第九十三話 駆け引きのトリガー
遅くなると思いましたが、意外と早く執筆して投稿できました!
いつか毎日投稿したい!
日は傾き、空は闇夜で浸食されようとしていた。
周囲を見回すと、街灯がぽつぽつと点灯し始めている。
少し暑くなったとはいえ、暗くなれば肌寒い風が吹く。
その風に靡いた長い髪を手で押さえながら、ユイは住宅街の一角に立っていた。
改めて見ると、自分が住んでいる地域の住宅街とは違う。
建物自体は似たようなものだが、それでも立地が違うだけで景色が大きく変わって見える。
だから、これら全てを記憶に焼き付けるのに苦労した。
『準備はできたかい?』
インカムからマキナの声が聞こえた。
「ええ、バッチリよ!」
ユイは返答した。
それから大きく深呼吸をすると、頬を叩いて気合を入れた。
「よしっ!」
掛け声を上げ、ユイは魔道具を取り出した。
『いいかい。これから行う作戦はスピード勝負だ。一回失敗したら永遠にチャンスは来ないと思いたまえ』
「了解!」
プレッシャーを感じるようなことを言われたが、それに怯まず頷いた。
なぜなら絶対成功する自信があるからだ。
今までだってなんとか乗り越えられたのだから、今回だって絶対上手くいく。
頼もしい仲間がいるのだから。
『一か所だけ細工をしておいた場所がある。君がそこに移動してから五秒後に街灯を点ける。それが合図だ』
「分かった。絶対に成功させるよ!」
魔道具を構え、それに綴られた名を口にする。
「クロノス!」
ユイは魔装した。
それからすぐに魔術の発動を行った。
目を瞑り、意識を集中させイメージを思い起こす。
その場所に何があり、どのような立地で、どんな景色が広がっているか。
頭の中で明確にしていく。
そして、足元に魔法陣が展開され、視界が真っ白になる。
直後、イメージと同じ景色が広がる場所に『瞬間転移』した。
ふぅと短い息を吐き、呼吸を整える。
その間に街灯が点いた。
風が吹く。
それも異質で何かが混じり合っているような、不快なものだ。
来た!
ユイは再度魔術を発動した。
脳内にとあるイメージが浮かび上がってくる。
自身が振り向く瞬間に魔物が刃で襲い掛かってくる光景を、『未来観測』した。
一瞬見えた直後、すぐに意識を戻し行動に移す。
一呼吸置かず、負荷の掛かる魔術を連続で行使するのはきついが、今は耐える。
場所の明確なイメージを想像し、転移する準備を行う。
できるだけ、魔術の発動を悟らせないように、タイミングを見図る。
背後にも意識を集中させ、頭でカウントをする。
・・・・・・7、・・・・・・6
不快な風が追い風となって吹き付けてくる。
・・・・・・5、・・・・・・4
殺戮を楽しむ狂った怪物が、今もこの街の空に漂っている。
人を殺すために。
・・・・・・3
でも、そんなことも知らずに、ここに住んでいる人たちは今日も一日を過ごしている。
・・・・・・2
そんな人たちの日常を守るためにも。
・・・・・・1
今日、決着をつける!
・・・・・・0
背後から獣の奇声のような声が響いた。
今!
心の合図と共に、魔法陣を展開し、『瞬間転移』を発動した。
それと同時に前方に倒れ込む態勢を取った。
再び視界が真っ白になる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
とある場所。
マキナはインカム越しで指示を出し、街灯を点けた。
それからすぐに準備に取り掛かる。
地面にばら撒かれた複数のアイテム。
その内の二つを手に取る。
『アテナ・ウェボンズ002 マグナムR』。
『アテナ・ウェボンズ003 マグナムL』。
その二つの武器を合体させた。
名前を付けたのは、つい最近のことだ。
こうした方が武器の整理をする時に、何かと便利かと思ったからである。
続いて先端部に銃身となるパーツ、末端部にグリップと引き金の役割を担うパーツを取り付けていく。
因みに名前はまだない。
それに、これから取り付けるパーツも同様である。
最後にスコープとスタンドを取り付けて、完成だ。
『遠距離狙撃特化型武装 アテナ・ウェボン005 ライフル』
今付けた名前だ。
マキナは身を屈め、ライフルを持ち、スコープを覗いた。
一応組み立てる時、発射位置のことも考えていたので、設置位置は問題ないはずだ。
「アテナ、カウントを頼む」
『畏まりました、マスター』
マキナは引き金に指をかけ、意識を集中させた。
決して外してはならない一撃。
仕留めるための一撃。
自分に繋いでくれた一撃。
そう強く意気込みながら、マキナはただ引き金を引くことに全ての意識を注ぎ込む。
前方に魔法陣が展開され、眩い光を放つ。
そこに現れたのは、前に倒れるユイとその背後で空振りするように刃を振り下ろしている魔物だ。
それを確認すると、赤いレーザーポインターを放ち照準を合わせる。
そして、魔物の胸部に赤いマーカーが浮かび上がった時だ。
ッ!
