第八十五話 暗闇の捜索
「ここが最後か・・・・・・」
俺はスマホを片手に、何にもない道を見据えた。
死体もなければ、血痕もない。
そもそもその場所で人が殺されたことさえないようにも思える。
だが、実際に人が殺されているし、今後また犠牲者が増える可能性だってある。
俺はその調査のため、この住宅街に訪れている。
丁度今、七人目の犠牲者が出た現場に足を運んだところだ。
案の定、綺麗さっぱり撤収されている。
先に調査をしていた魔術協会の連中が現場検証済ませたのだろう。
本当、仕事の速さだけは優秀だな。
夕暮れ時を過ぎており、街灯が真っ暗な住宅街を淡く照らしている。
それが妙に不気味に感じた。
梅雨特有のジメジメとした湿気も。
冷たい夜風も。
周囲の環境全てにも嫌悪感を覚えてしまう。
正直、帰りたい。
一通り見て回ったが、やはり決定的なものを見つけることはできなかった。
一応、錬成術の応用で障害物の構造を分析してみたりもした。
が、成果は得られなかった。
アスファルトの地面にも、コンクリートの塀にも、不自然な傷すら見当たらない。
そもそも普段から何かにぶつかったり打たれたりしているし、既に傷だらけであるから見つけるのは至難の業だった。
それなら魔力の気配はどうだろうか。
一応痕跡はあるにはあるが、協会の連中がいつも使用している結界と同じもので、手掛かりにすらならない。
人目につかないようにするために仕方ないとはいえ、紛らわしいし邪魔だった。
だから、より一層精神を集中させて探ってみることにした。
そして、結果は何も見つからなかった。
この一連の流れを七回も繰り返しているのだから、疲労感が凄まじかった。
「はぁ、ダメだ、何も見つからねぇ・・・・・・」
溜息をつくと、俺は持っているスマホの画面を覗き込む。
「おい、そっちはどうなってんだ?」
状況確認のため、画面の向こうの『そいつ』に話し掛ける。
だが、反応がない。
「おい、聞いてんだろ?返事しろ」
無音が続く。
「・・・・・・返事をしてくれ、アテナ」
すると画面が起動し、一人の少女の姿が映し出される。
『はい、ミツキ様。要件は何でしょうか?』
感情のない機械的な話し方。
まあ当然ではあるが、それでも声を掛けてすぐに返答しなかったことに若干悪意を感じた。
サポートAI、アテナ。
今日調査に協力してもらっている。
「そっちの状況はどうなんだ?」
『土地全体を3Dスキャンし、あらゆる手法で分析を試みましたが、魔物に関する前例データと照らし合わせても一致するものは見つかりませんでした』
「要するにそっちもお手上げだった、と」
サポートAIゆえに過度な期待をしてしまったせいか、心の落ち具合が深かった。
というか、土地全体を3Dスキャンとか、もうそれ全部こいつ一人でやった方が良かったんじゃないのか。
いや、もう考えないようにしよう。
心の落ち具合がさらに深くなりそうだ。
「ま、まあ今日はこの辺にしとくか」
俺は早めに切り上げることにした。
あまり遅くなると、ユイに勘づかれてしまいそうだ。
どうして誘ってくれなかったのかって。
特に深い理由はない。
ただ、昨日ユカリとその娘であるユイのことで話があって、それで誘いづらくなっただけだ。
決して深い理由はない。
俺がいる住宅街は、自宅のある住宅団地から然程遠くない位置にある。
建っている建造物は然程違いはないが、やはり見ている景色が全然違う。
土地勘がない訳ではないが、スマホのマップ機能がなければ少し迷ってしまったかもしれない。
「そういえば、マキナの方はどうなんだ?」
『・・・・・・』
「・・・・・・アテナ」
『はい』
話し掛ける度にいちいち名前を呼ばないといけないとは、結構面倒なシステムだな。
「お前のご主人様はどうしてんだ?」
『現在、新設したラボでこちらのバックアップを行って』
「いやまあそうじゃなくて、今のあいつの状態のことだよ」
一応、マキナにも声を掛けている。
だが、まだユイの件で不機嫌だったようで現場には来ず、別の場所からサポートすることになった。
といっても、お互いで報告し合う訳ではなく、一方的にマキナが情報を収集しているだけで、向こうの状況は全く分からない。
何度か声を掛けたが応答もない。
俺への当て付けだろうか。
『バイタル値は正常ですよ。至って健康です』
「いやだから、あいつが怒っているのかどうかについて聞いてんだよ」
学習量が少ないため捻った受け応えができないのは仕方ないことかもしれない。
だが、なんだかはぐらかされているように捉えてしまう。
本人にそんなつもりはないことは分かっている。
本当に、分かっているつもりだ。
『マスターの現在の表情を画像認識してみましたが、怒っているという要素数は極めて少ないですね。強いて言えば、無表情と説明した方が正しいでしょうか』
「・・・・・・そうか」
やっぱり分からなかった。
少なくとも、こいつが認識できる範囲では、マキナの心境を把握することは不可能であることは理解できた。
直接会って話さないとダメなようだ。
明日また接触してみようと考えたが、生憎土曜だった。
例の新設したラボとやらも住所が分からないし、エリに聞こうにもあれから全く連絡が取れていない。
つまり、休み明けまで待つしかないということになる。
「まあ、その分こっちに専念できるって訳だな」
七つの現場を調べ上げたが、もしかすると見落としているものがあるかもしれない。
