい…」
「ローズと喧嘩したのか?」
「どうせ自己満足ですよ…ああ、もう。ミジンコになりたい」
「ミジンコって…」
意思疎通は諦めることにした。軌道修正は後回しにして吐き出す方が先か。
散々泣いた後だし、お茶でも淹れてやるか。背中から手が外れたため立ち上がる。相槌はしっかりと打っていた。
「惨めだって言われてもさあ、私にはそれくらいしか出来ないんだから仕方ないじゃない。
自分ができる範囲でどうにか役に立ちたいもん…人の気持ちくらい汲んでよ」
どうせ独りよがりだけど。
ぶつくさと吐き出す彼女は、俺のことなんて見えていないのだろう。恨み節を唱えているが、声色は存外寂しげに響いた。
「私がお姉さまを陥れたりするわけないじゃない…」
その言葉に呆気に取られる。俺とスイレンが結託したんじゃないかと下世話な勘繰りがあることは知っていた。何とまあ馬鹿なことをと聞くたびに怒りが湧いたのも事実。
弁解などする必要もない。
それこそあり得ないのだから堂々としていればいい。
今でこそ腐れ縁みたいな仲になっているが、あの時の彼女は刺し違える覚悟を持って王子殿下に楯突いた。
それなのにそんなこと言われてしまっては彼女が報われないだろう。
「君がローズを陥れたと言われたのか? 誰に?」
今の話の流れからすると、疑っているのは赤の他人というわけではないんだろう。
ウィリアムかローズか。証拠集めにウィリアムの力を借りたということは調書で見たから消去法でローズということになる。いやまさか。
「何で私がこの純愛浮気クソ野郎に手を貸さないといけないの…お姉さまのばかあ」
(ローズだったかあ)
珈琲のカップを彼女の前のローテーブルに置く。ありがとう、と弱々しい声で返ってきた。
確かにスイレンは、裏工作とか手回しとかに関しては天下一品なんだよな。学園に入学して数ヶ月で乱立していた女子派閥を統一させたのだから能力に疑いようはない。
それを知っていたから学園は、彼女を生徒会役員に選んだ。
生徒会役員は成績、内心、素行など色々な視点から選ばれているが特に重要視されているものがある。
それはカリスマ性だ。身分は関係ないと言われているが社交界の縮図という面はどうしても無視できない。
思春期の色々な癖のある生徒の上に立つには、従わせられる力が必要だ。
家柄も重視してないとまでは言わないが、この人なら従いたい、従わざるを得ないという者に役員を任せるのだ。
平民でも生徒会役員になった例は意外とある。さすがに貴族の反発を見兼ねて生徒会長には就かせないことが多いが、全く例がないことはない。
暴君になりそうな可能性のある者はその時点で弾かれる。生徒たちの模範になるべき者なのだから当たり前と言ったらそれまでだけど。
水面下で人を動かすことに長けてはいるけど、彼女は真っ直ぐで、情に厚い性格だ。だからこそ周囲は彼女について行く。
それを知っていれば、彼女が裏切るとか言う発想は出てこないはず、なんだかなあ。
浮かばれないな、この子も。
怒ろうとして出鼻を挫かれた気分だ。
この姉妹もなんだかんだ蟠りがある。
今までお互い見ないふりして覆っていたものが、急に剥がれてしまって戸惑っているのか。
それにしても…純愛浮気クソ野郎ってどういうネーミングセンスしてるんだ。
自分のことながら少し笑えた。純愛と表現するのか自分の未熟な執着を。
初恋でなければもう少しまともな対応が出来ただろうか?
そう自問自答したことは一度だけではない。
たらればを考えるなど意味のないことだとは分かっているが情けないことに考えずにはいられなかった。




