第九十二話 蒼海の神皇
今回は真夏にぴったりの水中戦です!
陸から顔を出した魔物は真っ先にエリたちに喰らいついた。
だが、難なくそれを避ける。
先の戦闘である程度の行動パターンを読めていたからだ。
「作戦通りに行くぞ。しくじるなよ」
ミツキが言う。
「あんたもあたしを失望させないでよね」
その言葉を皮切りに、二手に分かれた。
エリは移動しながら背後を一瞥する。
魔物はこちらに向かって、建物を破壊しながら滑走していた。
最初と同じだ。
「オッケ〜、そのまま着いてきなさいよ!」
そう意気込み、周囲に種をばら撒いていく。
途中、種から弓矢を生成し、矢を放ちながら牽制していく。
当然ダメージは期待通りではなかった。
改めて、今回の敵が自身と相性が最悪であることを自覚する。
今の自分では倒せない敵。
悔しくないと思えば嘘になる。
が、意地になっても現実は変わらない。
倒せないのであれば、倒せる人の力を借りればいい。
「そろそろね・・・・・・」
頃合いを知ると、早速反撃の手を出そうとする。
が、魔物による蒼炎の息吹により、一瞬妨げられてしまう。
まあ、全然問題ではない。
エリのフィンガースナップを合図に、地面から無数の蔓が伸びる。
それらは空中で重なり合い、捻じれ、再び重なる。
次第に強力な綱へと形作られる。
十四本となった綱は魔物の頭を中心に、野太い胴体に絡みつき、動きを封じる。
序に口も塞いだ。
エリは蔓を操作しながら、振り解こうとする魔物の動きを阻害した。
この時、エリの感覚は蔓とパスのように繋がっている。
ある程度感触は抑えられているものの、強い力で引っ張られているような感覚がする。
身体が持っていかれそうだ。
先程も感じていたが、やはり長く持ちそうにない。
「だけ・・・・・・どっ!」
力いっぱい腕を引き、綱となっている蔓を操作する。
魔物の顔を大きく逸らす。
「今よ!」
声を発した先、そこに雷を帯びた戦斧を振り翳す存在。
ミツキだ。
「上出来だ!感電すんなよ!」
「ッ・・・・・・、あーもう、おもいっきりぶちかましなさい!」
嫌なことを思い出した。
わざとなのかそうでないのか(わざとなら後で絞め殺す)。
まあ、不愉快なのは変わりないから、八つ当たりがてら力を入れた。
エリが魔物を抑えている間に、ミツキは攻撃の準備を進めていた。
戦斧の刃は直視できない程眩しく、バチッバチッと乾いた音を立て、その勢力を増していく。
そして、気合を込めた声を響かせ、斧を振った。
電光石火。
そう表現する方が適切なくらい、一瞬だった。
衝撃に遅れて空間を裂くような轟音が空気を揺らす。
真空を介して、エリの全身にビリビリと伝わる。
咄嗟に閉じた瞼を開いた時には、魔物の顔面から黒い煙が立ち上っていた。
攻撃の直撃によるものか、動かないことから狼狽しているようにも見える。
そして、雷を帯びた鱗の表面は次第に色褪せていく。
すると、魔物はその巨体による怪力で蔓の綱を引き千切り、周囲に蒼炎を吐き出した。
エリはその場から離脱し、距離を取る。
それが魔物自身の狙いだったとしてもだ。
ミツキも同じく回避した。
その間に、魔物はすぐさま後退し、水辺の方へと姿を隠した。
どうやらミツキの予想通り、魔物は体内の水分がなくなると、補給のため水に潜る習性があるようだ。
全身を水に浸し、特定の時間滞在することで、劣化した鱗の強度をもとの状態に戻す。
序に体力も回復しているのかもしれない。
そして、なぜ魔物の体内の水分がなくなったのか。
それは顔に雷撃を喰らわせることで、体内で電気分解が生じ水が分解されたから、らしい。
周囲がやたら激しく燃え上がるのも、体外に排出された酸素や水素に反応したからではないかと推測している。
当然、この説明に対して無茶苦茶であると感じた。
