第六十九話 不屈の思い
遠くから爆発音が鳴っているのが聞こえた。
今回は規模が大きいようで、煙が舞っているのを二つ確認した。
だが、マキナにとってはもうどうでもよいことだった。
誰かが魔物と戦っていようが、誰かが人を救っていようが、今の自分には何かをする気力がない。
喪失感と虚無感によって支配されている。
なぜそうなってしまったのか、見当はついている。
意識がなくなる前、ユイと会話をしていた。
その最後で、彼女に言われたのだ。
『もし、本当にわたしを殺すことが世界のためだっていうなら、撃ってよ。それが、マキナが心から望んでいることなら、本心なら、わたしはそれを受け入れる!』
今思えば、ユイの行動は非常に無謀な行動だったと思う。
ミツキが差し向けただろう使い魔の助けを拒み、自身が持っている魔道具を手放して、自分に撃つように要求してきた。
訴えかけることによって殺害を躊躇うと判断したようだが、いささか考えが甘すぎる。
その前に既にユイを狙って躊躇なく発砲をしている。
そんな相手に脅しても、効果がないことは明白だ。
だから、あの時引き金を引くつもりだった。
だが、引けなかった。
もしかすると、無意識のうちに躊躇ってしまったのかもしれない。
彼女の言葉によって動揺してしまったのだろう。
これに関しても心当たりがある。
『心から望んでいること』
『本心』
頭の中でユイの発言が繰り返される度に、やたらと強調されている言葉だ。
考えないようにしても、頭から離れることはない。
記憶にべったりとこべり付いている。
だから必然的に考えてしまう。
今回の行動にそれらが全くなかったことに気付いてしまうのだ。
世界を救うためとか、そんな大層な理由なんて一切ない。
ただの建前でしかなかった。
本当は・・・・・・
直後、背後から衝撃音が鳴り響いた。
完全に気が抜けていたマキナは、思わず全身を震え上がらせて驚いてしまう。
「な、何だ!?」
まさかこちらにも攻撃の魔の手が!?と思い、勢いよく振り返る。
見た途端、完全に肩の力が抜けてしまった。
見覚えのある、巨大な花の蕾。
それが開くと、予想通りの人物が姿を現した。
「なんだ、君か・・・・」
溜息を吐きながら、エリに軽蔑の眼差しを向けた。
すると、エリは眉間に皺を寄せて、大股で歩いてきた。
「なんだ・・・・じゃないわよ!あの時危うく感電死するところだったんだから!しかもあたしを瓦礫の山にほったらかしにして、マジで信じらんない!」
顔を近付け、声を荒げる形相は正に悪鬼そのものだ。
とても財閥令嬢とは思えないおっかない顔だ。
「あんた今、もの凄く失礼なこと考えてたでしょ?」
「君の固有能力には人の心を読むスキルがあるのかい?」
「そういうところマジウザい!」
顔面をさらに近付けて、暴言を吐く。
本当にお嬢様なんだろうか。
「それで今はどういう状況なの?見たところ誰かが魔物と交戦しているっぽいけど、ホントこれどうなってんの?」
「君は魔物の出現を知って、わざわざ地中を掘って来たんじゃないのかい?」
「は?違うし。確かにあたしのスマホにあんた宛のメールが来てたけど、地図の画像ファイルが貼ってあっただけで、何も書いてなかったわよ」
エリの発言にマキナは眉を顰めた。
それもそのはずで、メールなんて送信した覚えがないのだ。
それに前に話した時、ミツキに発信機となる種を仕込んでおいたと言っていたはずだ。
「君お手製の種はどうしたんだい?」
「あんたのせいで魔力の流れがおかしくなって機能しなくなっていたわよ。ホントマジでどうしてれるんだって思ったわ」
そういえば、エリが気を失った後に倉庫外の胞子が消えたが、それも原因に含まれて知るのだろう。
とにかく、自力で場所を特定する術がなくなったことになる。
では、メールに関してはどうなのだろうか。
「それはいつ頃だい?」
「三十分くらい前よ」
エリはスマホの画面を見せてきた。
確かに送信宛のアドレスは自分のものとなっている。
一応自分のスマホも確認したが、なぜかエリ宛にメールが送信されていた。
マキナは三十分前にメールを送信するどころか、スマホすら触っていない。
気を失っていたか、茫然としていたかのどちらかだ。
