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第四十六話 潜む牙

 そこは辺り一面が緑で覆われていた。

 山の中というのもあるが、普段コンクリートで囲まれた場所で生活していたため、どこか新鮮な気分になる。

 以前に行ったみらいフォレストパークはアートとして作られたものだが、この森林は自然な形で形成されている。

 綺麗に整えられておらず、無造作に生えた樹木は歪なものとなっている。

 森が生きている。

 まさにその言葉を体現したような景色だった。


「凄いな、ホント」


 ユイは上空で見下ろしながら、そう呟いた。



 ある程度場所と景色を把握し終えると、エリたちが待機している橋の方へと戻った。


「どうでしたか?」


 エリはタブレットを片手に聞いてきた。

 ユイ同様魔装している。


「んんまあ、全部を把握したっていう訳じゃないけど、それでも見たものはしっかり記憶しておいたよ」


 ユイは頭を指差して答えた。


「しかし、少々不便ですわね、あなたの瞬間転移。能力自体は強力ですが、一度行った場所で尚且見た景色を詳細に覚えていないと、その場所に転移できないというのがなんとも・・・・・・」

「まあそれはホント自分でもそう思う」


 口角が引きつり、苦笑いが浮かんでしまう。

 最近使える魔法も増えて、そこそこ使いこなせるようになったが、まだ欠点だらけである。



「・・・・・・」

「どうしましたか?」

「あ、いや、なんというかその・・・・・・」


 ユイはエリの方に近付き、小声で話し掛ける。


「ちょっと口調がいつもと違っていて、それがどうも気になるというか・・・・」

「仕方ないでしょ、今近くに仕事の関係者がいるんだから。それくらい慣れなさいよ」


 エリは横目で遠くの方にいる魔術師たちに視線を送る。


「安心しなさい、作戦中は素の口調で話すから」


 そう耳打ちすると、そのまま魔術師たちの方へ走っていった。

 どうやら何か指示を出しているらしい。


「主任って、いろいろ大変なんだね」


 そんなことを呟くと、反対側にあるトンネルの方に視線を向けた。



 老朽化で整備されなくなったためか、悪臭や湿気が凄まじく、ボロボロで薄気味悪い存在感を放っている。

 まさに如何にもといったような場所だ。


「本当にいるのよね、あの向こうに魔物が」


 ユイは不安と決意を抱いたまま、闇の奥に潜む怪物を見据えた。



 この場所は二十年程前までは高速道路として、多く車が行き介していた。

 しかし、都市開拓の際に新しく造られた高速道路によって封鎖される形となり、以後誰も立ち寄らなくなったとされている。

 一切手入れされていないため、時間経過と共にトンネル事態も廃れていき、五年前には中が崩壊したとか。

 その不気味な形相となったことから、最近では心霊スポットにも取り上げられるようになった。



 さまざまな噂が流れたが、一番新しいのがニホンオオカミの霊が夜な夜な遠吠えを上げるというものらしい。

 本来ならその類のものはあくまで噂なので信憑性はないが、実際に存在するし死傷者が出ているから質が悪い。

 放っておけば、その噂を嗅ぎ付けて多くの被害者を出してしまうだろう。

 つまり、手を打つなら今ということだ。



 因みにこの話は先程、車内でエリから聞いた話である。

 他にも気になる話題はあったのだが、生憎それを聞く前に現場に到着してしまい、早々多忙となったため訊きそびれてしまった。

 そしてユイはその間に、瞬間転移のための現場周辺の地形を記憶していた。

 面倒な発動条件だと思っていたが、エリが現場の指揮を執っている間の時間を費やすには丁度よかった。



「そろそろ、作戦会議をしましょう」


 向こうからエリが話し掛けてきた。

 仕事がひと段落付いたようだ。


「普通、作戦会議って最初の方で考えるものじゃないの?」

「こっちにも都合があるの。上の方針でできる限り被害は最小限に抑えてほしいってことだし、その範囲内で作戦を考える必要があるのよ」

「縛りプレイ?」

「厳密にいえばそうね・・・・」


 エリは困惑した表情で答えた。


「魔術師によって得意な戦法も異なってくるし、複数人だとお互いの長所を生かして連携を取っていくのがベストね。あたしなら植物を操ったり、成長を促したりする能力かな」

「わたしだったら、光弾出したり、瞬間移動したり、予知能力があったりで・・・・・・あれ?わたしの能力ってあまり纏まりない?」

「ま、まあ能力の一貫性についてはこの際置いておいて、次は敵の情報ね。今までの魔物は出てきて早々戦闘だったから、何も情報がない相手と戦っていたのよね」

「確かエリさんは今回の相手と同じ個体と戦ったんだよね?」

「ええそうよ。だから敵の能力も一緒なんじゃないかって思うけど、他の二体は情報がハッキリしていないからそう断定するのは危険かもね」



「二体、か」


 ユイは一度魔物と戦ったことがある。

 だからその強さも嫌という程知っているし、その残虐性もこの身で味わっている。

 あの時もそうで・・・・・・


「・・・・・・あれ?」


 何かを思い出そうとしたが、ノイズが邪魔をしてしまう。


 あの時、一人で戦った結果どうなったんだっけ?


