第六十八話 それぞれの思い
気が付くと、そこは見覚えのない場所だった。
辺りを見回しても、やはり知らない場所であることに変わりない。
緑が生い茂る木々の中にいて、その内の一本の木に背中を預けている。
どうやら町の中ではないことは確かなようだ。
「気が付いたんだ?」
声がした方に振り返り、咄嗟に身構える。
理由は二つある。
一つは、今の状況を把握しておらず、近くにいる人間が敵か味方か判断できないためである。
そしてもう一つは、目の前にいる少女が魔装をしている魔術師であるからだ。
「ああ、そんな警戒しないで。わたし、君を魔物からここまで非難させたんだよ」
「魔物?」
首を傾げていると、遠くの方で奇声のような大きな音が響き渡ったことに気が付く。
マキナはその音のした方に視線を向けた。
建物や畑、田んぼが広がる町の上空で、三つの影が旋回している。
それらがぶつかる度に、激しい衝撃音を響かせていた。
「あれは、ミツキか?」
その問い掛けに、ユイは頷く。
「そうだよ。みんなを守るために一人で戦っているんだよ」
その言い方だと、他に戦っている人がいないみたいな発言だね。
普段ならそんな嫌味が言えるのに、今は全く言う気分になれない。
なぜだろうか?
「君は行かないのかい?」
「行くよ、すぐに。でもその前にやらなきゃいけないことがあるから」
そう言うと、ユイは地面に魔方陣を展開した。
「マキナはわたしが世界を滅ぼす存在だって思うならそれでいいよ。でもわたしはわたしにしかできないことを精一杯やるだけだから」
その一言を最後に、ユイは瞬間転移でどこかに行ってしまった。
「・・・・・・」
何なんだ、この喪失感は。
胸を締め付けられるような感覚がする。
初めての体験だ。
だがいいものではない。
寧ろ、苦しい。
それに違和感を覚えていた。
今までユイを前にした時は、冷たい殺意みたいなものを感じていた。
なのにさっきは、そんな感情は一切起こらなかった。
「ボクは、いったい何をやっているんだ?」
不意にそんな言葉が出てしまった。
本当にどうなってしまったのだろうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「くそっ、やっぱり分が悪いな!」
俺は空中を大きく旋回しながら呟いた。
二体の鳥型の魔物の体当たりや遠距離攻撃を、回避しながら攻撃を仕掛けようとする。
しかし、相手も高速飛行で回避しているため、中々直撃しない。
それどころか、こちらの方がダメージを喰らい続けている。
防戦一方だ。
本当なら強力な技を出して一網打尽にしたいところだが、生憎そういう訳にはいかない。
それも力の制御に手こずっている状態だから尚更だ。
もし加減を間違えれば、地上にも被害が出てしまう。
現在、ユイが住民の避難に当たっているが、時間はそれなりに掛かるだろう。
それまでこいつらを引き付けておかなければならない。
魔力が持ち堪えてくれるか心配だ。
斧の刃に魔力を込めると、稲妻を走らせて淡い黄色に発光する。
俺は加速しながら飛行し、魔物目掛けて大きく振るった。
が、寸でのところで回避されてしまう。
そして、両サイドから火炎弾と竜巻による攻撃を仕掛けられる。
俺も紙一重といったところで、弧を描きながら斧を水平に振り回す。
雷のエフェクトが大気中に浮かび上がり、攻撃を相殺する。
次の攻撃の態勢を取ろうとする。
しかし、二体の魔物の体当たりに挟まれそうになった。
俺は咄嗟に上空へと飛び上がった。
魔物はその背後を追いかけ、火炎弾と竜巻の一斉射撃を喰らう。
俺は高速で移動しながら避け続けた。
途中、どこかが焼けたような感覚と切り裂かれたような感覚がしたが、気にせず飛び続けた。
