引きこもり少女は魔法に憧れる
初投稿です。
基本的に三人称で進んでいきます。
…パラ…パラ…
部屋の中では、紙が擦れる音が延々と聞こえ続けている。
部屋は無数の本で埋め尽くされており、その中に1つ動く影があった。
(コンコン)
「おいシア!いつまで部屋に篭ってんだよ!じーちゃんが
たまには外で遊んでこいってよ!」
ドアを叩きながら叫ぶ少年。部屋の中にいるのは、どうやらシアという少女の様だ。
「静かにして…外で遊びたいならゼルだけで行けばいいでしょ…」
「お前も連れてけって言われたんだよ!つーか、そんなの読んでて何が楽しいんだよ?」
「お子様なゼルには本の良さは一生わからないよ。本というのは、今まで生きてきた人達全ての記憶や知識を詰め込んだ物で、それ以外にもこうあって欲しいという夢や素直な自分
の感情を込めてある宝石なの。その宝石を楽しむことができるということはとても素晴らしいことで…」
「長い!それにその本を貸してるのはうちのじーちゃんなんだから、言うこと聞かねーともう本貸さねーぞ!」
「それは…ズルい」
活発で元気に満ちているゼルと呼ばれた少年に対して、部屋から出てきたシアと呼ばれた少女は、よく伸びた青髪は乱れ、かなり気だるそうな様子だ。
「ゼル…自分が村長の息子だったことを感謝するんだな…」
「人の家から本借りてる引きこもりがなんでそんな偉そうなんだよ!?いいから早く行こうぜ!」
「はぁ…」
嫌々歩きだしたシアと嬉しそうなゼル。2人が住んでいるのは、人口200人程の小さな村である。人も少ない山奥の村となるとやれる事もそう多くはなく、村の外に出ると獣に襲われるかもしれないので子供は外出禁止。となると皆で集まって遊ぶくらいしか、子供の有り余るエネルギーを解消する事が出来ないのだ。
他の子供達が集まる広場にたどり着くと、そこには他に3人の子供達の姿があった。
「お、やっと来たな!」
「2人とも遅い!もっと早く来なさいよ!この私を待たせるなんてほんと信じられないわ!!」
「まあ落ち着きなよエレナ…」
集まっている少年少女達は、順にルーク、エレナ、ダンといい、シアとゼルを合わせると男3人女2人の計5人である。
「おいルーク、今日は何して遊ぶんだ?」
「ふっ。よく聞いてくれたな!我が親友ゼルよ!」
グループの中でも頭1つ大きいルークは、どうやらリーダー的な存在になっているようだ。
「なんだお前気持ち悪いな…」
「知らないのか?最近町で流行っている勇者サマの喋り方を真似してみたんだぜ!ふっ。カッコイイだろう?」
「そういえば魔物が大量に現れたとかで勇者様が戦い続けてるって話、最近よく聞くよね。」
「勇者サマと言うからにはきっとカッコいいんだろうなぁ。1度会ってみたいわ…!」
「ダンとエレナまで知ってんのかよ…。まさか知らなかったのって俺だけなのか!?シアは勇者とかそーゆーの好きそうだし…」
「まだ何も成し遂げてない勇者なんかに興味無い…本で書かれるくらいの凄い活躍してから出直せって感じ…」
「相変わらず偉そうだな!!…てか結局何やるんだよ?」
「そういえばそうだったな。…今日は!村の外で勇者ごっこだ!!」
「はぁ?村の外は危ないから出るなってパパ達がいつも言ってるでしょう?それにバレたら間違いなく怒られるわよ」
「そうだぞ。それに村の外だなんてシアの体力が持つわけないだろ!」
「……イラッ」
「大丈夫だって!近所なら時々親父と一緒に行ったことあるから!それに、いつもみたいにかけっこや村の探索じゃあ物足りないだろ?」
「僕は賛成かな。バレる前に戻ってこれば大丈夫でしょ」
特にやることもないしね。と、ダン。
「私も…行ってみたいかも!」
「3票入ったし決定だな!早速行こうぜ!」
「…はぁ…本読みたい…」
彼らが住む村は、人の少なさ故に名前すら無いような村だが、成人前の子供でも男は狩りに慣れておく為に親と一緒に村の外に出るという風習がある。その為、ゼルやルーク、ダンは数回村の外に出たことはあるのである。
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「なぁ…ほんとに大丈夫なのか?こんなとこまで来て…」
「嫌なら帰れよゼル。せっかく楽しくなって来たんだし、今更引き返せるわけないだろ?」
「…はぁっ…はぁっ…ゼル……帰ろうよ…もう…はぁっ…死ぬ…」
「流石に体力尽きるの早過ぎないか…?」
「…はぁっ…うるさいっ…はぁっはぁっ……あ!本落ちてる!!はぁっ…」
「は?本なんて落ちてるわけないだろ?」
疲労で死人のような顔をしていたシアは、先程とは打って変わった様子で本が落ちていると思われる場所へと駆け出した。
「ほら!本!!読みながら帰るからゼル!早くおぶって!」
「おぶるのか…まあそれくらいなら良いか。悪いルーク、シアも疲れてるし、俺達先に村に帰っとくわ」
