第四十一話 思わぬ再開
「おい、あいつスゲーよ。連勝だぞ、連勝」
「ああそうだよ。あいつここの常連で、一度も負けたことがない無敗の王だぜ。俺いつもここ来てるからよく見かけるけど」
「まさかプロゲーマーか」
「あり得るな」
以前にも聞いたことのある会話が、後ろの方から聞こえる。
しかし、否定する気にはなれなかった。
だからといって肯定しているわけではない。
ただ、何に対しても無関心になり、やさぐれているだけだ。
俺が住んでいる街が未来市の東側だとすると、ここは西側にあるゲームセンターだ。
数日前からずっと通い詰めており、朝から昼過ぎまで入り浸っている。
人通りも少なく、質素な場所であることから、俺にとっての穴場スポットになっている。
特に今プレイしているアーケードゲームに至っては、連勝記録を更新し続けている。
画面に映し出される『WINNER』表示は何度見たことか、全く覚えていない。
それゆえに負けたことがないため、ゲームとしての面白さは自分の中でなくなっている。
正直飽きた。
俺は椅子から立ち上がり、軽く背伸びをする。
ポキポキと音を鳴らしながら肩を回し終えると、ゲームの筐体から離れた。
現在時刻を確認しようと、パーカーのポケットからスマホを取り出す。
画面を起動すると、十三時を七分過ぎた時間が表示されていた。
「そろそろ帰ろうか」と周囲に設置されたゲームの筐体を見ながら入り口に向かう。
クレーンゲーム、メダルゲーム、エアホッケー。
いろいろな種類があったが、不意にシューティングゲームの筐体に目が留まった。
正確には、そのゲームをプレイしている少女が気になったからである。
見た目からして小学生くらいに見える。
フード付きの薄い上着を羽織っており、ショートパンツを履いている。
特に目立った特徴といえば、小さな頭より一回り大きいベレー帽を被っている点だ。
この服装を着こなす人物は知人にいなかったと思うが、なんとなくどこかで会ったことがあるような気がした。
それはもう最近のことだったか、遠い昔のことだったか、曖昧な時期だったはず。
思い出そうとして首を傾げていると、
「そんなにまじまじと見られると気が散るのだが・・・・・・」
画面に『CLEAR』と表示されるのと同時に話し掛けられた。
こちらに振り返り、幼い少女の可愛らしい顔が露わになる。
「学校をサボってゲーセンに通い詰めるとか、感心しないね」
少女は不敵な笑みを浮かべて答える。
「お前・・・・・・・・それお互い様じゃね?」
「ハハ、そうだね。こんな平日の昼間から高校生が二人、ゲーセンにいること自体問題あるよね」
「自覚はあるのかよ・・・・・・てか、お前の場合小学生と間違われそうだな」
少女は冷めた目でこちらを見ている。
「冗談だって。見た目があんまし変わっていなかったから、ちっと驚いただけだ」
「これでも一、二センチは伸びたはずなんだがな~」
そう答えるが、冷ややかな眼差しはそのままだった。
「久しぶりだね。中学二年の確か・・・・文化祭の前後ぶりかな?」
頭の帽子を持ち上げ、少女黒鉄マキナは軽く会釈をした。
「そうだな。正直、もう二度と会えないと思っていたよ」
実際は『もう二度と会いたくなかった』のだが、敢えてそういう言い方にした。
「そうかな?ボクはそう思わないよ。だってボクなら『会おうと思えばいつでも会うことができる』しね」
含みのある言い方だ。
俺はその意味を理解したくなかったし、少しでも考えようとすると背筋が凍り付いてしまいそうだ。
「ハハ、冗談だよ、冗談」
わざとらしく声を上げて嘲笑する。
それがどこまでが『冗談』なのかは定かではないが_____。
「まあ、何だい?立ち話もなんだし」
「どこかの喫茶店でお茶でもしないかい?」と続くかと思ったが、マキナは筐体に付いているホルスターから銃を抜き出した。
「ボクと一緒に遊ばないかい?」
「・・・・・・」
俺は差し出された銃をしばらく見つめてから問う。
「何で?」
「何でって・・・・ゲームしながら世間話をしようと思って」
「俺がその提案に乗ると?」
「そこは君次第だが・・・・もし悩みがあるなら話だけでも聞こうかと思って。あの時みたいに」
「・・・・・・」
一瞬考えて、溜息を吐きながら答える。
「わかった。ただし、一回だけだからな」
気が進まなかったが、俺はマキナの提案に乗ることにした。
銃を受け取り、百円玉を投入しようとすると、「相談料も兼ねてボクの分も払ってくれ」と言われたので渋々もう一枚消費することになった。
ちょっとイラっとした。
画面に『シングルモード』と『対戦モード』が表示される。
『対戦モード』を選択し、暫しの読み込みマークを待ってから、ゲームがスタートした。
迫りくる敵を、照準を合わせて撃っていくという、至ってシンプルなゲーム。
初めてプレイするが、コンピュータ補正もあり難しいものではなかった。
シューティングゲーム自体あまり得意ではないが、これなら楽しめそうだ。
それから順調に敵を撃ち倒しながらポイントを稼いでいると、
「最初の話に戻るが、君が学校をサボっている理由を当ててみようか?」
マキナが画面に視線を向けたまま話し掛けてきた。
その問いに返答することなく、俺は無言で引き金を引き続ける。
「特別不機嫌なことがあったから・・・・・・例えば、あることがきっかけで学校に行けなくなってしまったとか?」
何も答えず、着実にポイントを稼いでいく。
「クラスメイトに迫害され居場所がなくなり、自棄になって信じてくれた友達を拒絶してしまった」
