第七十八話 小さな一歩
ゴールデンウィークが終わった翌日。
教室では連休中の話題で盛り上がっていた。
家族旅行に行った話や友達と買い物に行った話、部活の合宿で遊べなかったと嘆く人もいた。
中にはゴールデンウィークロスで五月病に陥っている人もちらほら見掛ける。
話していることはこの時期特有の話題だが、いつもの日常であることには変わりない。
そして俺はというと、連休の疲れで机に伏せている状態である。
全身が怠くて、動くのが辛い。
俺は周りの連中に対し、羨ましい感情を抱きながら見ていた。
いいよな、お前らは休みが充実していて、俺なんか全然休めなかったわ。
そんなことをボヤキながら睨みつける。
チラリとユイの方に視線を向けてみる。
カオルとマルコはまだ来ていないようで、彼女一人でスマホを触っていた。
そういえば、ユイがあの二人以外の人と会話をしているところをあまり見たことがない。
「・・・・・・」
今なら話し掛けられるかもしれない。
そう思い立ち上がる。
「ミツキ」
が、突然背後から声を掛けられたことで、足が止まってしまう。
振り返ると、視界には誰もいなかった。
更に視線を落とすと、そこには小さな少女がいた。
制服を着ていなければ、高校生だと認識していなかっただろう。
だが、制服を着ていなくても、彼女が自分と同世代であることは分かっている。
彼女とは面識があるからだ。
「マキナ?」
帽子を被っていないのが新鮮に見えた。
「・・・・本当に同じ学校だったんだな」
「ボクがウソをつくメリットはあるかい?」
「ああやっぱりマキナだ」
短い会話をした後、マキナは俺の背後の方を見ると、
「すまないが要件は移動しながら伝える」
と、一言言い、俺の手を引いた。
「お、おい!?」
思わずたじろいでしまうが、促されるまま教室を出た。
「で?要件っていうのは何だ?」
俺とマキナは隣のクラスに行くと、なぜかドアに隠れることになった。
「実は、あの子なんだが・・・・」
「あの子?」
俺はドア越しで、マキナが指を差す方向に視線を向けた。
そこには如何にも真面目そうな容姿の女子生徒が、席に座って本を読んでいた。
眼鏡を掛けて三つ編みの髪型という地味な見た目だ。
「あの子がどうしたんだよ?」
視線を戻すと、マキナが照れ臭そうにもじもじとしている。
「・・・・お前まさか百合に目覚めたとか」
「違う!」
若干大きな声で否定してきた。
「じゃあ、何だよ?」
聞くと、マキナはぼそぼそと何かを呟いた。
「は?」
「だから、声を掛けたいって言っているんだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
何を急に呼び出されたかと思えば、割としょうもない理由だった。
「何で鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするんだ?」
「いや、だって・・・・もう少し深刻なことだと思ってよ」
「ボクにとっては深刻な問題なんだ。言ったよね?ボクに協力してくれるって」
「だからって昨日言って今日早速かよ!?てか、声掛けるくらいもう少し奮闘しろよ」
「したさ。ネットや書籍、あらゆる方法を調べたが、いまいち理解できなくてね。それで君に頼った訳だ」
「えぇ・・・・」
まさか話し掛ける段階で、お手上げ状態かよ。
俺も人のこと言えないが、誰かに頼るにしては早過ぎるような気がする。
「お前、俺やユイの時は達者に話せてたじゃねぇか」
「それはそれ、これはこれだ」
何がそれで、何がこれなんだ?
「・・・・まあ、自分でも行動しようと努力したよ。ついさっきもね」
「それで結果は?」
「ダメだった。行動しようすると身体が強張ってしまう。同時になんて声を掛ければいいのか、話す話題はどうするべきか、そもそも今話し掛けるべきなのか、余計なことを考えてしまうんだ」
気持ちは分かる。
実際に自分もそうだったから、今になっても友達の数が更新されていない。
さらにクラス内でいざこざがあったから、余計に作り辛くなった。
「・・・・・・ったく、しょうがねぇな」
俺は考えるのを止めて、教室の中に入ることにした。
向かう先は、一人で本を読んでいる三つ編み眼鏡の少女。
目の前に立つと、少女は顔を上げて訪ねてきた。
「何ですか?」
瞳の奥に警戒心を抱いて、こちらを見ている。
まあ確かに、知らない男が突然目の前に現れたらそういう反応するよな。
「ああ悪い、大したことじゃねぇんだ。ただ、うちの連れがあんたに用があるっていうから声を掛けただけだよ」
「?」
要件を伝えるが、それでも眉を顰めていた。
だが、俺が手招きすると恐る恐る立ち上がって、教室の入口の方へ先導する。
連れて来ると、当然マキナは混乱していた。
そして、俺はそんな彼女の肩に手を置いて答える。
「あとはお前に任せる」
そう言って、立ち去ろうとした。
「ちょっと待て!」
三歩程進んだ所で、制服の裾を掴まれてしまった。
「どういうことだ?」
頭を近付けさせ、耳元で小さく声を荒げる。
「どうも、こうも、場を作ってやっただけだ。これ以上の協力はできない」
「いや、場を作るって、まだ心の準備が・・・・」
マキナは後ろにいる少女に視線を向けた。
「そんなの今お前が言いたいことを言えばいいんだよ」
俺はマキナの手を払い、自身のいた教室に戻ろうとする。
周囲に気付かれない程度で足をゆっくり動かしながら。
背後から話し声が聞こえた。
「それで要件って何?」
少女の声だ。
「え、っと、だな・・・・・・その、何というか・・・・・・」
見ていなくても、マキナが動揺していることは分かった。
サディストだった頃の面影が全く感じられない。
「・・・・・・・・ボクと、友達になってくれないか!」
だから、そんな彼女からそういうストレートな発言を聞いた時、つい吹き出してしまった。
声を出さないようにしたが、顔が緩んでしまう。
お前、そんなキャラだったっけ?
