第七十三話 無茶な一手
自分でも自覚をしている。
本当にバカをやっている、と。
理解しているし、考えるまでもないことだ。
「んっ!このっ・・・・暴れるな!」
巨鳥に抱き着き、今にも振り落とされそうな状況。
恐らく、感覚でいえば生きたジェット機にしがみ付いているのと同じだと思う。
ああ、本当バカなことをしているな。
内心は呆れている。
けど、必死になっていた。
しがみ付いた直後、グリフォンは旋回と急降下を繰り返している。
全身を不規則に動かし、なんとか振り落とそうと躍起になっているようだ。
だが、離す気はない。
離せば空中に放り出されてしまうからだ。
因みに即席で作った飛行ユニットは故障している。
抱き着いた時、煙を上げて大破した。
つまり、もう後には引けないのだ。
「ぐぅああぁっ!」
不細工な鳴き声を吐き散らしながら、首を上下に振っている。
丁度その箇所に手を回している。
アーマーで身体強化を施されているため、がっしり掴んで固定している。
だが、バランスを崩せば、手を放してしまうかもしれない。
こっちも動くことができないでいた。
腰のホルスターに視線を向ける。
掴もうと思えば容易く掴める。
だが、そうすれば自分はどうなる?
「・・・・・・」
高速飛行する魔物にしがみ付き葛藤した。
「っ!」
マキナは覚悟を決め右腕を離した。
タイミングが悪かった。
丁度グリフォンが迂回したのだ。
案の定、バランスを崩し片方の手も離してしまった。
「あ」
絶望した。
終わったと思った。
だけど、掴んでくれた手があった。
「ったく、勝手に飛び込んで勝手にピンチになってんじゃねぇよ、バカ!」
手首をしっかり掴み、文句を言ってくる。
腕を引っ張り、グリフォンの体毛を掴ませようとする。
それに促されるまま、マキナはしっかり鷲掴みにした。
同じくミツキは斧を背中に携えて、グリフォンにしがみ付いている。
自身も飛べるはずなのに、どうしてそんな態勢になっているのだろうか?
「それで、俺はどうすればいい?」
しかも作戦を何一つ聞いていないのに、乗る前提で自身の役割を聞いてきている。
「もうこっちは手がないんだよ!いいから答えろ!」
今の発言でなんとなく察した。
「・・・・じゃあ、あいつの口をこじ開けてくれないかな?」
「分かった」
一言答えて、ミツキは腕を伸ばし始める。
この時、彼の両腕から雷のエフェクトが見えた。
一時的な筋力強化といったところか。
だから、反動で手が離れることはなかった。
マキナはタイミングを見図り、ホルスターから銃を取り出した。
それを変形させ、ガントレットの形状にする。
その腕でしっかり体毛を掴むと、反対の手も同じようにした。
これで両腕の筋力が一時的に上昇し、簡単に手が離れなくなった。
「くっ、この・・・・大人しくしてろ!」
ミツキはくちばしを掴んでおり、それを開こうとしていた。
その間、頭に近付いていく。
先程からそうだが、風の抵抗でなかなか進めないでいる。
それでもなんとか手を伸ばす。
着実に距離を縮めていく。
そして____。
「っ開いた!」
ミツキから歓喜の声が漏れる。
丁度同じく、マキナもグリフォンの頭頂部を掴んでいたタイミングだった。
右手で力強く握り締めると、左手をホルスターの方に伸ばす。
電気ショック爆弾、『ミョルニル』。
掴むと、出力を最大限に設定し、大きく振りかぶった。
「ふんっ!」
力を籠め、開いた大きな口に突っ込む。
一旦離すと、装着されたガントレットの出力を上げた。
「このっ!」
ダメ押しとばかりに殴り、強引に呑み込ませた。
「離脱するよ!」
マキナはガントレットの出力を落とし、しがみ付いていた手を離した。
空中に投げ出された形になり、無造作に動きながら宙を舞う。
今気づいたことだが、どうやら雲の上まで飛んでいたようだ。
途中、ミツキが斧でグリフォンを吹き飛ばしているのが見えたような気がした。
とにかく、後はミョルニルが爆発してくれれば終了だ。
外側がダメなら内側。
至って単純な作戦だが、現在の武装で対抗する手段ではこれくらいしか浮かばなかった。
これが通用しなければ、硬化能力が意味をなさない程の威力の攻撃を与えるしかない。
一応そのための武装はある。
通用すればの話だが、生憎自分がそれを使うかどうかは、この状況下から生還できたらの話である。
飛行ユニットは故障している。
アテナを介してドローンを呼ぼうにも、今の自分を受け止められる程の耐久性能はない。
つまり、現状自分ではどうすることもできない。
まあ、それならそれでいいのかもしれない。
爆発音が聞こえた。
衝撃波もこちらに伝わってきている。
本当にこれで倒せていればいいのだが。
時々、遠くからでも確認できる程の爆炎が視界に入る。
あれで無事なら、どうやって倒せばいいのだろうか?