「そっか…残念だな。まあどうせこんな事になるとは思ってたし、しっかりシアの面倒見ながら帰れよ」
「私たちは引き続き勇者ごっこの続きをやるわよ!!」
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「なにこれ…魔法?の本…?魔法って、炎とか風とか出すあの魔法…?お話の中だけの物かと思ってた…ブツブツ」
「本に夢中になるのはいいけど、角を押し付けないでくれ」
ゼルにおんぶされたまま本を読んでいるシア。見つけた本は、どうやら魔法について書かれた本のようだ。この世界では魔法はあまり普及しておらず、ごく一部の限られた人間しか使えないということであまり認知されていないのである。
「それにしても結構遠くまで来てたんだな。こりゃ早く帰らないと暗くなっちまうな」
「やっぱり本って凄い…薄い紙にここまで色んな知識が載ってるなんて…ファイア?炎かな?ファイア、ファイア、ファイア…う〜ん…出ない…やっぱり才能がないと魔法は使えないのかな…本に書いてあるのにただ見るだけで使えないなんてなんてもどかしい…」
「お前、本が関わってくるとほんとによく喋るよな。その情熱をもっと他のことに使えないのか?」
「うるさいな…。…それにしてもまだ村に着かないの?ここ読みづらいから早く家で読みたいんだけど…もっと急いで」
「これでも結構急いでるんだけどな…」
「もしかして…迷子?」
その瞬間、ゼルの肩が動揺するように大きく揺れたことでシアの自分の予感が的中していることを知るのであった。
「え…ほんとに迷子なの?何回か村の外に出たことあるんじゃなかったの…?これほんとに帰れるの…?」
「う、うるさいなっ。俺だって数回くらいしか村の外に出たことないんだよ!…こっちに絶対村があるはずだ!」
戸惑うシアを尻目に、なんとなくの方向に歩き出すゼル。彼にも申し訳ないと思う気持ちはあるのだが、シアにカッコ悪いところを見せたくないというプライドと、恥ずかしさが合わさってシアに対して当たってしまっている。
…その瞬間
(ガサガサガサッ)
「…ねぇ、今の音何…?」
「森の中なんだし、兎とかだろ」
(ガサガサガサッッ)
「近づいてきてない…?」
「怖いこと言うなよ!今大変なんだからさ!」
(ガサガサガサッッ!!)
「絶対来てる!…しかも大きい…!」
その瞬間背後の草むらをかき分け、腕が醜く、巨大に変化したクマ形の生物が姿を表した。その瞳には知性が見受けられず、血走った様子からこちらを狙っていることは容易に想像できる。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
「走って!ゼル走って!!」
「無茶言うなよ…そんな…しかもなんでこんな所に魔物がいるんだよ……」
「…なんで止まってるの!?逃げようよ!」
未知の存在を前にしたゼルは、どうやら恐怖で足が竦んでしまったようだ。それもそのはず、今彼らの目の前にいるのは普通の獣とは違う、恐ろしい魔物なのだから。
「シア、逃げろ。俺、動けない…」
「無理だよっ!村に着くより先に絶対に追いつかれちゃう…それに…ゼルと一緒がいいよぉ…」
「逃げてくれよぉぉぉ!!俺だってシアと一緒にいたいけど…死んで欲しくないんだよっ!!…ッッ」
ゼルの願いも虚しく、シアはこの場を離れようとしない。
クマ形の魔物は品定めするような視線を2人に向けた後、
ゼルの体を持ち上げ大きな口を開いた。
「は、離せっ…離せよぉぉぉぉぉぉ!!」
「あ…うぁ…あ……」
恐怖でその場に座り込んでしまうシア。目の前では、今まさにゼルの命が失われようとしている。もうダメだ。そう感じたシアは、こんな状況でも手に持っているあるものの存在に気づいた。
「…!魔法!フ…ファイアッ!ファイアッッ」
勿論シアは魔法なんて1度も使ったことはない。しかし神は存在したのだろう。シアの指先から、クマ形の魔物目掛けて拳大の炎が飛んでいき……命中した。
「グォォォォォッッ!!」
小さな炎は確かにクマ形の魔物の顔に命中し、その反動で
ゼルは地面へと落とされる形で命を救われたのだ。
「…出た!弱ってる…これなら倒せる…!」
この時シアは、未知の体験の連続で少し増長していたのだろう。忘れていたのだ。目の前にいる相手は、一般人の、それも子供が倒せるような相手ではないことを。
「グルル…ガァァァァッッ!!!」
「ひっ……」
クマ形の魔物の標的にシアはされてしまったのだ。先程とはうってかわり、明らかに怒りを含んだ視線を向けられる。
「…!……!!」
シアは恐怖で声が出なくなってしまった。魔法を唱えることも、立ち向かう勇気ももう湧かなくなってしまった。
「死。」それが明確に迫っていることを理解してしまった。
「グァァァァッ!」
