第九十話 相性最悪な組み合わせ
久々の投稿です!
次回も不定期連載です!
夕暮れ時だった。
太陽の半分が地平線に沈んでいる。
空は夕焼けと夜の境界といったところだろうか。
周囲が薄暗くなるのを察知したのか、ポツポツと街灯が灯り始める。
それはこの場にある全てを照らし、存在そのものを強調しているようだった。
潮の香りと揺れる波の音。
淡く照らされた港に、そいつはいた。
蛇のようなシルエットで、陸から見える限りでは数メートルはある巨体。
全身を鱗のような表皮で覆っており、魚のような背びれが刃のように鋭く見える。
鬼をも震えだしてしまいそうな凶悪な形相で、不揃いな牙が並ぶ大きな口を動かしていた。
「なんてことを・・・・・・」
「ウソ・・・・・・でしょ」
あまりにも悲惨な光景に、俺とエリは戦慄していた。
そして、鋭い眼光をこちらに光らせる。
次はお前たちの番だ、と言っているように思える。
「エリ」
俺はヘルメスの魔道具を強く握り、いつでも動ける態勢を取る。
「早めに終わらせるぞ」
その一言から数秒後、そいつ基魔物は大きな口を開けて襲い掛かってきた。
寸でのところで魔装し、飛び上がって回避する。
着地をし周囲を見回すと、同じく魔装したエリが地面に足を付けていることを確認した。
安堵、とかそういう感情すら覚える前に、凶暴な牙が再度襲い掛かる。
これも飛んで回避し、コンテナの上で魔物の動きを観察してみることにした。
魔物は長い胴をくねらせ、コンテナや建物を巻き込みながら滑走している。
エリは固有魔法で地面から蔓を伸ばし拘束しようとする。
が、魔物は鱗を逆立たせると、身体を捻って引き千切ってしまう。
力尽くで動きを止めることは無理そうだ。
魔物は大きな口を開け、エリを丸呑みにしようと襲い掛かる。
が、寸でのところでエリは大木を出現させ身代わりにすることで、回避までの時間を稼ぐことに成功する。
そして、喰らい損ねた魔物は旋回すると、今度はこちらの方に向かってきた。
怪力で、バカデカい図体の割に俊敏で、鱗は武器になって、おまけに食欲旺盛ってことか・・・・・・
そこまで情報を整理し終えたところで、俺は身構えた。
『ゼウス』の魔道具を取り出し、能力を発動させる。
エンブレムの装飾が光に包まれ、巨大な戦斧へと姿を変えた。
全力を出す気はないが、これでくたばってくれよ!
俺は斧の刃に魔力を集中させ、強化を図る。
すると、刃が黄色く輝きだし放電し始め、魔法陣が展開する。
光の勢力が徐々に増していき、刃が大きくなる。
そして、魔物との距離が数メートル近くになったところで、俺は斧を振ろうとした。
が、踏み止まった。
目前に魔法陣を確認したからだ。
俺のではない。
エリのものかと思いそうになったが、それよりも最悪の可能性が脳を駆け巡った。
俺はすぐさま跳び上がろうとしたが、遅かった。
魔法陣から蒼い炎が放たれたのだ。
「くそ!」
回避を諦め、真正面から受け止めるしかない。
蓄積された魔力を開放し、雷の衝撃を放つ。
ぶつかった衝撃は空間を轟かせ、炎と雷の亀裂が広がっていく。
俺は歯を食いしばり、なんとか踏ん張ろうとする。
押し返そうと試みるが、炎の勢力が想像以上に激しくビクともしない。
やはりヘルメスの魔装では力不足なのだろうか?
そう頭に過った時、炎の勢いが、いや炎そのものが消滅したのだ。
「あっ」
間抜けな声を上げ、反動でバランスを崩しそうになる。
足で踏み止まるが、直後に真横を振り向いたことで更なる脅威が迫っていることに気が付く。
人を丸呑みできそうな巨大な口を開き、今まさに魔物が俺に喰らいつこうとしているのだ。
俺はすぐさま反撃の態勢を取り、斧を振り上げ、刃に残っている魔力を全て解放した。
放たれた扇状の雷撃が魔物の顔面に直撃し爆発する。
すると、攻撃に怯んだようで、魔物の動きが鈍くなる。
好機、そう直感すると、俺は追撃を試みようとした。
が、魔物は周囲に炎を放ったため、そこから回避せざるを得なかった。
再度攻撃しようとするが、魔物は俺に背を向け、水の中へと消えてしまったのだ。
この時一瞬だが、魔物の体表がくすんでいるように見えた。
着地し、水辺の方を観察してみる。
魔物が海に潜ったことで、波が激しくなり、水飛沫が雨のように降る。
「逃げた、って考えるのはやめた方がいいな」
いくらなんでも呆気なさすぎる。
必要以上に追い回して俺たちを喰うおうとしていた奴だ。
油断したところをそのままパクリ、なんてこともあり得そうだ。
俺はここまでの戦闘から状況を整理しつつ、次の一手について頭を巡らせた。
『ミツキ』
自身の名前を呼ぶ声が聞こえた。
いや、正確には頭の中に語り掛けてきたのだ。
正直、気持ち悪かった。
それがエリの声だから尚更だった。
『今そっちはどういう状況?』
「どういう状況って、まあ無事だけど・・・・・・てか、どうやって話し掛けてんだよ」
『どうやってって・・・・・・普通にあんたに仕組んだ種を介して、意識に働きかけてんのよ』
「なんか普通に怖いんだが」
『あたしも初めて使ったからビックリよ。それと気持ち悪いのはお互い様よ。あたしだって、あんたの声が頭に響いていい気分じゃないんだから』
心まで読めんのかよ!