確かに作戦を立てる時に、鱗を使って実演して見せていたが、それでも納得はできなかった。
だが、魔物の生態はサンプルを複数回収し調べている現段階においても分からず、それを否定する十分な証拠もない。
最早、確証の低い仮説でさえ頼らなければ、魔物討伐が困難であるという現実を受け入れるしかなかった。
「まったく、あまり命を懸けるリスクは避けたいんだけどね・・・・・・」
そうぼやきながら、水辺の方に歩みを進めるミツキに視線を送った。
「あいつと一緒だとそうもいかなそうね」
今になって後悔する。
彼を気に掛けるようになってしまったことを。
「あとは頼んだわよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
巨大な魔物が泳いでいるためか、海面が大きく波打っている。
灯りのお陰である程度は見えるが、それでも海の底までは全然見えない。
夜なら尚更だろう。
だからといって、昼なら見えるという訳ではない。
だが、こいつを使えば、見えてくる世界も変わってくる。
俺は手に持っているエンブレム状のアイテムを一瞥する。
魔道具『ポセイドン』。
一呼吸し、ヘルメスの魔道具を、中央にある窪みにはめ込んだ。
直後、中央のクリスタルが紺碧色に輝きだす。
この反応は、ゼウスを魔装した時と同じだ。
俺はエンブレムを構え、魔道具に記された名を叫ぶ。
「ポセイドン!」
地面から魔法陣が出現し、眩い光を放つ。
そこから夥しい量の水の柱が出現し、俺の全身を覆う。
それが結晶の形へと凝縮されていくと、水が弾くように砕かれ、その姿が変化する。
ヘルメスの魔装をベースに、全体が青一色に統一され、鱗のような模様が手足やローブに浮かび上がっている。
さらに魚のひれのような装飾が加わり、半魚人に近しい容姿となっている。
手にはトライデントを携え、水がその周辺を渦巻いている。
そして、全身から力が満ち溢れている。
俺は軽い予備動作をした後、その場から駆け出した。
海の目前でジャンプし、そのまま勢いよく飛び込んだ。
視界が水泡に満たされ、一瞬だけ遮られる。
それが晴れると、夜であることが信じられない程、昼のように明るい景色が広がっていた。
周囲には水泡が漂い、地上から放射された光が水中を貫通して、淡く輝いている。
だが、底まで届く程ではない。
なぜなら、ヘドロで濁っているからだ。
ポセイドンの能力で水中でも遠くまで見えるようになっているが、視認範囲は狭まっていると思う。
以前魔装に慣れるために、ポセイドンに魔装して湖に潜った時、沖の方まで見えていた。
だから、今回は水中での目の情報はあまり頼りにならなさそうだ。
特に数十メートルの巨体と格闘するのであれば、尚更不利な状況である。
俺は遊泳能力を活かして、ヘドロの海の中を進んでいく。
視界だけでなく感覚も研ぎ澄ませ、水の流れや水圧、微弱な振動や音を辿る。
ポセイドンに魔装したことで、水中に特化した超感覚を会得した。
超感覚といっても、魚が持つ感覚器官のことであり、水中で活動するためのレーダーである。
実際、どこにそんな器官がついているか分からない。
だからといって積極的に調べようとは思えないが。
まあ、それでも今は重宝している。
そして、感覚のレーダーに反応があった。
推定千二百メートル先。
こちらに接近している巨大物体あり。
俺は迎え撃つべく、トライデントを掲げる。
周囲の水の流れを操作し、水泡を一か所に集めていく。
魚の形へと変化させ、その大群が形成されていく。
鰯の大群のように見えなくもない。
俺は魔物がいる方向に対峙し、いつでも攻撃できる態勢を取る。
そして、濁った景色の向こうから大きな口を開けた怪物が薄っすらと見えてくる。
今だ!