クマ形の魔物の巨大な爪が迫る。シアは覚悟を決め目を閉じた。思い浮かべるのは、今まで読んだ本の記憶。部屋にはまだ読んでいない本もあった。最後まで読んでおきたかったな…なんて思いふけりながら死を待つ。
しかし、その瞬間が訪れることは無かった。
「こっちだ化け物ッ!シアに近寄るな!」
先程まで倒れていたはずのゼルは、必死な顔をしながら手当り次第に近くに落ちている石や木を投げつけている。恐怖に耐えながら…だ。
「……ゼル!…声が…出る!これなら…」
クマ形の魔物はゼルの元へと歩みだし、シアに背後を向けた。先程まで感じていた恐怖は、もうシアの中には存在していない。
「すぅーっ…はぁーっ…」
深呼吸をし、限界まで力を込める。
感覚を研ぎ澄まし…そして…
「ファイ…」
「勇気ある少女達、今までよく堪えてくれました。」
シアの炎が放たれるより前に、クマ形の魔物はバラバラとなって息絶えていた。
声が聞こえた方向へとシアが振り返ると…
そこには、青い髪をした長髪の男が立っていたのだ。
「落としてしまった魔導書の反応を辿ってみれば、まさか魔物がこんな場所にいたとは…結果としては子供を助けることが出来たとはいえ、完全に私の不注意でしたね」
「あの…あなたは誰なんですか?」
ゼルが尋ねる。男は白のローブに身を包んでおり、明らかに森の中を歩くような格好ではない。
「ふふっ、私は「勇者」の相棒として魔物を倒して世界を旅している、「賢者」ことベルクレアという者です。以後お見知りおきを」
そういった男は、優雅に一礼をしてみせた。
「…へぇ…あっ!シア!大丈夫だったか!?」
「……」
「シア?大丈夫か?怪我でもしたのか!?」
「…すごい」
「あ…?」
「…すごいっ!何も喋ってないのに一瞬で魔法が!!それにあの大きさの魔法をいっぺんに!勇者なんて大したことないと思ってたけど、賢者!すごいっっ!!」
その顔は、いつものように気だるそうな表情ではなく、年相応に元気に満ち溢れた顔をしていた。
「そうでしょうそうでしょう!何せ「賢者」ですからね!これくらいのことは造作もないのですよ!」
「私も、魔法を使いこなせるようになるかな…!」
「先程魔法を行使していた様子をみるに、貴方は素質があるようです。何なら私が直接魔法を教えてあげましょうか?もちろん、優しくはしませんけど…ね!」
「お願いしますっっ!!」
「ちょ、ちょっと待てよシア!こんな怪しいおっさん、もしかしたらあぶない人かもしれないだろ!一旦こっち来い!」
先程までの緊張が抜けきっていないゼルは、新しく現れた
「賢者」を名乗る男を信用出来ていないようだ。
「私はまだ26なのでお兄さんです!…それはそうとして…。少し失礼して…あ、安心してください。変なことをする訳ではないので」
そういうとベルクレアは、2人のそばに近寄った。すると…
目の前の景色が、一瞬で切り替わった
「どうですか!?なんと、貴方たちの村までワープしちゃいました!」
そこは、見慣れた景色の、いつもと変わらない故郷だった。
ベルクレアの言うことを信じれば、どうやら彼の魔法で瞬間移動したようだ。
「…あっ!おーい!ゼル!シア!」
「無事だったのね!」
こちらの名前を叫びながら走ってくる3人組は、今日も遊んでいた3人組である。一足先に無事に村までたどり着いていたようだ。
「あのなゼル!なんと今、村に勇者様が来てんだぜ!たまたま休憩で立ち寄ったらしいんだけどさ、俺感動しちゃって…」
そう言いながら泣き出すルーク。村の奥の方を見ると、人だかりが出来ている場所がある。恐らくあそこに勇者がいるのだろう。
「実は迷子になっちゃってさ、勇者様に助けて貰ったんだよ。お陰で親父には怒られちゃったんだけど…」
ひと通り話し終えた所で、3人は勇者がいる場所へと走っていった。すると先程まで黙っていたベルクレアが口を開き、
「これで信用して貰えたでしょう!それに、魔物が出たのでここら辺には異常が起きているハズです。という訳でしばらく滞在する予定ですから。時間もたっぷりですよ!」
「ほら、ゼルしつこいよ。私の伝説はここから始まるんだから。…邪魔しないで」
「まあ…それなら、別に良いけど…」
「決まりです!私が貴方を最高の魔法使いにすることを約束しましょうっ!!…それに、どうやらゼル君のお父さんらしき人が…」
振り返ると、青筋を立てて拳を握りしめた巨漢が…
(ごちんっ)
「あらら…連れてかれちゃいましたねぇ。…まあいいでしょう!修行は明日からなので、今日はゆっくり休んでおきなさい。疲れたでしょう」
「私…がんばる」
そんなこんなで、シアの初めての大冒険は幕を閉じた。
賢者ベルクレアに師事されたシアは、数年後には歴史に名を残す偉業を成し遂げることとなる。
そんなシアの伝説は、まだ始まったばかり…
拙い文章ですが、最後まで読んで頂き大変ありがとうございました。意見や質問、至らなかった点など沢山指摘して下さると嬉しいです。