「・・・・・・」
だが、心当たりがない訳ではない。
意識を取り戻してから全く姿を見せず、声すら掛けてこない奴がいた。
「アテナ」
徐に自身のサポートAIの名前を呼んだ。
一瞬の反応が遅れて、スマホのスピーカー越しから返事が来た。
『なんでしょうか?マスター』
慌てる様子はなく、淡々としていた。
それがなんとなく白々しかった。
「単刀直入に聞くが、今まで何をしていた?」
聞いてみると、アテナはすぐに答えた。
『時島ユイと協力して、住民の避難誘導を手伝っていました。それと、そちらにいる早乙女エリ様にも助力を求めるべく、わたしたちのいる現在地までの地図をメールで送信しました』
『勝手な行動をしてしまい申し訳ありません』と謝罪の言葉を述べるが、正直少し驚いていた。
本来アテナのAIとしての知能は、マキナの命令に従うようにプログラムされている。
そのため、自己判断して行動することは不可能となっているはずだ。
「まさか君が考えて行動したのか?」
真相をするべくさらに問い掛けてみる。
『はい。マスターからの指示がなかったため、自己判断で行動しました』
まさかの意外な答えが返ってきた。
今の話が本当なら、アテナは自ら学習をし、自発的に行動をしたことになる。
本来の設計にはないものだ。
「・・・・そうか」
マキナは感情が冷めていくのを感じた。
「ボクのことはいい。引き続き彼らのアシストを頼む」
『承知いたしました』と答えると、アテナの声は聞こえなくなった。
そして、再び喪失感と虚無感に苛まれることになる。
「あんたは行かないの?」
さっきまで黙っていたエリが口を開く。
「君こそいいのかい?ボクなんかに構っていて」
絶対的自信を持っている自分が、『なんか』と自分を見下す発言をしている。
無意識に言ってしまう程、自分が形成している唯一のものが壊れてしまっていた。
最早、自分を動かす動力源は何もない。
今までの自分が建前で動いていたことを自覚してしまった。
自分が信じた本心さえも、偽りで塗り固められたもの。
本当は利己的で歪んだ感情が絡んでいる。
今まで受け入れないように、自覚しないようにしていたのに。
だから、そんな自分に失望して否定している。
自分が認識している自分とは違うことに激しく嫌悪した。
今はそんな自分に関わってほしくないし、見てほしくない。
目の前にいるエリには一刻も早く立ち去ってほしかった。
「・・・・今のあんたって、なんか惨めよね。あれだけ散々強気で偉そうに人を見下しておいて、ホント滑稽よ」
客観的な感想は、自身の主観的な感想と一致していた。
だから、すんなり受け入れることができてしまった。
「ボクに出来ることなんて何もない。それに君たちだけでも十分だろ?ボクはここで見物しておくよ」
「・・・・・・呆れた」
そして、そのまま嘲笑って立ち去る。
そうなると思っていた。
しかし、その後の展開はエリが胸倉を掴むことで変わってしまう。
「ふざけんな!あんたどこまで勝手なのよ!あれだけ人を引っ搔き回しておいて、最後は責任を丸投げするとか、マジであり得ないし!だからあんたは最初からずっと惨めなのよ!」
突然の激昂に思わずたじろいでしまう。
「何が世界を救うだ!何が理由なんて建前に過ぎないだ!今のあんたにそんなこと語る資格なんてないっつーのっ!」
エリは乱暴に手を放した。
その反動で、後ろにあった大木に背中をぶつけてしまう。
だが、痛みを感じている余裕はなく、彼女の言葉に胸が突き刺さっていた。
見上げると、エリはこちらを激しく睨んでいる。
それは憎しみにも近いような顔をしていた。
「あたしは絶対逃げないよ。どんなことがあっても、あたしは自分の信念を曲げたりしない」
エリは戦闘が繰り広げられている場所へと歩を進めていく。
「あんたには・・・・ないでしょうね。そういうの・・・・」
最後にそう言い残して、走り去ってしまった。
「・・・・・・」
ただ一人残された少女。
相変わらず喪失感と虚無感に浸っている。
しかし、そんな彼女の胸の内に湧き上がる何かがあった。
それは沸騰するように激しさを増していく。
気が付けば、手を強く握り絞めて立ち上がっていた。
「・・・・・・ボクは」