因みに返答はというと、少女はクスッと笑った後で、
「いいですよ」
と、答えたようだ。
教室に入る前に見てみることにしたが、生憎後ろ姿だけしか見えなかった。
まあ、あの様子だと大体どんな顔をしているか予想はつくが、詮索はしない約束だから止めておくことにした。
それから自分の席に戻る時、ユイの周りにカオルとマルコがいることに気が付いた。
どうやら俺が席を外している間に来たようだ。
椅子に座り、なんとなくどんな話をしているか聞き耳を立ててみる。
「そういえば連休中にさ。あんたの兄さんから電話が掛かってきたんだけど、あれ何?」
カオルがユイにそう訊ねている様子だ。
「あ、わたしのところにも電話が掛かって来たわ。なんかあんたと光剣寺君が泊まってないかって」
マルコが付け足す。
そういえば、マキナが俺たちのスマホを使ってツバサと連絡をとったと言っていた。
丁度返された時に聞いた話だ。
その時、何で俺のスマホのパスワード知っているだ?と疑問に思ったが、敢えてそこは詮索しないことにした。
正直、怖いと思ったからだ。
「・・・・兄さんから聞いたわ」
ユイが視線を逸らしながら答える。
完全に動揺しているな、あれ。
「まあ、なんか訳アリなんだなって思って、話しは合わせたけどね」
「わたしも」とマルコが続ける。
「ところで結局、あんたらどこにいたの?」
「え?」
「だって、気になるじゃん。どこで寝泊まりしたかとか。ね?」
「うん、気になる」
カオルとマルコは顔を合わせながら答える。
「「光剣寺君とどこで何をしていたの?」」
二人はからかうような口調で、ニヤニヤと笑っている。
絶対勘違い、というか期待をしているな。
「・・・・え、っと・・・・・・それは、その・・・・・・」
かく言うユイは、目を泳がせながらごにょごにょと何かを呟いていた。
最早動揺が隠しきれていないし、傍から見ても怪しかった。
「・・・・・・」
俺はその様子を見ながら考えた。
自分がどうするべきかを。
ユイのことだ、どうせ無理に誤魔化そうとして、余計に怪しまれる結果になることは目に見えている。
そして、今後もその話題で弄られる羽目になるだろう。
もちろん、俺には直接的な被害はない。
ただ、妙な勘違いをされたままなのはあまりいい気分はしない。
だから____。
「親戚の家だよ。未来市外にある田舎町。そうだろ?」
助け舟を出すことにした。
三人が一斉に振り返る。
すると、ユイは察してくれたようで、
「そうそう、ちょっと訳あって遠出してたのよ。わたしたち」
と、フォローしてくれた。
「訳って?」
マルコが問うと、ユイはすぐに俺の方に目を向けた。
仕方ないので答えてやることにした。
「ちょっとツバサと喧嘩してな。それで帰るのが気まずくなって、遠くに住んでいる親戚の家に転がり込んだ訳だ」
我ながら、機転の利いた嘘だと思う。
因みに話のベースは、マキナに追われた時に来たあの田舎町だ。
「ほとぼりが冷めるまで住んでもいいって言われたから、しばらくな。まあ、ほんの一晩だけだったけど」
ある程度事実は織り交ぜている。
そうしないと、どこかで墓穴を掘る可能性があるからだ。
「泊まっただけなの?」
今度はカオルが話し掛けてきた。
「泊まっただけだし、何もなかったよ。飯食って、風呂入って、すぐ寝た」
「一緒に?」
「飯だけ、な」
二人は俺とユイの顔を見比べると、少し残念そうな表情を見せた。
全く、本当に困った奴らだ。
「ところで何で喧嘩していたの?」
気の抜けた態度で、カオルが聞いてきた。
「大したことじゃねぇよ。多分聞いても、つまらない答えしか返ってこないぞ」
「ふーん」
そのままの意味を受け止めての態度か、ただ単に飽きたのか、心底興味なさそうだった。
「じゃあ、それ以外は何してたの?」
「それはだな・・・・」
それから朝のホームルームが始まるまで、五日間のゴールデンウィークについて四人で語り明かした。
まあ、俺の口から出た話題の大半が作り話だったり、何でもない出来事を誇張したような話だったりする。
話していて段々辛くなった。
だから、今度は『本当にあったこと』を話したいと思った。
第三章完結!
次回は第四章へ!




