第八十一話 未解決の問題
廊下に出ると、何人か生徒がいた。
たった今登校してきた人。
廊下で友達と世間話をする人。
トイレから出入りをする人。
朝礼前ということもあり、短い時間を有意義に過ごしている。
とはいえ、人に紛れてやり過ごすには、そんなに人はいない。
だから、すぐに見つかった。
周りと比較して明らかに背丈が低い。
私服姿で歩いていたら、高校の校舎に小学生が出歩いていると勘違いされてしまうだろう。
まあ高校の制服を着ていても目立つことには変わりないが。
現に道行く人は訝しげに見ている。
今はそれで見失わないで済むから助かっていた。
しばらく行動を見ていると、自分の教室に戻ることなく通り過ぎていった。
俺はそんな彼女の後を追うため、足早に歩きだした。
「おいちょっと待てよ!」
ある程度近付いたところで、呼び止めようとする。
すると、マキナは足を止め、視線だけをこちらに向けてきた。
「何だい?」
不機嫌そうな表情でギロリと睨んでいる。
小柄ながらそれなりに威圧感がある。
「今はボクに関わらないでほしい」と訴えているのだろう。
だが、それで立ち去る気は全くない。
俺はそんな彼女の態度に動じず、先程の行動に異を唱えた。
「お前さ、あんな風に露骨に避けるのはどうかと思うぞ。ユイだっていい気分はしないだろうし」
しかし、マキナはさらに機嫌が悪くなったようで、更に目を細める。
「彼女には以前に謝罪した」
「でも、納得していないようだぞ。お前がそんなんだから尚更だよな。てか、お前自身も納得してねぇだろ?」
そう指摘すると、今度は目を逸らし視線を合わせなくなった。
「別に仲良くなれって言ってる訳じゃねぇし、なる必要はねぇと思う。でも、あいつとは必然的に関わらなくちゃいけねぇことだし、今のままギスギスした関係でいるつもりか?」
問い掛けに、マキナは何も答えようとしない。
「少しでもその気があるなら、話くらい聞いてやったらどうだ?」
一瞬反応したような素振りを見せたが、結局無言のままその場を立ち去ろうする。
「・・・・・・言われなくても分かってるよ」
そんな声が聞こえたような気がした。
「・・・・・・はぁ」
マキナの姿が見えなくなったところで、深い溜息をついた。
「まあ、しょうがねぇっちゃしょうがねぇけどなぁ・・・・・・」
ユイとマキナの仲が良くない理由。
それは彼女たちが元々『殺されそうになった側』と『殺そうとした側』であったことにある。
今から数週間前、丁度ゴールデンウィークの前日。
マキナはユイの抹殺を図ろうとしていた。
理由はユイが魔物を呼び寄せている可能性があるとし、速い段階に始末しようと考えたためらしい。
真偽は今となっても不明だが。
近くにいた俺は彼女を庇いながらなんとか逃げようとするが、道中さまざまな追手と対峙することになった。
その後は魔物の出現といったアクシデントに見舞われ、いろいろ有耶無耶な形になり、事態は一度終息した。
そして、後にマキナがユイを襲った真の理由が、一時の気の迷いによって生じた嫉妬心から暴挙に出たことが判明した。
全く傍迷惑な話だが、その背景には俺の中学時代の過去もあったため、無関係だと突き放すことも、彼女自身を否定することもできなかった。
さらにはユイからも発破を掛けられ、もう一度協力関係を結び、逃げ出した過去と向き合っていく選択をした。
これで一応俺のけじめはつけたつもりだ。
そう、俺のけじめだけは____。
しかし、まだ終わっていない。
けじめをつけていない奴らが二人いる。
それがユイとマキナだ。
以前、ユイは『マキナともちゃんと向き合いたい』と言っていた。
その意思は間違いなく本物で、何度かそれを伝えようと接触を試みたことがある。
結果を言ってしまえば、伝えることはできていない。
話し掛けようとすると、マキナが逃げ出してしまうからだ。
傍から見ていた俺はあまり干渉しないようにしていたが、今日になって我慢の限界になった。
はっきり言って、毎回同じ場面を見せられているからもの凄くイライラしていた。
一応注意はしたが、マキナの様子を見る限りあまり効果がないように見える。
いったいどうすればいいのだろうか。
「なんか俺、ここ最近他人に振り回されてばかりのような気がするなぁ・・・・・・」
後頭部を掻きむしり、考えるのを止めて教室に戻ろうとした。
ピロンッ
ポケットにしまっていたスマホの着信音が鳴る。
徐に取り出し、通知を確認する。
エリからのチャットだった。
『放課後、以前に行った喫茶店に来なさい。来ないと絞める』
最後に脅迫文が記された招集の通知だった。
「ホントに・・・・・・な」
スマホをポケットにしまい、教室に戻る。
丁度そのタイミングでチャイムが鳴った。