仲良きことは美しき哉
今回は姉弟3人のターン
「お姉さまは興味のある方とかいらっしゃられないの?」
女子会タイムだ。女子会の目玉と言ったら恋バナである。まあ弟もいるので女子会とか言えないかもしれないが。
口籠った姉に身を乗り出す。この反応はいてもおかしくはない。今までコミュニケーションが足りなかったこともあり、どこまで突っ込んでいいか正直分からない。
あれから半年以上経っているが、殿下のこと消化できたかもいまいち掴めていない。
探り探りだ。伺いつつも攻めてみたが、見かねた弟から横槍が入った。
「スイ姉さんはグイグイ来すぎ」
「だって気になるんだもの」
「ローズ姉さまに任せたらいいだろ」
「あなただって気になるでしょう?」
黙った弟にほら見たことかと言った顔をする。自分だけいい弟になるのは許さない。言い返そうとしたが、何も出なかったようだ。
「私はいいからあなたたちの話を聞かせて? レオは最近気になる女の子がいるらしいじゃない」
姉は綺麗な笑顔で弟を売った。ぎょっとした弟を見逃さない。姉に誤魔化されたことはわかった。言いたくない姉に対して追及はしづらく、弟の方が気楽なため逃げることにする。
「ちょ、何で姉さま知ってるの?」
姉はにんまりしている。鎌をかけただけだったようだ。弟はそれに気付いて顔が引き攣る。
「ねえ、レオ。相手はどなた?」
「言わない」
「交流がある方よね?」
「ええ。レオの好みは、お淑やかな可愛い系だから…リナリアさまとか、マリーさまとか…」
「待って待って。何で俺の好み知ってんの?」
指を折りつつ考える私に弟は慌てる。勢いよく立ち上がって膝をぶつけたらしく、床に蹲る。姉と顔を見合わせて笑う。本当可愛い。
「姉を舐めちゃダメよね?」
「ねえ。それともリリーさまかしら?」
「言うわけないだろ」
「「えー?」」
「言わないのならそれでもいいけど。私の方が親しくしてるから色々教えてあげてもいいのよ?」
勿体ぶって首を傾げれば、悔しそうに唇をつぐむ。考えているんだろう。私の顔が広いのは知っているはずだ。揶揄われる恥ずかしさを覚悟して情報をとるか、プライドを優先するか。
「…余計なことはしないで」
「当たり前でしょう?」
「「で、ど・な・た?」」
身を乗り出す。姉2人に迫られる弟は、言いづらそうに口籠った後、顔を真っ赤にして白状する。
「…マリアベルさまです」
姉の視線が私に向く。同年代や社交界の情報には詳しいものの、デビュタント前の令嬢は分からなかったのだろう。頷いて返した。
想定の範囲内の人物なおかげで情報はある。
「フェタ・マリアベルさま?」
フルネームで問い掛ければ、投げやりに返事をした。もうどうにでもなれと言った様子に苦笑する。
「フェタ伯爵家の次女ね。レオの2つ下だったかしら。この前のお茶会にいらしていたわね」
私が興味深そうに弟を見れば彼は顔を伏せた。主催のお母さまの手伝いに集中していて、大人の方にいたから弟の初恋を見れていなかった。
少し残念に思う。耳まで真っ赤になっているので隠しても意味はないような気がするが、さすがに茶化すのは可哀想か。
「どんな方なの?」
「少し人見知りだけど穏やかで可愛らしい方よ。はにかむ笑顔が小動物みたいで癒されるわ。冒険小説がお好きなようよ。
少し離れた末の娘だから家族みんなに可愛がられているわね。遠くに嫁には出したくないって言ってるようだし、うちは近隣だからちょうどいいわ」
私が揶揄う訳ではなく真面目に話し出したから、レオは顔を上げた。まだ赤みが引いていないが、気付かないふりをする。
「同じ派閥だし、パワーバランスを考えても絶妙なラインね。伯爵さまはお父さまの1つ後輩だったはずよ。お母さま同士は同級生でそれなりに仲良いと思うわ。
陸路が発達していて貿易が強いから、そちらの結び付きでも利益は見込めるわ。鉄道輸送の技術提供してもらえたら最高ね。あちらも旨味はあるでしょうし、お父さまも反対しないんじゃないかしら?」
趣味趣向を話すか迷えば、姉と弟が唖然と私を見てるのに気付いて止めた。
「…全部把握してるの?」
「この辺りは常識じゃない?」
「「絶対違う」」
「この家を継ぐなら自陣と敵陣の方の情報は押さえといた方がいいわよ」
「あなたが妹で本当によかったわ」
「同感」
弟は開き直ったのか、趣味や好きな物に関しても尋ねてきた。色々答えてあげてれば、律儀にメモしてるから生暖かい目になってしまった。
それを見咎めるようにキッと睨まれる。
「スイ姉さんは自分のことをもっと気にした方がいいんじゃない?」
「へ?」
「そうね」
「お姉さままで」
弟は眉を顰めている。いつの間にか私が追い詰められるターンに変わったらしい。
「学園は寮生活が基本だけど、完全寮生活なのは1年までって聞いてる」
「ええ、2年次からは寮生活だけど授業の組み方で申請すれば家に帰ることもできるわ」
「義兄さん、せっかく水曜は出仕せずにうちに来ているのに姉さん帰ってこないじゃないか」
水曜日? 疑問に思い問いかける。授業入れてないだろうと即座に返されて戸惑う。
「え。何で水曜授業入れてないって知ってるの?」
「父さんが共有してるに決まってるだろ。年度初めは姉さんうちにいたじゃないか。毎週うちに来る度に、姉さんいないかって期待してる義兄さんが可哀想だ」
毎週木曜に生徒会の会議を行っているから前日は資料作りや仕事に追われていた。
ちらりと姉に目を向ければ、肯定される。
「テラスにいたら嬉しそうにやってきて、私だと気付いたら瞬時に落胆するんだもの。失礼しちゃうわ」
あなただと思って来るのねとつけ足されて何も言えなくなる。弟は攻め口調で、姉はからかい口調で私にぶつけて来る。
「忙しいかと思って…時間作ってもらうの申し訳なくて」
「馬鹿じゃないの?」
「馬鹿って」
「姉さんは馬鹿だよ。好きな人のためなら忙しくたって、喜んで時間を作るよ。当たり前だろう?」
遠慮なんかするなよ、と真剣に言われて驚いてしまった。
「レオはいい男ね」
思わずこぼれ落ちた言葉に茶化すなと怒られるが、本心だった。
好きな人、か。
大切にされていると思う。自惚でなく好かれているとは感じている。古い付き合いだし、恋慕でないとしても家族愛はあると信じている。
だけど、彼はいつも何かしらに忙殺されているのを知っている。ただでさえ休日に時間を割いてくれているのに。
これ以上私を優先する必要はないのだ。
自分を大切にしてほしい。
そう思うのよね。
目を細めて笑った。そんな私に2人がどう思ったのかは分からなかった。
寂しそうに笑った私を見て、姉が考え込んでいたのを私は知らない。