「どうしたの?」

「え、いや・・・・・・何でもない」



 それからユイとエリは数分程作戦を話し合い、最後に現場の調整を行うと、いよいよ討伐任務が開始されようとしていた。


「現場から二キロ圏内は封鎖しているわ。この領域から被害を出さず、二体の魔物を討伐する。それが今回の任務よ」

「了解!」


 ユイは再度覚悟を決めるべく、力強く返事をした。


「作戦開始まで十五秒前!」


 十五、十四・・・・と、口頭でカウントをする。

 十秒前になったところで、ユイは『未来観測』を発動した。



 五、四、三・・・・

 ユイは前傾姿勢になり、動き出す態勢をとる。



 二、一・・・・


「作戦開始!」


 エリの号令と同時、二人はトンネルの方へと勢いよく駆け出した。



 日向と日陰の境界線に差し掛かった瞬間、


「飛んで!」


 と、咄嗟にユイは叫んだ。

 直後、二人は一斉に高く飛び上がった。

 下方では無数の鎖が、自分たちがいた場所を覆い尽くしていた。

 着地すると、すぐに戦闘態勢になり、奥の方に警戒を送る。

 ユイはクロノステッキを構え、エリは手に持っている種子を弓に変化させた。



 真っ暗な闇の中、ゆらゆらと動く四つの光。

 それが二体の魔物の眼であることに気が付いたのは、僅かに入っている光で闇が薄くなったためである。

 二体の狼男。

 グルルルッと獣のような呻き声を上げ、手足には鎖が纏わりついていた。

 まさにエリが言ったとおりの見た目だ。



「やけに血の気が多いわね。飢えてるのかな?」


 狼男は二体とも、大きな口から夥しいよだれを垂らしていた。


「みたい、のようね」


 エリは引きつった表情で答えた。


「「があああぁぁっ!」」


 二体の狼男は問答無用で一斉に襲い掛かってきた。


「うわっ!」

「くっ!」


 咄嗟の判断で、横に飛び込みなんとか回避することに成功した。

 それから二人も行動を開始する。



「作戦通りに行くわよ!散会して相手の攻撃を回避しつつ、的確にダメージを与えていくこと!もし予想外の出来事が起きても冷静な対応を怠らないこと!」

「了解!」


 エリが早口で指示を出すと、ユイはそれに答える。


「それと、あの鎖にだけは警戒しなさい!」

「言われなくても!」


 二人は狼男の背後に素早く立ち回ると、それぞれ攻撃を仕掛けた。


「そりゃあ!」

「せいっ!」


 ユイは光弾を放ち、エリは矢を射た。

 攻撃は二発とも相殺されてしまったが、追撃せずすかさず移動する。

 その間に狼男たちは火炎弾を放つが、難なくかわした。

 立ち止まり、二発目の光弾を撃とうとした際鎖が伸びてきたので、攻撃を中断して回避する。

 エリの方も同じような状況だった。



 ユイたちが放った攻撃を狼男は巨大な鋭い爪で無力化し、火炎弾と鎖で反撃をしてくる。

 時には俊足と鋭い爪で襲い掛かってくることもあったが、ユイは瞬間転移を、エリは樹木を出現させて、これを凌いだ。

 閉鎖空間というのもあり、攻撃の手は耐えることなく続き、魔力も体力も徐々に削られていった。



「これ、ちょっとヤバくない?全然隙がないんだけど」


 既にユイは息絶え絶えになっている。


「おかしいわね、前は結構楽に倒せていたはずなのに。やけにしぶとい」


 そう言葉を漏らすエリも息が上がっていた。

 鎖には触れないように警戒していたため、鎖の作用によるものではない。

 純粋に体力が消耗しきっているのだ。



 対して、二体の狼男は疲れている様子は全くない。

 そもそも体力という概念が奴らに存在しているのだろうか。

 疑問に感じながらも、次の攻撃に備えようとした。



 狼男の手足に巻き付いていた鎖がうねうねと動き出す。

 今度は捕縛か?