『読めるみたいね。残念だけど・・・・・・』
「これ普通に会って会話した方がいいんじゃねぇか?」
『次からはそうするわ。自分で使っておいてなんだけど、もう二度と使いたくない』
エリは自分の能力に文句を言っているが、彼女の性格を考えると納得できるような気がした。
『どういう意味よ、それ』
「何でもねぇよ」
これ以上余計なことは考えないようにしよう。
『それで、あんたから見てあいつはどうなの?』
その問いに俺は頭の中で整理した情報を伝えた。
正確には伝えたと表現することは厳密には違うような気がするが、ここはそういう風に説明することにしよう。
とにかく、これが俺がここまででまとめた魔物の情報だ。
全長は陸から確認できる範囲で数十メートル程あると考えられる(尚、それ以上の可能性あり)。
姿形は大蛇、竜のようで、動きもそれに近く俊敏なものとなっている。
巨体故にパワーがあり、下手な拘束では捕まえることができない。
鱗一つ一つは鋼のように固く、逆立つことで刃になる。
魔術も使えるようで、魔法陣から蒼い炎を出す(口元から放出していることから火を噴いているようにも見える)。
知能が高く、自身の特性を活かした動きをする。
水辺に潜る際、体表がくすんでいた。
「今のところ弱点のようなものは見つけられなかった。ただ、体表の色がくすんでいたことが気になるな。そっちはどうだ?」
『ほぼ同じね。因みにあんたが顔面を攻撃した時はどうなの?水中に潜ったのも、怯んで撤退したとか考えられないわけ?』
「考えてみたが、あの一撃だけしかまともに攻撃が当たっていないからな、何とも言えない。次に奴が陸に上がってきた時に、全方位から攻撃を仕掛けてみようと思う」
『陸から上がってきた時・・・・・・か。あたし陸からの攻撃手段しか持ち合わせていないからな~。今回の相手は相性悪いかも』
エリは困ったように唸る。
相手の手数は確認することができたが、まだ不明瞭な部分がいくつかある。
それがはっきりすれば、何かしらの対策を建てることができるかもしれない。
何か身の回りで少しでも手掛かりになるようなものが転がっていればいいのだが。
俺は辺りを見回し、瓦礫の中を探そうとした。
『ねぇ、ちょっといい?』
「どうした?」
『今あんたが考えていたみたいに周りを散策してみたんだけど、なんか変なのを見つけたのよね』
「変なの?」
『ええ、形とか大きさからしてあの魔物の鱗の一部みたい』
「鱗?」
まあ、あれだけ激しく動き回っていれば剝がれたりするか。
分からないけど。
「その鱗がどうした?」
もしかしたら手掛かりになるかもしれないと思い、詳しく聞いてみることにした。
『なんか、あれだけ固くて金属みたいだなって思ってたけど、意外と軽いというか艶がないというか・・・・・・っ、なんか腐った木片みたいに簡単に折れちゃうみたいよ』
声だけの情報だから実物を見ないとよく分からない。
本体から切り離されたから腐食したからか?