雲を抜き、空気を切り裂くような甲高い音が耳元で鳴り響く。
視界も絶えることなく変わり続け、感覚がおかしくなりそうだ。
そもそも空中戦自体、数える程しか行ったことがなく、その反動に身体は慣れていない。
それでも最初の頃と比べれば、マシになっている・・・・・・はず。
だが、今回の敵は完全に空中戦に特化した戦法を得意としている。
熟練度でいえば、相手の方が上だ。
それでも俺は振り切らなければならない。
身体を逸らせ、上空へ旋回しながら方向を変えた。
「一か八か、懸けてみるか・・・・」
俺は一つの魔道具を取り出した。
青いエンブレムの魔道具。
ポセイドンだ。
俺は魔道具から魔方陣を出現させ、それを斧に吸収させた。
一瞬トライデントが見え、斧が淡く発光した。
そして、鋭利な先端を二体の魔物に向けて構える。
「はああああああっ!」
低い唸り声を上げ、魔力をチャージする。
「せいっ!」
掛け声と共に、一気に魔力を解放した。
突き出された刃から野太い雷が一直線に放射される。
分散するはずのエネルギーも、ポセイドンのベクトル操作の効果で一点に集中しているようだ。
瞬きする間もなく、魔物たちに到達した。
が、またしても避けられてしまった。
遠くからでも、二つの影がそれぞれ逆方向に飛んでいるのが見える。
まるで先程同じ展開。
ここまでは計算通りだ。
放たれた雷の一閃は途中、多方向に分散したのだ。
そして、複数に分かれた黄色い閃光は、飛行する魔物を追尾する。
なんとか振り切ろうとしているが、逆に後ろばかり気にしていて心配だった。
なぜなら、放った雷撃は一筋だけではないからだ。
先に放ったものとは別に、遅れて両サイドにも攻撃を放っている。
魔物たちの進行方向に到達すると、こちらも同じく分散した。
内一体は気付いたようで、空中で急停止しようとしているが、もう遅い。
ポセイドンの固有能力を付加させ、雷撃を放ってからコンマ数秒後の出来事だ。
衝撃音と共に、二つの爆炎が舞い上がった。
余剰エネルギーは極力抑えるよう努力したが、やはり爆発してしまった。
「ヤバい。やり過ぎちまったか?」
不安になりながら、地上の方を見下ろす。
当然、一瞥しただけでは細かい変化までは分からない。
このタイミングで、住民の避難が完了していることを願いたい。
煙が晴れたところで、倒せたかどうか目を凝らして確認してみる。
正直なところ、点にしか見えない。
一応視力は通常よりは向上しているが、カメラのズーム機能みたいに拡大して見える訳ではない。
ある程度距離が近くないと、輪郭までは視認できないのだ。
それでも二体ともまだ生存していることは間違いない。
これである程度ダメージが入っていればいいが____。
詳しく状況を確認するため、近付こうとしたその時だった。
向こうから接近してきたのだ。
一体は火炎弾を放ち、もう一体は竜巻を吹かせている。
俺は両手で器用に斧を回し、雷の障壁を作る。
重さはあるが、手から離れそうな程ではなかった。
攻撃が障壁に当たる度に、攻撃の反動が腕に伝わる。
そして、二体の魔物が目の前を通過したタイミングで、すかさず斧を振り上げた。
ガルーダの両足を切断し、グリフォンの胴体に刃が直撃する。
そう、間違いなく直撃したのだ。
だが、手応えがない。
それもそのはずだ。
刃が直撃した際、その箇所が金属のように硬化したのだ。
鈍い音が響き、火花が散る。
「マジかよ!?」
思わず声に出てしまう。
しかし、それだけでは終わらなかった。
たった今斬り落としたガルーダの足の傷口。
そこから炎が燃え上がると、瞬く間に両足が再生されたのだ。
俺は今にして、こいつらの固有能力を知った。
魔力残量があまりない状態でだ。
しかも、今のままでは勝てないということも理解してしまった。