 そう思ったが、何かが違っていた。

 鎖が手元に集中すると、特定の形へと変化したのだ。

 こちらから見て、左は槍を、右は二本の剣を携えている。



 エリから聞いた情報では、そんな武器を作る内容はなかった。


「あんなの知らない」


 横でそう呟いているということは、今回初めて見るものなのだろう。

 若しくは、今に至るまでの間で得た能力なのかもしれない。

 とにかく、今が危機的状況であることに変わりない。



「「があああぁぁっ!」」


 吠えると二体は同時に襲い掛かってきた。

 反射的にユイたちも動き、回避しようとする。

 エリはそれに成功したかどうか分からないが、生憎ユイは失敗してしまった。

 体力の消耗によって動きが鈍くなってしまったのか、襲ってきた狼男の槍のリーチが長いためか。

 恐らく、その両方だろう。

 振り下ろされた槍の先端が、ユイの腹部を裂いたのだ。


「ぐっ!」


 短い悲鳴を上げ、傷口から血を噴出す。

 この時、一瞬だけ力が抜けるような感覚がした。

 形が変わっても、鎖だった時の能力は健在らしい。

 なんとか倒れず、踏み止まることに成功した。



 傷自体は浅かったが、やはりダメージはある。

 正直、地味に痛い。

 体力も魔力も吸い取られているようで、これ以上攻撃を受けるのは望ましくない。



 追撃に備え、態勢を立て直そうとする。

 が、そんな暇はなく攻撃を仕掛けられ、咄嗟に脇に飛び込んだ。



 これにより、ユイは槍を所持した狼男と、エリは二本の剣を所持した狼男と対峙する形となった。

 エリがどういう状況なのか、たまに視界に入る程度で殆ど確認できていない。

 それも自分自身がその余裕がないからだ。



 狼男は槍を持った途端戦い方そのものが変化した。

 長いリーチを生かした攻撃は近付くどころか、攻撃する隙すらなかなか与えてくれない。

 咄嗟に出した光弾も槍であっさり相殺されてしまう。

 瞬間転移も殆ど役に立たなかった。

 はっきり言って、相手をするには非常に分が悪い。

 それでも僅かにできた隙を見逃さないよう、只管戦い続けた。



 そして、とうとう限界が来てしまったようだ。

 もう突進で襲い来る狼男。

 手に持つ槍の先端は、胸部を狙っていた。

 回避しようとするが、反応が遅れてしまった。


「しまった!」


 地面を蹴るが、勢いがつかない。

 瞬間転移を発動しようにも、もう手遅れの状態だった。

 ユイは死を悟り、悔しさを抱きながら目を瞑ったその時だった。


「ユイちゃん!」


 エリの叫び声が聞こえ目を開く。

 見ると、一粒の種が宙を舞っていた。

 種の殻を破るように根や茎、枝が出現する。

 根を下ろすと、忽ち樹木へと成長した。

 槍はそれに貫通し、攻撃の魔の手から逃れることになる。



 尻餅をつくや否や、ユイは声のした方に視線を向けた。


「!?」


 それは衝撃的な光景だった。

 エリが狼男の剣に斬りつけられた瞬間だったのだ。

 彼女の身体は力なく、地面に倒れてしまう。


「え・・・・ウソ、でしょ?」


