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第三十七話 人狼の鎖

 現場に到着すると、そこは悲惨な光景が広がっていた。

 周囲の建物は半壊しており、道端に瓦礫の山が散らばっている。

 赤い鮮血がねっとりと染み付いており、倒れている人も数名見掛けた。

 「痛い・・・・痛い」と苦しむ人の声や子供の泣き喚く声がこの惨事の深刻さを嫌という程分かってしまう。


「申し訳ありません。現在道が塞がっており、ここまでしか送迎することができません」


 茫然としていたが、黒スーツの男性の声を聞いたことで我に返った。


「・・・・・・ああ、大丈夫だ」


 救急隊員に担ぎ込まれる女性とその子供らしき女の子の姿を一瞥しながらそう答えた。



 交戦中と言われた場所は、ここから百メートル近く離れた位置。

 走って向かっていたが、人がいなくなったところで魔装し、そのまま先へ進んだ。

 全力で走ったことにより、二分も掛からずに到着した。



 黒いローブを羽織った魔術師たちが数名いて、一体の魔物に攻撃魔法を仕掛けていた。

 しかし、魔物には効いている様子はなく、鋭い爪で次々と人を切り裂いていった。

 傍らには夥しい量の鮮血を流した魔術師たちが倒れていた。

 どうやら状況は劣勢らしい。


 流石にここは撤退させた方がいいな。


「そこの魔術師たち!今すぐ怪我人を連れて撤退しろ!ここは俺が引き受ける!」


 瓦礫から二本の剣を生成しながら呼び掛ける。

 すると、一人の魔術師が気付いたようで、他の魔術師たちに知らせた。


「撤退だ!怪我人を連れて戦線を離脱するぞ!」


 俺が言ったことをそのまま伝え、魔術師たちは防御魔法を展開しながらその場から立ち去った。

 正直、自分の立場上聞く耳を持たないかと思ったが、融通の利く連中で助かった。

 まあ、もう少し早くそう判断してほしかったが。



 俺は魔物がいる方向に視線を向け睨みつけた。

 最初見た時の印象は、映画や本とかで見る『狼男』のようだった。

 目測で二メートル以上ある巨体で、両手足には鎖の装飾が巻き付いている。

 牙や爪は鋭く尖っており、血の跡がついている。

 その凶器で大勢の人の命を無差別に奪っていったのだろう。

 想像するだけで吐き気がする。



 俺は剣を構え、いつでも動き出せる態勢を取った。

 魔物もとい狼男も低い唸り声を上げ殺気を放っている。

 その形相は獲物を刈ろうとする肉食動物のようだった。


「がああぁっ!」


 吠え、鋭い牙をむき出しにし、悪鬼の如く突っ込んできた。


「問答無用かよ」


 前回までそういう奴らと戦ってきたはずだが、今回は動き出すのが速かった。

 一瞬反応に遅れ、身構えるのに精一杯だった。

 振り下ろされた剛腕から五本の弧が描かれる。

 それが視界に入った途端乾いた衝撃音が鳴り響き、粉々に散った破片が宙を舞った。


「ちっ!」


 俺は破壊された剣を捨て、前方に風魔法を発動させた。

 出現した魔方陣から突風が吹き、狼男の巨体が吹き飛ばされる。

 これにより追撃の回避に成功した。



 俺は再度剣を生成し、今度は一回り大きいサイズのものを作った。

 脳裏に先程の光景を思い浮かべる。



 半壊した建物周辺で倒れる人々。

 命を赤い鮮血と共に吐き出し帰らぬ人となった犠牲者。

 そして、担ぎ込まれる意識不明の母親の傍らで泣きじゃくれる少女。

 その惨事を創り出した元凶は_____。



「!」


 俺は湧き上がる怒りの炎を剣の刀身に具現させた。

 風魔法を発動し、足場、右腕側と左腕側に魔方陣を出現させる。


「一気にけりをつける!」


 掛け声と共に地面を蹴り、風魔法の効果を加えて空高く飛び上がった。

 狙うは狼男一体。

 燃え上がる炎の剣を掲げて猛突進する。



 このまま無防備になった腹部を攻撃したかったが、狼男は宙返りをした。

 両椀からは禍々しいオーラを放ち、反撃を仕掛けてきた。

 しかし、それがどうしたというのだ。

 俺はこの勢いを止める気は全くない。

 受け止められるなら、受け止めてみろ!