心の合図と共に、疑似鰯の大群を一斉に放った。
その動きはまるで本物であり、一匹一匹の動作に僅かながら個性があるように見受けられる。
それらが猛スピードで水中を移動し、数秒も経たずに魔物の顔面に直撃した。
瞬く間に泡に戻り、後方に流されてしまう程の衝撃がこちらに向かってくる。
それに怯みながらも、俺はすぐさま場所を移動し次の一手に備えた。
今の攻撃において、確かに威力はあった。
だが、倒せたまでには至っていないと考えられる。
寧ろそれで終わるくらいなら、水中に潜る前に決着がついているはずだ。
泡が晴れると、案の定魔物は健在だった。
攻撃による怒りからか、更に殺気立って襲い掛かってくる。
俺は集めた水泡から二匹の巨大な鮫を創り出していた。
一応メガロドンのイメージである。
その巨体を活かし、攻撃を仕掛ける。
だが、魔物は巨体に見合わない柔軟な動きで回避してしまう。
逆に太長い胴体で二匹を纏めて締め上げてしまう。
必死な抵抗も虚しく、鮫は圧迫されて泡に戻ってしまった。
やはりダメか・・・・・・。
巨体の敵に対して、遠距離から攻撃を仕掛けた方が有効だと考えたが、どうもポセイドンの攻撃では決定打は与えられなさそうだ。
水圧と水流を操作し、エフェクトとして水泡によって構築された海洋生物を創り出す能力。
その生物の特性に因んだ攻撃を繰り出すことができる。
現段階においては、単純に相手にぶつける技となっている。
もう少しバリエーションがあれば、切り裂いたり、貫いたりすることもできるかもしれない。
だが、生憎そこまでのコントロールはまだできていない。
近付いてトライデントで攻撃することも考えたが、効果があるとは思えない。
そもそも水を吸収することで鱗の強度を上げる敵であるから、攻撃してもすぐ再生されてしまうかもしれない。
一応、水中で魔物の位置を特定することはできるが、倒すことはできない。
俺はそう判断した。
こうなれば、当初の作戦を実行するしかないようだ。
魔物は蜷局を巻いた状態からすぐに元に戻り、こちらに全速力で向かってきた。
これに対し俺は背を向け、猛スピードで移動を開始した。
逐次背後を確認すると、魔物は目を血眼にして追いかけている。
どうやらこちらの意図には全く気付いていないようだ。
ある程度進んだところで視界が晴れ、先が見えるようになる。
ここで俺は大きく旋回する動作をした。
そして、トライデントを構え、水の流れを操作する。
俺はその流れに乗りつつ、背後に魔物がいることを確認しながら動いていった。
それから徐々に加速していき、水中から渦模様が見え始めると、次第に勢力を増していき巨大な竜巻へと成長を遂げる。
魔物はここで漸く事態に気付いたような反応を見せるが、時既に遅し。
最早逃げ道はない。
俺は流れの向きを少しずつ上向きにしていった。
すると、魔物は巻き込まれていき、徐々に水面の方へと流されていった。
そして____。
地上に飛び出した時、俺は上空から見下ろす形で状況を確認した。
場所は陸から大分離れた海のど真ん中であり、船が通っている気配はない。
真下には巨大な波の渦から飛び出した魔物の全貌が露になっていた。
魔物の全長は、目測で百メートル程ある。
尻尾の先は、魚の尾ひれのような形状をしている。
その規格外のサイズは、魔物というより怪獣だ。
等身大の人間よりも、宇宙から来た赤と銀の巨人が戦うような相手だ。
そう考えると、戦えている俺たちは、ある意味凄いのかもしれない。
そんな感想を胸中に、俺は次の攻撃の手を用意する。
ゼウスの魔道具を取り出し、その能力の一部をトライデントに付与しようとした。
が、空中で態勢を整え直した魔物が、こちらに向かって口を開けているのに気が付く。
口内から魔法陣が展開され、蒼い炎の種が弾けている。
「やっべ!」
思わずそう口に出すが、最早回避する余裕はない。
俺は迎え撃つ覚悟を決めた。
エリに渡されたあるものを左腕に巻く。
一時中断された魔道具からの能力付与を再度行う。
出現した魔法陣を吸収したトライデントは、雷を纏い淡く発光する。
そして、俺は落下の勢いと風魔法のブーストで、魔物目掛けて急降下した。
魔物の口から蒼炎が放たれる。
俺は左手を翳した。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
絶叫し、燃え上がる炎を全て受け止める。
トライデントに纏う雷の勢力が増し、全身に纏わっていく。