引き金を絞り、弾丸を放った。
反動が伝わる。
火薬の匂いが鼻孔を刺激する。
だがそんなことはどうでもいい。
重要なのは、当たったかどうかだ。
無論、放たれた弾丸は軌道に乗って一直線に進んだ。
間違いなく命中した。
だが、狙った胸部ではない。
魔物の右腕に生えた刃に直撃したのだ。
地面にぶつかる音が二つ聞こえたところで、顔を上げる。
顔面を盛大にぶつけたユイの前方、左の刃を折られた魔物が地面に蹲っていた。
仕留め損なったことを理解し、傍らに備えているマグナムに手を掛けようとした。
だが、魔物はすぐに立ち上がり、瞬く間にその場から姿を晦ましてしまった。
「くそっ」
マキナはマグナムを地面に叩きつける。
そして、張り詰めていた感情が一気に解放されてしまい、力が抜けて項垂れてしまう。
「逃がし、ちゃった・・・・・・」
ユイは暗い表情を浮かべながら呟いた。
見ると、ステッキを突き出して何かしらの攻撃を仕掛けようとしていたようだ。
マキナは悔しくて地団太でも踏みたい気分だったが、冷静になって次の行動を考えることにした。
「アテナ、魔物の追跡を頼む。魔力反応と大気中の分子解析も行ってくれ」
『畏まりました』
直後、マキナはうつ伏せになり、寝転がって仰向けになった。
全身に倦怠感を感じる。
もう動かす気すら起きない。
このまま一睡したい気分だ。
ちらりと横を一瞥すると、ユイは身体に発破をかけなんとか起き上がろうとしていた。
膝をつくところまではできていたが、そこから立ち上がることができないでいる。
だけど、何度も立ち上がろうとしていた。
マキナは溜息をつくと、上半身を起こしてから立ち上がり、ユイの肩を持つ。
「君は一番無理しているからね。これくらいのことはさせてくれ」
そう言って、その場から移動した。
周囲を見渡すとコンテナや倉庫がある。
そして、向こうには海が広がっている。
以前、ここには自分専用のラボがあった。
だが、とある巨乳魔術師の襲撃に遭い、建物ごと壊されてしまった。
ユイもここに訪れたことがある。
だから、魔物討伐の作戦を立てる際、住宅街から離れた場所としてここを指定したのだ。
先へ進むと、建物が倒壊して瓦礫となっている異様な光景が広がっていた。
以前はあったものが跡形もなくなっている。
いったいここで何があったのだろうか。
「ごめん」
マキナが瓦礫の山に気を取られていると、突然ユイから謝罪された。
だが、それをいうべきは自分自身だ。
「・・・・・・いや、君は百点以上の仕事をしたよ。ミスは全くしていない。ミスをしたのはこのボクだ。あの一撃で仕留め損なったボクの責任だ。本当にすまないことをした」
自嘲気味にそう呟く。
「だから早く見つけ出さないといけない。今ここで引き返す訳にはいかないからね」
もう同じ方法では対処できないだろう。
頼りになるとすれば、ミツキから齎された情報が有力であるということくらいだ。
彼曰く、魔物は異質な風が吹くことと街灯が点くことが実体化の条件らしい。
ユイも魔物が出現する時、嫌な風が吹いていたと言っていた。
嫌悪感を催すような風。
いまいち想像しづらいが、霧散した身体の組織を集合させる際に肌に触れた感触で不快感を覚えたと解釈することにした。
そして街灯だが、これは八人目の被害者が殺害されたのが丁度灯りが点いたタイミングと同じだったかららしい。
これまでの被害者も街灯が点く夕暮れ時に殺害されており、何かしらの関係があるのではないだろうかと仮設した訳だ。
確かにユイが襲われた時も街灯は点いていたが、最初は半信半疑だった。
だが、情報が少なかったこともあり、事前に回収したサンプルを使って街灯と同じ光を当ててみることにした。
すると、動物の毛のような繊維が浮かび上がったのだ。
こうして、ミツキの仮説を頼りに、作戦を実行することを提案した訳だ。
結果をいえば、失敗だ。
別にミツキの仮説に大きな落とし穴があった訳ではない。
それに失敗した張本人である自分が彼を責める資格などないのだ。
「とにかく、相手も深手を負っているはずだ。その間に体力を回復させて作戦を練り直さないといけない」
「そうだよね。ここまで来たら頑張らないとね」
そう言うと、ユイは肩から手を放した。
「もう大丈夫なのかい?」
「うん平気。なんとか歩けそう」
まだ足は覚束ない様子だが、一応歩けてはいた。
だが、途中でバランスを崩しそうになって、その度に身体を支えてやった。
それからしばらく瓦礫に埋もれた道を歩いていると、二つの人影を発見した。
なぜこんなところに人が?