 すぐには理解できなかった。

 しかし、仰向けになって動かないことがその証拠だった。


「そん、な・・・・・・」


 ユイは自分の不甲斐なさに落胆してしまった。

 グルルルル、と二つの唸り声が迫ってきているが、立ち上がる勇気がない。

 全てに絶望してしまう。


「ごめん・・・・本当にごめん」


 今はいない誰かに謝罪の言葉を何度も口にする。


「があああっ!」


 槍を持った狼男が雄叫びと共に襲い掛かってきた。



 しかし、それは突然横から入ってきた何者かによって阻止された。

 狼男の巨体に抱きつく存在。

 それは傍らで倒れているはずのエリだった。

 いや、エリではない。

 表面に浮かぶ木目のような筋が見えるのだ。


「・・・・人形?」


 どう見てもそうにしか見えなかった。



 いろいろ言いたいことはあるが、とにかく人形のエリが自分を助けてくれたということだ。

 では、本物のエリはどこにいるのだ?

 まさか『エリは人形だった』という衝撃展開な訳ないと思いたい。



 狼男はエリ人形を剝がそうとするが、びくともしない様子だ。

 それ愚か、エリ人形の形が徐々に変化していき、木の根が巻き付いたような歪なものへと化した。

 その後、地面に吸い込まれるように狼男もろとも、姿を消してしまったのだ。



「いったい何が起きているの?」


 困惑していると、耳元でピピピッという電子音が鳴った。

 作戦開始前、エリから借りたインカムの着信音。

 ユイはそれに軽く手を添え、着信に応じる。


「あの?これはどういう・・・・」

『ごめん、驚かせて。寸でのところで人形とすり替わったのよ』


 エリは言葉を遮り、早口で要件を話し始めた。


『今、槍を持った狼男はこことは別の場所に移動させているわ。あんたじゃ相性悪そうだし』

「はい」

『それにその場所だと、あたし上手く戦えないから有利に戦えそうなところに移動しようって考えたのよ。ホントは二体とも連れて行きたかったけど、一帯が限界だったわ』


 「だから・・・・」、と一瞬溜めて言葉を続ける。


『悪いけど、そいつの相手お願いできる?一応、あんたの魔力回復しておくからさ』

「・・・・・・大丈夫」


 不安だったが、自分の中では「無理」と答える選択はなかった。



 着信を切り、足元に目を向ける。

 先程まで生えていなかった草花が戯れており、緑色の胞子のような光を照らしていた。

 感覚的には何も感じなかったが、魔力が回復していることだけは分かる。

 ゆっくりと立ち上がり、目の前にいる敵と対峙する。


「二刀流、か・・・・」


 既視感がある。

 魔術訓練の時、よく戦う相手が二刀流使いだった。

 不意に口元が緩んでしまう。


「あなたとミツキを一緒にしたくはないけど、特訓の成果を見せつける時だわ」


 クロノステッキを構え、能力を発動する。


「十秒後に仕留めてあげる!」


 掛け声を発した瞬間、狼男は二刀流を携えて襲ってきた。

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