ゲームも終盤に入り、出現する敵の数も増え始める。
その処理が意外と大変で、急に難しくなった。
「そこから本格的に自暴自棄になり、行く当てもなく彷徨っていたらここに流れ着いた、と?」
途中からやけくそ気味になり、最後は悲惨な結果に終わった。
スコアを確認すると、俺とマキナとでは十倍近く差がついていた。
「お前・・・・・・最初から全部承知の上で話し掛けただろ?」
別に勝負をしていたわけではないが、圧倒的点数の差に思わず愕然としてしまう。
「ボクは君の事情を知らないとは一言も言っていないけどね。それに君のクラスの情報はある程度把握しているつもりだよ」
マキナは画面に表示されたスコアを見て、満足げな表情を浮かべていた。
「クラスのあっちこっちで話題になっているよ。『帰宅部の陰キャが県大会に出場経験のあるモテ王に勝負を挑んで逃げ出した』って」
「随分不名誉なあだ名が付けられてるなぁ、俺・・・・・・」
「その情報から導き出される仮説を、今証明しただけさ」
得意げに語るが、悪趣味にも程がある。
「・・・・何?俺を冷かすために、わざわざ自分も学校サボってこんなところまで来たの?」
「違う違う。確かに学校はサボったが、あくまで別件の用事だからね。それにここに立ち寄ったのもほんの偶然さ」
「へぇ・・・・」
胡散臭いなと思ったが、問い詰める理由はなかったので聞き流すことにした。
「まあどうでもいいけど。これ以上特に用がないっていうなら、俺はここで置賜させてもらうぜ」
銃をホルスターに戻し、そのまま出入口の方へ歩き出そうとする。
「君がバスケ勝負に間に合わなかった理由って、魔物が現れたからだろ?」
そう問い掛けられたので、Uターンして戻った。
周囲を確認して、顔面を目と鼻の先まで近づける。
「お前バカか!?そんな周りに聞こえそうな声で言うか、普通?」
小声で注意すると、マキナは相も変わらう涼しい顔で話す。
「そういうところ無頓着だと思ってたけど、割と神経質なんだね」
「お前なぁ・・・・・・」
「話は戻るが、魔物の出現により勝負に間に合わなかった。勝負に逃げたと誤解されるが、どの道理解してもらえないのが現状。さらに魔術師として戦うことと普通の高校生として平凡な生活を送ることの両立に悩まされている。違うかい?」
「・・・・・・」
「頷かないということは正解ということで捉えておくよ」
マキナは銃をホルスターに戻した。
「はっきり言わせてもらうが、両立なんてそこまで難しいことじゃないさ。ちゃんと自分のできる範囲のことを考えて生活していればね・・・・・・まあボクの場合、両立とは無縁の生活をしているから一般論になるけど」
「・・・・・・何が言いたい?」
眉を顰めて訊くと、人差し指を上に向けて発言を続ける。
「君だって考えていなかったわけじゃないだろ?いつ現れるかわからない敵を相手にしているし、約束事をするなんて無謀なことはしない。ならどうして明確な日程まで決めて勝負をすることになったのか?」
口頭で状況を整理すると、一つの答えを導き出す。
「高宮タクミが君にとって不愉快な言動をしたから。例えば、時島ユイのこととかね」
これによりマキナは全てのピースを嵌めてしまった。
ここまでお見通しだと、もう何も言うことができない。
彼女の洞察力と推理力は、探偵顔負けの見事なものだ。
「特に君は、彼女のためなら手段を選ばない節があるからね。以前ボクに土下座をして頼み込んだ時とかがその例かな」
最後に根拠を述べたが、それが少し悪意を感じた。
「間違いはあるかい?」
「ねぇよ、だいたい合ってる。怖いくらいにな」
先程のお返しのつもりで悪態をつく。
「で?」
「で?とは?」
俺の反応が予想外だったのか、マキナは首を傾げる。
「それで俺にどうしろっていうんだ?言っておくが再戦する気はねぇぞ。また同じように魔物が現れて勝負できなかったら意味ねぇしな」
だからもう二度と同じ過ちはしない。
それが賢明な判断だと思っている。
しばらく学校に居場所がないが、ほとぼりが冷めれば戻ることができる。
それまでは無理せず、こうして時間を潰していればいい。
その間に魔物が現れたなら、その度に戦えばいい。
俺は魔術師で、それが使命なのだから_____。
「本当にそうなのかい?」
「何?」
「そもそも君が魔物と戦わなければいけないって誰が決めたんだい?魔装できる人間だって君以外他にもいるのに、どうしてだい?」
何を言っているんだ、コイツは?
当然のことに疑問を抱き始めたので、不審に思ってしまう。
「俺は・・・・もう誰も傷付いてほしくないから」
「それは君の私情だろ?魔術師の使命とは全く関係ない」
あっさり否定されてしまった。
確かにマキナの言う通りだが、それでも戦う理由にはなっているはずだ。
「ボクなら勝負の方を優先するかな。魔物退治は他の人に任せて、後で合流するとか言ってね」
「そんなの勝手すぎるだろ」
「そうかな?逆に事前に予定を決めていたのにドタキャンする方がよっぽど勝手なような気がするが」
「状況が違うだろ!」
「大切な友人が関わっているようなことでもかい?それで傷付けてしまっては守ってないのと一緒だよ」
「・・・・・・」
そこまで言われて何も言い返すことができなくなった。
「もっとちゃんと考えるべきだよ。君にとって本当に大切なことは何か?」
マキナがポンッと肩を叩くと、そのまま入口の方へと歩いて行った。
「・・・・本当に大切に思っているならね」
途中そんな声が聞こえたような気がしたが、その真意を訊く前にマキナは店を出て行ってしまった。