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」


 絶叫し、風魔法を乗せた神速の斬撃を繰り出す。



 空中で、金属と金属が激しくぶつかり合うような乾いた音が鈍く鳴り響く。

 その度に、赤と紫の火の粉が飛散し、周囲を断続的に淡く照らしている。

 それは両者が地面に着地してからも続いた。

 自身の身体の倦怠感を覚えながら_____。



 途中、狼男が口から火炎弾を吐き出した。

 俺は風魔法による突風で相殺したことで、乱戦から離脱した。

 ここではっきりと身体の違和感に気付く。

 全身の疲労感もそうだが、何より刀身に纏った炎と風の勢いが弱くなっているのだ。

 急速な魔力量と体力の枯渇に不信感を覚える。


 おかしい。

 いくら何でも消耗が激しすぎる。


 状況を理解しようとするが、そんな余裕すら与えまいと狼男が再度攻撃を仕掛けてきた。



 口から無数の火炎弾を吐き出す。

 四方八方に放たれた炎の塊が、建造物や瓦礫を吹き飛ばしていく。

 俺はそれら剣で弾いたり避けたりしていき、難なく回避していった。

 寧ろ逆に火炎弾を炎に吸収させていく。

 炎はこれ以上燃え上がらないようにしているため、凝縮された魔力によって刀身の赤みがより一層強調されていく。

 そして、今度こそ決めようと、攻撃を仕掛けようとした。



「うぅ・・・・」


 が、遠くから聞こえた呻き声によって、動きを制止してしまう。

 声のした方に振り向くと、瓦礫に埋もれた男性の姿が見えたのだ。


「ウソだろ!?」


 驚愕している間に狼男が放った火炎弾がその男性の方に迫っていた。


「くっ!」


 考えるより先に足が動き、背を向けて男性を庇う。

 背中に簡易的な障壁を生成した直後、火炎弾は見事に直撃し、反動が俺の背中を襲った。


「ぐ、くうぅっ」


 多少のダメージがあり、一瞬怯んでしまう。

 すぐに態勢を整えようとしたが、次の攻撃は今まさに迫ろうとしていた。



 今度は両腕に巻き付いた鎖を操作し、捕縛しようと襲い掛かってきた。

 寸でのところで二つの鎖を避けることに成功したが、残りの二つによって右腕と左足を拘束されてしまった。


「っ!?このっ!」


 俺は鎖を剣で破壊しようとしたが、逆に刀身が折れてしまった。

 そして、全身の疲労感が一気に蓄積されていく。

 もう片方に握られていた剣から炎と風が消え、形を維持できなくなり消滅してしまった。


「ああ・・・・・・ああ・・・・・・」


 最早魔装形態すら維持できなくなり、その場で伏せてしまう。



 呼吸が荒くなり、全身に鉛をぶら下げているような感覚がして身動きが出来なくなっている。

 魔法も発動できず、魔力量も底を尽きているようだ。

 鎖は手足に巻き付いたままで、何かを吸い取られているような感覚がする。

 俺は現在自身の身に起きていることを理解すると、ある一つの仮説に辿り着いた。



 『ドレイン』能力。

 恐らくあの鎖には触れた対象から魔力と体力を吸い取る効果があるのだろう。

 先の乱戦中も疲労感があったことから、鎖が巻き付いていない状態でも効果が発動する。

 仮説が確信に変わったところで、俺は自身の迂闊さに悔いる。



 戦闘において、未確認な敵と戦う場合は、まず相手の戦法を分析する必要がある。

 敢えて全力を出さず、動きを見極めていく。

 その後策を立て、それに対処できる最低限の手札で挑む。

 失敗した場合は再度策を立て直していく。

