第八十ニ話 密会再び
人気のない路地裏。
そこにある喫茶店、『喫茶店バー』は穴場スポットということもあって、客足はかなり少ない。
それは土日にも限らず、店内は常連か一部のマニアくらいしか立ち寄らないそうだ。
だから、二階は、俺とエリしか人がおらず、ほぼ貸し切り状態となっている。
俺はこの店に来たのは二回目で、初めて来た時に飲んだコーヒーの味くらいしか知らない。
しかし、目の前でメニュー表を見ることなく料理を注文している彼女は、知り尽くしているようで常連なのだろう。
例えば、今みたいに他人に聞かれたくないようなロクでもない内容を話す場合とか。
彼女の仕事柄、そういう話題を取り扱うことも多く、自然とこの店を利用するようになった。
そう考えれば、合点がいく。
合点が行ってしまう。
つまり、これからエリの口から発せられる内容は、全て『ロクでもない内容』ということになる。
「それで?今日呼び出したのはどういう要件なんだ?」
だから、早急に用事を終わらせることにした。
すると、エリは隣の椅子に置いてある鞄の中を漁ると、あるものを取り出しテーブルの上に置いた。
A4サイズの茶封筒でそこそこの厚みがあり、紐でグルグル巻きにされて厳重に封がされている
以前にマキナに関する情報を提供された時と似たようなものだった。
「概要はその中に入っているわ」
エリはテーブルに膝をつくと、視線を逸らした。
要は説明するより、直接見てもらった方が早いということか。
まあ、彼女の場合話すのが面倒臭いというのが一番の理由なのだろう。
俺はそんな不遜な態度に呆れつつも、テーブルに置かれた茶封筒を手に取った。
丁寧に封を開け、中身の資料を取り出そうとする。
「!?」
俺は驚きのあまり紙の束を戻してしまった。
丁度そのタイミングで店員が注文した料理をお盆に載せてやって来る。
ある意味、ここで資料を隠した行動は正解だった。
そして、店員が料理を置いて立ち去ったところで、改めて資料を見ることにした。
恐る恐る引き出していくと、表紙の一面が露わになっていく。
それには一枚の写真がクリップに停められていた。
「・・・・・・」
やはり見間違いではなかった。
それから資料を一枚一枚捲っていくと、同じようなものが七枚ほどあったことを確認した。
それらには、身体中を刃物で切り付けられ大量の血を流した遺体の姿が写し出されていた。
どれも無残で見るに堪えない残酷な光景が切り抜かれている。
遺体を囲うようにチョーク・アウトラインが引かれており、その傍らに現場検証用番号札が置かれていることから、警察関係者から提供されたものなのだろう。
正直、長々と見ていられるようなものではなかった。
顔を上げると、エリは並べられた料理に一切手を付けておらず、視線を逸らしていた。
だが、表情からは「早くしまってくれる?」と言っているのだと察した。
「・・・・・・だいたい分かった」
俺は茶封筒に資料を戻し、テーブルの脇に置いた。
「要するに、この七人を殺害した犯人が魔物で、俺にそいつを討伐してほしいってことだな?」
警察関係者しか持っていないはずの事件現場の資料を、エリが持っていること。
エリが魔術協会未来支部最高主任であること。
その資料を俺に見せたこと。
それらの状況から推測した結果だ。
エリは視線をテーブルの上の料理に視線を向けた。
生クリームが乗った二枚重ねのパンケーキ、その傍らにはバニラアイスが添えられている。
そして、脇には紅茶が注がれたティーカップが皿の上に載せられていた。
エリはフォークでパンケーキを差すと、ナイフで切り始めた。
「被害者たちの死亡推定時刻は十七時から十九時の間、現場も多少位置に差異はあるけど同じ住宅街で殺害されているわ」
ぽつぽつと言葉を発していくと、一口サイズに切ったパンケーキを口に運ぼうとした。
が、途中で手が止まると、手に持っていたフォークを皿の上に置いた。
「さっき見てもらった通り、全身刃物で切り付けられた跡があって大量出血による失血死。現場付近で争った痕跡はなく、警察は通り魔による連続殺人ではないかと推測しているそうよ」
ここまでは、ニュースで聞くような内容だ。
正直、俺たちが出る幕はないような気がする。
「でも、所々不可解な点があるのよね」
エリはティーカップを持つと、紅茶で口を湿らせた。