AIの分析精度が人以上だとしても確実という訳ではないし、成長途上なら尚のこと。
また調べる価値はありそうだ。
俺は明日の予定を立てながら、夜道を歩いた。
『ミツキ様、質問してもよろしいでしょうか?』
「何だ」
珍しく話し掛けられた。
少し驚いたが、応じてみることにした。
『あなたはマスターのことを恨んでいるのですか?』
「!?」
さらに意外なことを聞かれてしまった。
今までの彼女からは想像できないような発言に一瞬驚いてしまう。
AIだからそういうことを包み隠さずに聞けるのだろうか。
「恨んでいるというか・・・・・・まあ、確かにあいつがやったことは許されることじゃねぇし、許しちゃいけねぇと思っているよ。だってそうだろ?大切な人を傷つけられておいて許すとかあり得ない。被害者本人ならまだしもな」
かなり辛辣なことを言っている自覚はある。
だが、それが俺の本心だ。
『では、なぜあなたはマスターと関わろうとするのですか?あなたの発言からは深く拒絶しているようにしか捉えることができません』
そう思うのも無理ないよな。
普通なら恨んでいる相手とコントみたいなやり取りしないよな。
「そうだなぁ・・・・・・あいつにはいろいろ借りがあるんだよな。それで何度か助かってる訳だから、あんまり責めることもできねぇというか」
中学時代のユイのトラブルも、魔物との戦闘も、彼女の助力がなければ解決することはできなかったかもしれない。
そういった意味では大きな恩があるということになる。
「あいつの事情を知っちまった後だし、そのまま放っておくなんて無責任なことできないんだよなぁ」
俺はマキナの壮絶な過去を知った。
彼女が何を思って生きてきたのか想像もつかないのだろう。
「それに悪い奴じゃねぇし、寧ろ純粋というか。だからこそ、あいつを拒絶するんじゃなくて、少しずつ受け入れていくしかねぇんじゃないかって思ってよ」
はっきりした訳ではない。
分からないことだらけでどうすればいいか、上手く頭の中で整理できていない。
「だから、まずは目の前の、ユイとの蟠りをなくしてほしいって思ってる。少なくともあいつら、お互いのこと邪険に扱っている訳じゃなさそうだし。なんというか、仲直りしたいけど上手く伝えることができないでギスギスしているって感じがするんだよなぁ」
俺はユイの意思を聞いている。
ちゃんと和解したい、と。
マキナも口では言っていないが、恐らく同じ気持ちであることは予想ができる。
「まあ、俺が口出ししても状況が変わる訳でもなさそうだし、やっぱりあいつら自身でなんとかするしかないんだろうなぁ」
『随分親身に考えてあげているんですね』
「一応あいつらのお目付け役みたいなものだしな」
『逆にあなたはエリ主任に目を付けられているようですね』
「うるせぇ」
そんな会話をしていると、ふと目の前に人がいることに気が付いた。
スーツ姿の男性の後ろ姿、帰宅途中のサラリーマンだろうか。
「とにかくそういうことだから、話は終わりだ」
『はい、あなたがお人好しな性格であることをラーニングしました』
「切るぞ」
そう言って、俺は早々に通話を切った。
「・・・・・・」
なんだか変な気分だった。
機械と会話していたはずなのに、人と会話した後の感覚だ。
自分の気持ちを赤裸々に話したからスッキリしたのか、妙に清々しい。
「いったい俺は何してんだろうな・・・・・・」
そんなことを呟きながら、俺は前を歩いている男性に視線を向けた。
そういえば、被害者たちってみんなスーツを着ていたような・・・・・・。
不意にそんなことが頭に過ると、向かい風が吹いた。
ゴミが目に入らないように、咄嗟に目を閉じる。
そして瞼を開く時、飛び込んできた光景は全身から鮮血を吹き出す男の姿だった。
「・・・・・・え?」
思わず声が漏れるが、理解する間もなく男はそのまま倒れてしまう。
うつ伏せの身体を中心に血が広がっていき、留まることを知らない。
それはまるで命の源が流れ出ているようだった。
「・・・・・・あぁ」
ここで我に返り、一瞬意識が飛んでいたことを悟る。
そして、すぐさま男の方に駆け寄った。
「これは・・・・・・」
全身が無残にも切り刻まれた跡があり、そこから夥しい量の血が流れている。
出血量からして致死量を超えている。
それは殺害された七人の被害者たちと同じだった。
脈を図ってみたが、手遅れだった。
俺は急いで周囲の状況を確認した。
もしかすると、他に誰かいるかもしれないと思い、そいつを犯人と仮定して探そうとする。
が、肉眼では人の影すら見つけることができなかった。
『ミツキ様、周囲に異常な魔力反応を感知しました』
スマホからアテナの声が聞こえた。
「そいつを追跡しろ!絶対に逃すな!」
俺はハデスの魔道具を取り出しケルベロスを召喚すると、捜索に向かわせた。
『ミツキ様』
「何だ!」
危機的状況に思わず怒声を浴びせてしまう。
それ程気持ちに余裕がなかったのだ。
『反応が消失しました』
「・・・・・・」
その一言を聞いて、俺はその場に座り込んでしまった。
緊張から解放されて気が抜けた訳ではない。
ただ、突然の出来事に心の整理が追い付いていないのだ。
瞬きしている間に人が悲惨な最期を迎えた。
何の前触れもなく、助ける間もなく。
以前にも同じ体験をしているがやはり慣れないし、慣れたくもなかった。
ただ、自分の知人でなくて良かったと安堵してしまったことに憤りを覚えてしまう。
協会の魔術師が来るまでの間、俺は最低だと何度も戒め続けた。