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第三十八話 樹海の狩人

 先手を打ったのは狼男の方だった。

 両手を翳し、腕に纏わりついた鎖を伸ばしていく。

 どうやらミツキ同様、エリの魔力と体力を吸い取るつもりらしい。



 エリはそれを迎え撃つが如く、猛スピードで駆け出す。

 途中鎖に行く手を阻まれそうになるが、それを鮮やかな身のこなしで回避していき、狼男との距離を一気に縮めた。



 風魔法と強化魔法を木剣に付与し、刀身が緑色に発光し風のエフェクトが浮かび上がる。

 懐に入ると、力を解き放つように横なぎに剣を振った。

 緑色の閃光が扇状に描かれ、消滅と同時に屈強な胸筋に傷をつける。



 一瞬怯んだように見えたが、狼男は奇声を上げながらその鋭い爪を振り下ろした。

 が、その攻撃を先読みしていたため、余裕で回避する。

 さらに二撃を加えた。



 黒く濁った血しぶきが舞う中、狼男は渾身の力を込めて炎を吐き出す。

 僅かに危機感を覚えたが、地中深くの植物の根の成長を促した。

 寸でのところでコンクリートの地面を突き破った樹木が出現し、防ぎきることに成功した。



 ここで一旦態勢を整え直すため、二、三歩程大きく後退した。

 着地した時には、狼男は燃え上がる樹木を乱暴に切り裂いてバラバラにしていた。

 遠吠えとは程遠いほどがさつな雄叫びを上げ、一直線に突進してくる。

 両腕には禍々しい紫のオーラを纏っていた。



 エリは「あの攻撃を受けてはマズイ」と直感すると、手のひらに数個種を生成した。

 狼男との距離が僅か一メートルギリギリのところで、回避と同時にそれらをばら撒く。

 そして、すぐさま種のストックを生成する。



 ばら撒かれた種から膨張するように木の根が出現し、瞬く間に狼男よりも大きい樹木へと成長した。

 狼男は動揺することなく、腕を大きく振りかぶる。

 が、先程とは違い疎らな木の表皮に薄らと爪痕を刻む程度だった。

 動きが止まり、突如現れた巨大な樹木を茫然と眺め始める。

 その隙を逃すまいと、種を生成してはあちらこちらに撒いていった。



 地に着いた種は次々と急成長を遂げ、一帯は木々が密集する樹海へと姿を変えた。

 エリはそこから範囲外にある建物の屋上に移動した。



 遠くから見ると、辺り一面が緑に覆われており、一種の特殊な空間を形成している。

 中で獣の雄叫びが樹皮を切り裂く乾いた音が聞こえ、炎が舞い上がっていた。

 そのため目を血眼にしなくても、だいたいの位置は把握できた。

 しかし、あくまで『だいたい』なので詳細な位置を特定すべく、全ての樹木の構造を再確認する。



 この人工的に作られた樹木は、エリ自身の能力によって生成されている。

 また養分は微量な魔力であり、それだけで本来数百年要する成長過程を、ほぼ一瞬で巨大な樹木に成長させることが出来る。

 魔力はエリから遠隔で供給されているため、養分の不足で枯れることはない。



 そして、魔力は樹木の葉の先まで行き届いており、絶えず循環している。

 構造の確認は、厳密には魔力の流れを感覚的に察知するということである。

 つまり、その流れを阻害する箇所があれば、それが狼男のいる位置ということだ。



 断続的に魔力の流れが途切れているということは、狼男は樹木を切り倒そうとしているのだろう。

 熱を感じるということは、火炎弾で焼き払おうとしている。

 エリは狼男の位置を特定すると、植物の蔓を伸ばし、狼男の両手足を捕縛した。



『魔力供給』


 能力を発動し、狼男から魔力を吸い上げていく。

 それが樹木たちを介して、エリの身体へと送り込まれていく。

 全身から満たされる感覚がした。



 懐から異様な形をした注射器を取り出した。

 仕組み自体は従来の注射器と変わらないが、魔法により採取した血液を一定期間保存することができる効果がある魔具だ。

 これである程度弱らせた後でサンプルを回収する。

 今回、エリが魔物と戦う目的の一つである。



 狼男は蔓から逃れようと必死に抵抗をしている。

 が、あの剛腕では蔓を引き千切ることはできず、徐々に魔力を吸収されている状態だ。

 エリは勝利を確信し笑みを浮かべる。

 そして、突如襲った身体の違和感により表情が強張ってしまう。


「ぐっ!」


 突発的な疲労感により、思わず膝をついてしまう。

 状況を再度確認しようと感覚を研ぎ澄ませる。

 樹木に何かが巻き付いており、その何かによって魔力が吸い取られている。

 エリはその何かが何なのか、先程のミツキとの戦闘ですぐに理解した。


「あいつ、樹木に鎖を巻き付けてあたしの魔力を吸い取ってる・・・・・・!?」


 目には目を、魔力供給には魔力供給ということか。



 しかし、魔力を吸収している量に関してはほとんど同じである。

 つまり、エリと狼男との間で魔力が循環しているということだ。

 なら、この全身を襲う疲労感は何なのだろうか?

 狼男の魔力供給による副作用か、それとも魔力の循環により身体に負担が掛かっているのか。

 先程のミツキの戦闘から推測するに前者の方だろう。

 だとすれば、魔力の枯渇を待つのはあまり得策ではない。



 エリはそう判断すると、ゆっくりと立ち上がり、手に持っている木剣を弓に変形させた。

 左手に持ち替え、右の手の平から種を出現させて、矢の形へと成長させる。

 矢尻を弦に引っ掛け、勢いよく弓を引く。



 拘束を解くと逃げられるので、蔓はそのままにしておく。

 しかし、相手の鎖により、魔力は絶えず循環している状態で、自分には疲労が蓄積される一方だ。

 つまり、ここで決着をつけるしかない。



 目視では生い茂る緑により狼男の姿を確認することができないが、感覚で位置は特定している。

 後はピンポイントに照準を合わせるだけだ。



 疲労は両腕にもあり、プルプルと震えている。

 立っているのも少しきつい程だ。

 集中力も気を抜けば、途端に散漫してしまいそうだ。



 エリはそれらを押し殺し、的である狼男に全意識を集中させた。

 そして_____。






 矢は放たれ、葉っぱや枝に掠ることなく、狼男の口部を貫通した。


「が、か・・・・・・ああああ・・・・・・」


 悲鳴にしては随分弱々しい声が聞こえた。

 同時に魔力と体力が吸い取られるような感覚はなくなった。

 エリはその場で座りたかったが、最後に目的を果たすためなんとか踏ん張る。

 一帯を覆う樹海を消滅させ、建物から降りると狼男の方へ駆け寄った。



 筋肉質で大柄な巨体が、無気力な状態で倒れていた。

 喉に木の矢が刺さっており、黒い血を噴出しながら痙攣している。

 手足に撒かれていた鎖も無造作に散っていた。



 エリは徐に注射器を取り出し、狼男の首元に突き刺した。

 自動的に吸引され、瓶の筒に黒い液体が抽出されていく。

 満タンになったところで抜き取ると、狼男は動かなくなっていた。

 黒く腐食し、塵となって大気へと散っていく。

 その一部始終を見届けたエリの拳は強く握られていた。

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