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開幕

「紳士淑女の皆様。卒業おめでとうございます。宴も酣ではありますが、少しお時間を頂いて報告したい事項がございます。私、リカルドとリコッタ侯爵家長子ローズとの婚約破棄を宣言させていただきます!!」


王子、基、リカルド殿下は姉との婚約破棄を高らかに宣言した。陛下が困惑しながら割って入ろうとするが王子に退けられる。


お姉さまをあんな風に掴むなんて! 思わず駆け出しそうになる私の腕を掴まれた。見上げると首を振られる。確かに私が乗り込むには早すぎる。


けれど、騎士団長の息子の騎士の風上に置けない女性の扱いに奥歯をかみしめた。まだ彼らが話しているのは姉が実際にやってしまったこと。今とめてしまうと彼らの過失を問えない。我が国の王侯貴族や近隣国のお偉いさんが集まっている前で冤罪の証拠を出させてひっくり返すことに意味があるのだ。


手を握り締めて堪える。腰に腕をするっと回されて、握り締めた手を取られた。手を開かされて指を絡められる。落ち着けと耳元で囁かれて、深呼吸をする。息を止めていたことに気付いた。一度目をぎゅっと閉じて、開く。大丈夫だと見上げた時、目尻に溜まっていた涙が一筋流れた。目を見開いた彼は、一瞬鋭い視線を彼らに送った。腰に回った手に力が入る。そんなしっかり掴んでおかなくても飛んで行ったりしないわよ。


ほとんど厳重注意や罰金で済みそうな姉の罪を丁寧に読み上げた後、彼らのでっちあげの罪状が読み上げられる。かの男爵令嬢が招待状の入っていた剃刀で怪我をしたり、階段から突き落とされたり、破落戸に襲われたり、バラエティ豊かで驚いてしまう。想像力に長けているようね。誰が考えたのかしら。もし廃嫡されたら作家になったらいいと思うわ。


彼らだって馬鹿ではない。冷静になれば学園内で追放や処刑なんて決められるわけがないのよね。いくら彼らが王子殿下の権限を振りかざしたところでできることは勾留くらいだ。まあワンチャンあったらいいなあってところだろうか。追放、処刑となれば裁判が必須となる。ともなれば、彼らがやりたいことは国内、国外の権力者が集まるこの場所で姉の名誉を傷つける事。ここで醜聞をばら撒けば汚名を返上するのに果てしなく時間がかかるし、王家の失敗を大々的に公表する訳もないから、賠償金が支払われて、当座の対応を為されるだけだ。所詮、言ったもん勝ちってやつよね。


王子殿下と侯爵令嬢の婚約なんて滅多なことがない限り覆されない。本人の意向なんてもってのほかだ。しかし、王子殿下が公の場所で、婚約破棄を訴えて仕舞えば、さすがになかったこととしては済まされない。上手い手法を考えたものだとは思うけど、家族のこととなればそんな悠長なこと言えないわよね。


さすが王子と取り巻きというべきか、理路整然と最もそうに説明していくのがうまい。誰もあれが嘘だと思わないだろう。証拠がすべて捏造されたものなんて予想だにしないはずだ。よく上手く証拠を作っていると怒りを通り越して感心してきた。

姉は見覚えのない罪状に声を上げようとするが、両脇の男たちに押さえつけられる。地べたに押し倒され、背中に汚い膝を乗せられる。暴れようとする姉を押さえようと、ほぼ犯罪者のような扱いだった。剣が抜かれて姉に振りかぶられる。アレは牽制で実際切られるわけではないと理解はしていた。しかし、理解するのと了承するのは違うのだ。頭の奥で何かが切れる音がした。


"侯爵家の二女"で、"公爵の婚約者"で、"次期王妃の妹"という仰々しい肩書を持つ私は半二階のような見渡しやすい席が用意されていた。

オペラのVIP席と言えばわかるだろうか? ゆらりと立ち上がった私は目の前の柵を飛び越える。後ろから私の名前が呼ばれたが、その頃には1階に着地した後だった。

ヒールの衝撃を膝を曲げて抑える。そして、駆け抜けた。彼らの劇場の真ん中に割って入り、振り上げた剣に扇を食い込ませる。突然の闖入者で驚いた男の足を攫った。前に勢いが向いているときに真横から力が加えられると綺麗に転んでしまう。令嬢が習う護身術の1つだ。見事にすってんころりんと転がった男には目もくれず、扇に刺さった剣を外して地面にぶっさす。

そして、反対の男に近寄ると剣に掛けた手を扇で叩く。扇の使い方も様々あるが、手首を折る勢いでやったから痛くて当たり前だ。姉の腕を力任せに掴んでいた恨みも込められただろう。うめき声をあげ、苦悶の表情になった男を一本背負いで投げ飛ばす。自分よりも大きな男を投げ飛ばすには無理がある? うまく体重移動をすればできないこともない。何度誘拐されかけたと思ってるの。こんなの造作もないことだ。


痛みで立ち上がれない男たちを尻目に姉に手を差し伸べる。


「お怪我はありませんか、お姉さま」

「スイレン!?」

「ええ」


立ち上がられた後、簡単にドレスを整える。そして、姉の前に立って王子を見上げた。こちらを唖然とした顔で見つめてくる。ここで乱入されるとは思わなかった? 姉を助ける者がいるとは思わなかった?


「王子殿下、僭越ながら発言の許可をいただけますでしょうか」


ふんわりと笑って見せるがおそらく目は笑っていないだろう。視線を逸らすことなんてしない。王族の発言をぶった切ったけど後悔なんてしていない。不敬罪でもなんでも言ってみなさい。あなたたちの先ほどの本筋がずれてしまうでしょうけど。苦い顔で許そうと告げるのを見て、優雅にカーテシーで返した。


「王子殿下は、学園の弾劾裁判に乗っ取って姉の罪を訴えていると考えてよろしいでしょうか?」

「ああ」


この"弾劾裁判"とは学園に属する貴族の上位の者が犯した罪を同等あるいは下位の者が訴えられる場のことだ。生徒総会や学級会と似たようなものであるが、下位の者が泣き寝入りせずに済むように学園の生徒に与えられた権利だ。誰よりも高位の王子殿下が裁判を行うのには違和感があるものの代理人が行う事例も過去にはあったから問題はないだろう。


弾劾裁判では本来の裁判と同じように原告が被告に訴える事項を示し、被告はそれに対して認否を明らかにする。その後お互い証拠を出し合って、真実を解明していく。

しかし原告が訴状を提出しそれを確認する時間が必要だ。普通訴状の提出と裁判の開廷が一緒なんてありえない。一方的に押し切るつもりがない限りは。

今回は被告、つまり姉が弁解するための書類はなく、彼らの証拠だけがある状態。姉を嵌めるために行われているという事に今気付いているのはどれくらいなのかしら? まあ気付いていても正義の名の下に起こす"王子殿下"による裁判じゃ賢い者は口をつぐむわよね。ここまで王子殿下の独壇場じゃ無理ないわ。


「スイレン」


あ。頭に来て飛び込んできてしまったから証拠書類を忘れてしまっていた。落ち着いた声で婚約者殿に声をかけられて思い出すとは。いつの間にか後ろに来ていた彼から書類を受け取り、視線を交わす。落ち着けと、込められたそれに気合いを入れて返す。姉をよろしくと小声でこぼせば姉をその背に隠してくれた。


さあ、屑野郎ども、覚悟はよろしくて?




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