「事件現場になっている住宅街って、その時間帯は学生や会社員の帰宅時間で人はそこそこいるの。だから、現場付近で怪しい人物を見掛けてもおかしくないはずだし、況してや身体中を何度も切り付けるなんて相当時間が掛かるから尚更よ」
「別の場所で殺害されたとか?」
「血痕が遺体を中心に広がっているし、仮に別の場所で殺害して移動させるにしても、わざわざ人のいる住宅街まで運ぶとは考えられないわ」
となると、事件現場は住宅街で固定ということになるのか。
だとしても、やはり情報が不十分だ。
「それともう一つ、その住宅街に関する情報があるわ」
「何だ?」
「最初の被害者が殺害された数日前に、黒い穴が出現していたらしいの」
なぜだろうか。
それを聞いた途端、犯人が魔物だと確信が持ててしまった。
間違いなく、そいつが黒だ。
しかし、ここで新たな疑問が浮上することになった。
「あれ?でも、何で黒い穴が出現したことが分かったんだ?たまたま、現場に魔術師が居合わせたとか?」
それにエリは『らしい』と答えている。
もし、黒い穴が確認されたのなら直接見ている奴がいることになるし、そんな曖昧な言い方をするとは思えない。
直接見ていないが、誰かから聞いた。
それも誰かが何らかの方法で黒い穴の出現情報を確認し、それをエリに伝えたとか。
「察しが良いわね。本当は今回の話の論点から外れそうだから別の機会に話そうと思ってたんだけど」
エリは口元を紅茶で湿らせた。
「マキナが独自で調べていたそうよ。あの黒い穴が出現する時に魔力反応があって、それを事前に察知する手段を見つけたらしいわ」
さらっと今日一番重要なことを言ったぞ、こいつ!?
頼んでいたコーヒーを飲もうとして、思わず吹き出しそうになった。
「ただ、その事前に察知できるタイミングが出現の十分前。正直、早期発見するにしてもそこから周辺の避難とか考慮すると遅すぎる時間帯だわ」
話がひと段落したのか、エリは紅茶を飲んで一息をついた。
「まあ、確かにな」
改めてコーヒーに口をつける。
温かった。
コーヒーカップを受け皿に置いて、顔を上げる。
すると、エリは穏やかな表情でこちらを見ていた。
完全にお嬢様モードに切り替えている。
「改めて依頼しますわ。光剣寺ミツキ、貴方には事件現場に向かい、事件の捜査と魔物の捜索をお願いします」
物腰柔らかそうな言い方。
お嬢様モードしか知らない人なら、間違いなくそう捉えるだろう。
だが、ギャルモードを知っているもしくは粗暴な一面を知っている奴からすれば、自ずと理解することができる。
これは依頼ではなく命令である、と。
「拒否権は?」
断るつもりはないが、一応聞いてみた。
エリは何も言わず、ニコリと微笑んでいる。
ああ、ないのね。
「お前も捜査に参加するのか?」
すると、エリは素っ気ない表情に戻り、テーブルに頬杖をついた。
ギャルモードに戻ったようだ。
「数日前にちょっとしたトラブルが起きてね。それの対応に追われているわ」
「ああ、魔道具を何者かに強奪されたっていうあれか?」
俺がそう呟くと、パンケーキを口に運んだところだったようで、エリはフォークを口に咥えたまま目を見開いていた。
しかし、すぐに冷静に戻り、フォークを口から離した。
「マキナに聞いたのね」
口をモゴモゴさせると、パンケーキを飲み込んだ。
「一応そのことについても、あんたに協力してほしいわ」
「まあ、余裕があればな」
その犯人を見つけて魔道具を奪い返した時、試運転したら返そう。
そう思いながら、俺は残ったコーヒーを飲み干した。
エリはそれを見透かしてか、目を細めて紅茶を飲み干した。
「話はそれだけか?」
確認すると、コクリと頷いた。
「ええ、それだけよ。その後どうするか、あんたに任せるわ。ある程度のフォローはしてあげるけど、基本はあんた自己責任ね」
要するに、これ以上の干渉は極力しないという訳か。
「あんた一人でやるのもいいし、ユイちゃんやマキナと協力してもいいし、好きにすれば」
そう言って、エリはパンケーキを食べ始めた。
「・・・・・・分かった」
俺は椅子から立ち上がり、その場から去ろうとした。
「あ、待ちなさい」
が、エリに呼び止められてしまった。
「何?まだ何かあるのか?」
「お会計よろしく」
「・・・・・・」
俺は伝票を持って会計を済ませると、店を後にした。
そして、財布の中身が空になった。