口内に到達し、炎ごと魔法陣を消滅させると、三つの刃を突き出した。
引き裂く音。
砕く音。
蒸発させる音。
暗転した視界からそれらが纏めて聞こえた。
景色が晴れると、闇夜に沈んだ海の上だった。
振り返ると、魔物が空中で硬直し、コンマ数秒で爆散した。
激しい轟音と衝撃が全身を襲い、俺は海中へと吹き飛ばされてしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
海の向こうから爆発音が聞こえて、三十分程経過した。
最初は荒れていた波も、今では落ち着きを取り戻している。
巨大な生物が泳いでいるとは思えない程の静けさだ。
だが、エリにとって落ち着くどころか、不安を煽られているような気分だった。
ミツキが戻ってきていないのだ。
もちろん、戻ってくるのに時間が掛かっているだけならいい。
しかし、もし魔物に倒されてしまっていたなら。
将又、魔物を倒したが力尽きてしまったのでは。
そう頭が過る。
それが種を介して彼の意識に呼び掛けても反応がないから、尚更不安になってしまう。
別に彼とは親しい間柄ではない。
寧ろ、気に食わない男だと思っている。
初めて会った時の生意気な態度を思い出すだけで殴りたい気持ちが湧いてくる。
それなのに、彼の安否を心配している。
いや、心配しているからではなく、ただ何もできなかった自分に苛立ちを覚えているだけかもしれない。
今回の戦闘で、自身は殆ど貢献できなかった。
最終的に他人に助力をし、足止め程度にしか役割を果たせていない。
だから、人に任した挙句その人が死んでしまったら、自分のプライドがズタズタになってしまう。
ただ、それが嫌なのかもしれない。
それに彼を想う親友がいて、その人も悲しませてしまう。
そうなってしまったら、もう____。
____あたしは、無力だ。
そんな恐怖に捉われる、そんな時だった。
海の水面から水飛沫が上がり、何かが飛び出してきたのだ。
エリは思わず身構えるが、すぐにその手を下ろす。
陸に着地したそいつは、巨大な竜の怪物ではなく、人だった。
ミツキだ。
「ヤバい、死ぬかと思った」
息を切らし、膝をついている。
そのまま魔装を解除した。
ミツキはこちらに視線を向けると、口角を上げて笑顔を作った。
「倒したぜ、ちゃんと」
息絶え絶えでぎこちなさはあるが、どうやら無事なようだ。
それを知って安堵しそうになった。
が、すぐにはっとなり、腕を組んで見下すような態度を取る。
「ふんっ、ご苦労ね。あんたがくたばるかもしれないと思って、こっちもいろいろ準備してたけど、無駄足だったみたいね。褒めてあげるわ」
思わずそんなことを口走ってしまった。
「ホント可愛くねぇ女だなぁ」
ミツキは呆れながらぼやく。
「それよりもあんた、あたしが何度も呼びかけても全然返事なかったけど、どういうつもり?種はどうしたの?」
「ああ、あれか?多分、泳いでいる時になくしたかもな」
さもどうでもいいように答えるミツキ。
こいつもこいつで、全然可愛げはない。
エリは諦め、溜息をつく。
「まあいいわ。どうせ処分するつもりだったし、あんたの心の声とか聞きたくもないしね」
「お互い様だ」
そう言って、お互い睨むとそっぽを向いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それから沈黙が走る。
一応仲は険悪である故に黙り込んでしまうと、どうも気まずいと感じてしまう。
なんか喋りなさいよ、と内心で思いながらチラチラと見ていると、
「あのさ」
と、ミツキが声を発した。
「その、ありがとな。お前がこれくれてなかったら危なかったからさ、正直助かった」
手の平に紐状のアイテムを見せてくる。
それは先程、作戦を話し合っている時に渡した『フェンリルの紐』だ。
ミツキを監禁した男から物色したものである。
「別に、ホントはあたしが使おうと思ってたけど、なんとなくあんたに渡しただけよ」
こいつの素直な態度は、どうも苦手だ。
調子狂うしこっちがバカ見てる気分になる。
だから、気に入らない。
「それに礼を言うにはまだ早いんじゃない?まだやるべきことは残っていると思うんだけど・・・・・・」
言い掛けたところで、エリは発した言葉を中断し、とある方向に視線を向けた。
ミツキも気付いたようで、同じところを見つめる。
瓦礫の向こう側から、二つの人影が見えたからだ。
如何でしたか?
無事に魔物を討伐したミツキとエリ。
次はユイとマキナの番です!
お楽しみに!