『いや、なんか違うっぽい。魔物が水中に潜ってから結構時間が経っているし、形もそのままの状態だった。強いて言うなら、腐食というより乾燥かな』
「乾燥・・・・・・」
徐に海の方に視線を向ける。
そして、ある仮説が脳を過った。
「なぁエリ。今俺が考えていること分かるよな」
『えぇ、でもそうなると『ポセイドン』の力が必要になってくるわね。しかも魔装しないと意味がない。仮にあんたの仮説が間違いであっても、水中をテリトリーにしている敵相手だと、ね』
「やっぱりそうか・・・・・・」
分かっていた。
だが、それ以外の方法でなんとか倒すことができないか模索していた。
俺は、『ポセイドン』を含む三つの魔道具を十分に扱いこなせていない。
ある程度能力のコントロールは利くようになったが、それでも力の反動で殆どの魔力を消費し、下手をすれば意識を失ってしまう。
これっきりの戦いであれば然程問題ではないが、生憎次があるのだ。
今、もしかするとユイとマキナは魔物と交戦しているかもしれない。
だから、できるだけ力は温存しておきたかった。
もし、『ポセイドン』の力を全開放して、力尽きてしまったら____。
『光剣寺ミツキ!』
「えっ」
突然フルネームで呼ばれ、少し驚いてしまう。
しかし、エリはそんなことはお構いなく言葉を続けた。
『今目の前にいる奴は何だ!あんたとあたしが倒すべき敵でしょ!ここで倒さないとたくさんの人があいつの餌になるのよ。あんたの私情で他の人を巻き込むな!』
「・・・・・・」
『確かにユイちゃんをマキナと一緒に居させることに不安を感じる気持ちは分かるわ。だって、友達を殺そうとした奴と一緒に居させるとか正気の沙汰ではないわね。でも、あんたはそうした。それってユイちゃんやマキナのことを信じたからじゃないの?あんたは信じたあんた自身を裏切る気か?』
「!?」
今、俺とエリの思考は繋がっている状態だ。
俺が抱えている不安や恐怖、焦りなんかも隠そうとしてもバレてしまう。
もちろん、それはエリ自身も同じだ。
だから、それが本心からの言葉であるということも自ずと分かってしまう。
早乙女エリという人間がどういうものなのか、少しだけ理解できたような気がした。
しばらくして、エリと合流し、干からびた鱗を手渡された。
持ってみると発泡スチロールを持っていると錯覚してしまう程軽く、表面がカサカサしている。
錬成の能力で鱗の成分や構造を分析してみると、水分を殆ど含んでいなかった。
試しに水辺に沈めてみると、水分を含んだためか鱗の表面は艶を取り戻し、どっしり重くなったのだ。
そして、錬成で鱗から水分だけを分離させると、鱗は忽ち干からびてしまった。
ここまでで仮説がより確信のあるものへと近付いた。
俺はポセイドンの魔道具を取り出し、それを強く握りしめる。
「一つ頼んでいいか?」
「何?」
「もし俺が動けなくなったら、ユイのところに連れて行ってくれないか」
「あんた、まだ」
「そうじゃない。これは俺の贖罪なんだ。あいつは今まで魔術とは関わりのない一般人で、戦いと無縁の生活を送るはずだった。だけど俺はあいつを戦いに巻き込んだ挙句、一緒に戦いたいという意志を尊重した。あいつが決めたことだから背中を押したいって気持ちはあるけど、それでも大切な人を危険な目に遭わせていることには変わりない。だから、彼女が無事であることをちゃんと見ておきたいんだ。あいつ自身が一人でも大丈夫だってことを知っておくためにも」
俺はエリに向き直り、
「勝手なことを言っていることは承知だ。だが、頼む」
そう言って、頭を下げた。
暫しの沈黙が続く。
すると、クスクスと声が聞こえた。
顔を上げると、エリが笑っていたのだ。
「あんたさ、いつもそれくらい素直になっておけば好かれるんじゃない?何でいつも不愛想な態度取ってんのよ。意味分かんない」
「な、なんだよ・・・・・・」
「まあ、でもあんたの場合不愛想な魔術師っていうのが売りだから、それなくしたら無個性になっちゃうもんね。ごめんごめん」
「はあ!?」
心外なことを言われた。
こっちは真面目に頭を下げているのに、なんで不愛想だとか無個性だとか言われなければならない。
「言いたい放題言ってくれるじゃねぇか。お前なんか金持ちとギャル以外の要素なんもねぇじゃねぇか。てか、そのキャラの立ち位置すら忘れ掛けられている癖に、人をおちょくってんじゃねぇぞ、コラ!」
「なっ・・・・・・、そんなことないっつーの!主任で、一応あんたの上司で、いつも面倒見てるでしょ!そんな口の利き方されるとは思わなかったわ!減給よ、減給!」
「何しれっと職権乱用しようとしてんだよ!勝手に変な種仕込ませるようなサイコな女を誰が慕うか!こっちから願い下げだ!」
「・・・・・・あんた、覚悟できてんでしょうねぇ~?」
「そりゃぁこっちの台詞だ。二度と偉そうなこと言えねぇようにしてやろぉか?」
「「ア゛ァ゛ン!」」
そんなしょうもない口論をしている時だった。
突如、轟音と共に海から水の柱が立ち昇ったのだ。
大量の水飛沫を撒き散らし竜が姿を現すと、天高く咆哮を上げた。
そして、血に飢えた眼でこちらを睨みつけてきた。
どうやら回復して、また俺たちに襲い掛かるつもりらしい。
どこまでも執念深いな、こいつは。
俺は爆発していた感情を無理矢理抑え、舌打ちしながら戦闘態勢を取った。
エリもまだ言い足りない気持ちのようで、「もーっ」と不機嫌な声を漏らしていた。
「とにかく、こいつをぶっ倒すまでの間だけだ。先にくたばんじゃねぇぞ」
「あんたこそ、力尽きても助けてやんないから。精々善戦しなさいよね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「フンッ」」
そんなこんなで相性最悪な俺たちは共闘することになった。
次回は、ユイ・マキナパートです!
突然の奇襲に遭ったユイとマキナ。
二人は無事に和解することはできるのだろうか?
その次の話でミツキの新フォームが出る予定です!
お楽しみに!