 体力を考慮しながら、これを繰り返し行っていくのが俺の戦闘スタイルだ。



 しかし、今回はどうだ。

 倒すことを優先し過ぎたせいで、相手の罠にまんまと掛かってしまった。

 結果、魔力も体力もゼロで打つ手がない。



 どうしてこうなった?

 いや、心当たりがあるとすれば、私情を優先してしまったことが敗因だろう。

 たかがバスケ勝負のために、俺はこんな失態をしてしまったというのか。

 なんとも情けないことだ。



「グルルルルッ」


 狼男は低い唸り声を上げ、ゆっくりとこちらに近付いている。

 鋭い目を怪しく光らせ、今にも飛び掛かってきそうだ。

 俺は何とか身体を動かそうとするが、びくともしない。


 くそっ、こんなところでやられるのかよ!


 屈辱で迫る怪物に怒りの眼差しを向ける。



 しかし、それに動じることなく、手で妙な動きをした。

 直後巻き付いている鎖が右腕を持ち上げ、無理やり身体を直立させた。

 といっても、両足で支えている訳ではないのでぶら下がっている状態である。

 狼男は大きな口を開け、口内で渦巻いている炎を見せつけてきた。


 ここまでか!


 この時、自身の死を悟った。





「随分とあっさりやられちゃうんですね」


 どこからか声が聞こえると、狼男に向かって『何か』が飛んでくるのが見えた。

 だがすぐに気づいたようで、攻撃を中断してすぐさま『何か』を切り伏せて粉砕した。

 これにより手足の拘束が解かれ、崩れ落ちるように再び地面に倒れる。

 どうやら攻撃と鎖の使用は併用不可らしい。



 俺は顔を上げ、狼男が振り向いている方向に視線を向けた。

 目測五十メートルの位置。

 破壊されたレンガ造りの建造物。

 その跡地に一人の少女の姿が見えた。



 中世ヨーロッパの狩猟のような服装だが、所々に散りばめられた装飾や長い丈のスカートからドレスのようにも見える。

 羽付きの鍔の長い帽子を深く被り、鋭い眼を覗かせている。

 そして手には、木の枝をそのまま材料として使ったような弓が握られていた。



 少女は辺りを見回し何かを確認すると、肩の荷が下りたように怠そうな口調で話し始めた。


「あんた生意気な癖して全然役立たずじゃない」


 さっきの言葉を言い換えたような発言だった。

 それから呆れたような素振りをすると、手で妙な仕草をした。

 直後、すぐ近くで瓦礫が乱暴に退かされる音が聞こえたので振り向く。

 男性が瓦礫で生き埋めになっていた光景は、男性が巨大な花に飲み込まれている光景に変わっていた。

 四枚の花弁が閉じると、そのまま地面の中へと潜っていった。


「一応救護隊のいる場所まで送っておいたわ」


 そんな声が聞こえたが、全く耳に入っていない。

 目の前で起きたシュールな光景に唖然としてしまっていたのだ。



「あんた邪魔よ。巻き込まれたくなかったらとっと失せなさい!」


 乱暴に言い放ち、狼男に視線を向ける。


「まあよく働いてくれた方かな?このあたしが褒めってやったんだから光栄に思いなさい」


 どこぞの女王様みたいなことを言い、弓を剣の形へと変化させた。


「逃げたければ許しを請いなさい!愚かにも挑む者なら、その身を持って後悔させてあげるわ!」



 異形の怪物に剣を突き出し、挑発するは早乙女エリ。

 その魔装形態は、ロビンフッドである。

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