第五十九話 相容れぬ価値
「どういうつもり?ユイちゃんの命を狙うとか、何考えてんの、あんた?」
エリは怒りを滲ませながらそう聞いてきた。
しかし、生憎それに答えるための思考は全く働いていなかった。
「・・・・・・よくここが分かったね?」
余裕を装うとし、自身の中に芽生えた疑問の解消を試みようとする。
エリは問いに答えなかったことに対し機嫌を損ねたのか、眉を寄せて睨んでくる。
そして、心底呆れ果てたような溜息を吐き、マキナの質問に答えた。
「あたしの種って発信機みたいになっていて、あの根暗男に忍ばせてんの。周囲の状況も視覚的に把握することができるから、今何してんのか分かっちゃうんだよねぇ」
エリはビー玉くらいの大きさの種を摘まんでいた。
マキナはポケットからスマホを取り出し、撮影をした。
画像を開き、拡大して見てみる。
画質が良ければ、それは何の変哲もない種にしか見えない。
しかし、それは確かに魔力の反応があることを示していた。
現に画面には魔力を数値化したものが表示されている。
「つまり、それで彼らの動向を探っていて、たまたまボクが襲っているところまで見てしまったって訳か?」
マキナは理解したことを口にするが、エリは頷くことなく話を続けた。
「本当ならあの二人の安全を確保しておきたいけど、その前に騒動の元凶と直接会った方がいいかなって思ってね」
ここまで話すと、再度こちらの方を真っ直ぐ見据えてきた。
「もう一度聞くけど、何でこんなバカな真似をするの?人を殺そうとしているってことは、それ相応の理由があるってことよね?」
「・・・・・・」
理由。
理由か・・・・・・。
いざ人からその言葉を聞くと、なぜか高揚していた感情が落ち着いてしまう。
そして、何に対してもつまらなく感じてしまい、どうでもよくなる。
「君もそういうタイプの人間なんだね?」
「は?」
エリはまったく理解できない様子で、訝しげな表情を浮かべる。
「理由なんて、所詮行動を起こすための建前に過ぎないよ。それこそ、本来の目的を包み隠して、自身の行いを正当化するものでしかない」
「何を言って・・・・」
「協会だってそうだ。秩序秩序とか言っているけど、実際は自分たちの都合の悪いことを排除したいだけだしね。魔物討伐もその一環って訳さ」
「市民の安全を守るのは当然のことでしょ?」
「そんなの二の次だよ。精々証拠を隠滅のための記憶操作の手間を省きたいとかそういう理由でさ」
「あたしは、違う」
「ああそう、君がどう思うが勝手だけどね」
淡々と語るマキナに対し、エリは嫌悪感を覚えている様子だった。
「えっと・・・・、確かボクが時島ユイを襲う理由がどうとかって話だったっけ?納得する理由が欲しいっていうなら、君が頷きそうな理由を提供するよ」
マキナは左右を一瞥しながら答えると、すぐ近くに設置されているデスクトップPCの前に立った。
キーボードを操作し、どこから出てきたのかプロジェクターの光が天井にぶら下がっているスクリーンに射影された。
スクリーンに映し出されたのは、曲線が波打つ五つの表だ。
どれも同じような波形をしており、まるでシンクロしているようにほぼ同じ動きをしている。
「これは魔物と一緒に出現する黒い穴から発生した魔力の波長をデータ化したものだよ」
右上がみらいフォレストパークに出現した時のもの。
左上がアーケード街に出現した時のもの。
右下が住宅街に出現したもの。
左下が北東エリアに出現したもの。
マキナは順に説明していった。
「そしてこれが問題の奴で・・・・」
と、一旦言葉を途切らせて、もう一つの表を表示した。
「これは時島ユイが魔術を発動する時の魔力の波長をデータ化したものだよ」
それも四つの表と同じ形の波形だった。
「この表と他四つを重ね合わせると・・・・」