マキナは頭部アーマーに備え付けられているカメラ機能で解析を始める。
そして、その二人は自分が見知った人物たちであることを確認した。
「ミツキと、早乙女エリ?」
「え?」
横にいるユイは驚いた表情で、向こうにいる人物たちと自分の顔を交互に見始める。
遠くにいる二人も、こちらの存在に気付いたような反応を見せていた。
大きく手を降ってみると、応えるように片方が手を降った。
それから合流すると、これまでの経緯を情報共有し合った。
ミツキとエリはこの港湾で魔物と戦っていたらしい。
それも巨大な竜の見た目をした巨大怪獣だったとか。
そして、自分たちは住宅街で鎌鼬の見た目をした魔物と戦闘をしていて、ここに潜伏したことまでを話した。
「まったく、一難去ってまた一難とは正にこのことね」
エリは呆れながら呟くと、手の平から三粒の種を出現させた。
種の表面が割れ芽が出ると、瞬く間に蔓が形成されていく。
エリの腕に纏わりつき、次にユイの片腕にも絡まっていく。
「な、何!?」
当然困惑するユイ。
「安心して、あたしの魔力を少しだけ分け与えるだけだから」
そう言うと、二人の間を囲うように魔法陣が展開され、胞子のような光が溢れ出す。
すると、すぐに効果が表れ始めたようで、疲れていたユイの表情が次第に元気を取り戻しているように見えた。
「あれ?なんか身体が軽くなった気がする」
本人がそう言うなら間違いないだろう。
しばらくすると魔法陣は消滅し、同時に伸びていた蔓も跡形もなく消えてなくなった。
「どう?少しはマシになったかしら」
その問いに対し、ユイはその場で跳んでみたりして軽い予備動作を行った。
「うん、なんだかまた頑張れそうな気がしてきた!ありがとう、エリさん!」
魔力や体力だけでなく、やる気も回復したらしい。
「わたし今から魔物を捜索してくる。序に周りの景色とか覚えておきたいしね」
それじゃ!、と元気よく答えるとそのまま飛んで行ってしまった。
その様子を見送ると、不意にこんな言葉を呟いていた。
「ああいう元気な姿を見せられると、自分も頑張らないとって思うことがあるらしいけど、それが今なのかい?」
問い掛けに対して、エリは微笑んだ。
「あたしああいう子、結構好きなのよね。成長を見守っていきたいっていうか」
「君は彼女の保護者か何かかい」
「というか、頼れる先輩にはなりたいかな」
そんな感じのやり取りをしている時だった。
「あのー、和んでいるところ悪いけど、俺も回復してくれると助かるんだけど・・・・・・」
なんて情けない声が聞こえたので、二人で冷たい視線を送ってやることにした。
「いや何だよ、その目!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
空を飛び、地上に降りながら周囲を探索する。
魔物がどこに消えたか、またはその痕跡を探していく。
序に周りの景色を記憶しておくことで、『瞬間転移』に備える。
そして、場所を移動する。
ユイはこれを繰り返し行っていた。
「随分と探したけど、なかなか見つからないな~」
溜息交じりに呟く。
もしかしたら、マキナの攻撃で大ダメージを負ってどこかに身を隠しているかもしれないと思った。
ダメージの影響で身体をバラバラにできないでいるかもしれない。
そんな根拠のない淡い期待を抱いていた。
だが、かれこれ二十分程探しているが見つかる気配がない。
諦めてマキナからの情報を待つしかない。
そう思い掛けた時だった。
遠くから金属同士がぶつかり合うような乾いた音が聞こえたのだ。
向こうに何かあるの?
ユイは確かめるべく、音の聞こえる方に飛んで移動した。
魔物によって破壊されていない建物がいくつかある。
一旦着地して、歩いて近付いてみることにした。
途中から音が聞こえなくなる。
息を殺し、恐る恐る歩を進めていった。
曲がり角がある。
壁に寄り掛かり、ゆっくりと顔を出した。
「え・・・・・・」
思わず声が出てしまった。
理由は単純だ。
先程まで自分たちが戦っていた魔物が矢に貫かれた瞬間だったからだ。
そして地に伏すと、全身が黒く変色し塵となって消えてしまった。
矢ってことは、エリさん?
そう思い、矢が放たれたであろう方向を目で追ってみる。
だが、そこにいたのはエリではなかった。
深緑のローブを羽織り、目元までフードを被っている。
その手には、奇妙な模様をした弓が握られていた。
「・・・・・・君は、誰?」
突如現れた謎の魔術師。
敵か?味方か?
次回もお楽しみに!