そんなことを考えながら、落下と反動に身を任せていると。
何かに支えられている感覚がした。
態勢が前屈みになり、目前に自分のではない両足と斧の柄部分が見える。
特に腰辺りは、何かが巻き付いているようだった。
あ、これ支えられているというより抱えられている奴だ。
「テメェ、いい加減にしろよ・・・・死ぬ気か?」
飛行しながら、ミツキが悪態をつく。
「・・・・そのつもりだったかな」
「・・・・投げていいか?」
「ごめんなさい」
正直この状況は予想していなかった訳ではない。
ただ当てにしたくなかった。
「さっき爆発した時、肉片も飛んでたから倒せたと思うぞ」
ミツキの口から魔物の生死を知らされる。
「肉片って・・・・レディに対して随分えげつないこと言うね」
「やったのお前だろ?てか、そういうのは一端になってから言えよ」
「・・・・・・」
デリカシーのない発言だ。
だからモテないのだろう。
「流石にまだ生きているってことはないよね?」
「バラバラになっても再生するってか?だとしたら、そんな超越生物どうやって倒すんだよ?」
「今思い付いたことだが、宇宙空間に放り出す、とか?」
「火山の噴火を利用するのか?それとも太陽まで吹っ飛ばして永遠に焼き殺すか?」
「・・・・無理に決まってるだろ身の程を知れ」
「よし投げるわ」
そんなしょうもない会話をしている内に、地上の景色がはっきり見えるようになっていた。
そして、ミツキの様子に違和感を覚えるようになる。
どこか苦しそうで、発言する際弱々しく感じた。
嫌な予感がした_______その時だった。
突如として、ミツキの魔装が解除されたのだ。
腰に回していた手も離れてしまい、彼の意識がなくなっていることを察する。
生身の状態になったミツキ。
飛行手段がないマキナ。
結果を言ってしまえば、二人ともそのまま地面へと落下してしまう訳だ。
この時、マズいと思った。
自分だけが死ぬならまだしも、他人も巻き込んで死ぬつもりはなかった。
何よりコイツと一緒に心中するとか、なんか屈辱的すぎるしシャレにならない。
といっても、自身には飛行手段はない。
いったいどうすればいい?
マキナはパラシュート付けておけばよかったと後悔しながら、頭をフル回転させた。
脳がパンクする程思考を駆け巡らせ、あらゆる方法を模索した。
そして、考えた末に至った結果は____。
「本当に君も対外だね!」
マキナはなんとかミツキに近付き腕を掴む。
身体を抱き寄せ、自身の背中を地上に向けた。
「骨は折れるだろうけど、悪く思わないでくれ!」
二人同時に死なない方法。
それは一人を助けることだった。
正直、怖いかどうかと聞かれたらあまり実感が湧かない。
先程も死を悟っていたのにミツキに助けられたからだろうか?
覚悟を決めるとか、改まったような気持ちになれないでいた。
だが、心残りはあった。
マキナは徐に手を伸ばした。
何かがある訳ではない。
仮に自身が求めるものがあったとしても、届くかどうかも怪しい。
それでも、もう一度掴みたいと思っていた。
あの時感じた『温もり』を____。
結局、何も得られなかったな・・・・・・
ふと目を開けると、そこは森だった。
青い空に佇む日の光が葉と葉の間を通過して細く照らしている。
特に背部からは柔らかいような刺々しているような感覚で、ガサガサと何かが重なる音がした。
起き上がって後ろを見ると、たくさんの木の葉と枝で覆われたクッションがあった。
因みにその上にはミツキも横になっている。
「ふぅー、ギリギリセーフ・・・・」
「危なかったー・・・・」
二人の少女の声が聞こえた。
視線を向けると、エリに抱えられているユイの姿があった。
彼女たちの頭上では、時計盤上の魔方陣が消滅するのを確認した。
「・・・・・・成程。また助けられたのか、ボクは」
木の葉のクッションはエリが作り出したものだと理解すると、ゆっくり立ち上がろうとした。
長時間空中で振り回され続けたせいか、両足がふらふらする。
近くの木に寄り掛かり、魔装を解除する。
「魔物は撃退した。後のことは君たちに任せるよ」
聞かれる前に答えておくことにした。
言いたいことは先に全部言って、早々に立ち去りたい。
正直、ここに長く居ることが辛かった。
「最後に伝えたいことがある」
二人に背を向けて、言葉を続ける。
「ボクは君を殺すことは世界のためといった。柄にもなく、いや本当に柄にもない薄っぺらなウソだった。だから、君を襲った本当の理由を教えるよ」
まだ躊躇いがあった。
認めてしまえば、自分が惨めに感じてしまうから。
でも、自身が行った非行と比べれば、まだ軽い罰だと思う。
マキナは自身を戒めるつもりで答えた。
「本当は・・・・君たちに嫉妬していたんだ」
直後、自分に対する憎悪で心が満たされた。
不快で、醜悪で、この世から消え去りたいくらい腹立たしい。
「・・・・・・すまないことをした」
発狂しそうだったので、それだけ言い残して立ち去ることにした。