表示された五つの表が集合し、一つの表が出来上がる。
言ってしまえば、まるで変化はなかった。
ほんの僅かなズレは見る限りなく、均一に重なり合っている。
「どういうこと?」
エリは問い掛けるが、理解していない様子ではなかった。
ただ理解することを拒みながら、それでも事実を受け入れようとしている。
そんな矛盾に葛藤しているように見えた。
「つまり、魔物出現には時島ユイと何らかの関係性があるんじゃないかって、ボクは予想しているんだ」
マキナは包み隠さず全てを伝えた。
この事実に対し、目を見開いてしまうエリ。
だが、すぐに冷静に疑問点を指摘してきた。
「それって、ホントに根拠があって言っているの?」
その問いにマキナは返す。
「あくまで仮説の段階だね。実際、彼女自身が魔物を呼び寄せている瞬間が録画されていれば確信が持てたんだけど、生憎探してもそういう記録映像はなかったよ」
「つまり、彼女がやったっていう十分な証拠はないってこと?」
「そうだね。でも、ボクは殺すには十分な理由だと思うけどね。だって、協会はほんの僅かな危険因子を排除したい考えな訳だし、咎められることはないと思うんだけどな」
嘲笑しながら、自身の行いの正当性を主張する。
「君だって、世界の脅威は小さいうちに消したいでしょ?」
「・・・・・・」
マキナの言葉に、俯いて一瞬黙り込んでしまう。
図星だったか。
しかし、直後のエリの発言でそうではないことを理解する。
ゆっくりと口を開き、自身の考えを語っていった。
「確かにあんたの言う通りよ。ことが大きくなる前に面倒事は早く片付けたい。そうでないと、後で取り返しのつかないことになってしまう。そんなの誰だって思っていることだし、あたしだってそう。だって何が起こるから分からないから、不安だから・・・・」
「でもね・・・・」、エリは一息ついてから言葉を続けた。
「それで誰かを簡単に踏み躙っていい理由にはならない。否定して命を奪って、それで成り立つ未来なんて、あたしは望まない」
真っ直ぐ見据える瞳は、ある決意を固めているようだった。
「あたしは全部を大切にしていきたい。今も、これから起きる未来も。その瞬間瞬間を大事にしていきたい。あの二人だって、同じだと思うから」
最初から思っていたことだが、やはりエリはあの二人の味方のようだ。
そして、危害を加えている自分は悪。
だから、彼女が何をするためにここに来たのかも見当がついていた。
「あんたはどうなの?話聞く限り、そうでもないような気がするんだけど、結局あんたは何がしたい訳?」
結局問われてしまった。
それとなく、意識を逸らそうとしたが無理だったようだ。
マキナは諦めると、溜息をついて答えた。
「さあね。ボクもボク自身が何者かさえ分かっていないんだ。だからちゃんと答えられる自信はないよ」
マキナはスマホ、もといアテナの魔道具を耳に当てて、魔装コードを呟いた。
「アテナ」
鋼の装甲を纏い、銃口をエリに向ける。
「ただ今は、ボクの邪魔をする奴は誰であろうと消すっていう意思は持っているかな」
敵意を示すと、エリはそれに応えるように左手を前に翳した。
その中指にはロビンフットの魔道具である指輪が輝いていた。
「ロビンフット」
エリがその名を呟いた直後、彼女の足元に魔方陣が展開され、そこから無数の植物の蔓が延びてきた。
瞬く間にエリの全身を覆い、僅かな間の後それらが一気に解き放たれる。
それは狩猟者にしては高貴で可憐な姿であり、美しかった。
だが、その優雅さに反して少女の表情は穏やかではない。
彼女もまた、敵意を向けていたのだ。
「ここであんたを止める」
「やれるものならやってみたまえ」
闇に包まれた倉庫内で、今まさに二人の魔術師の死闘が始まろうとしていた。