第三十六話 魔術士の責務
三日後。
早朝。
この日は珍しく朝早く家を出た。
理由は単純で、昨夜全く寝付けなかったからである。
三日前あれだけ大口を叩いていたとはいえ、いざその日が近づくと落ち着かないものだ。
「まあ、たまには早く行くのも悪くないか」
さっき台所を確認したが、作り置きの料理どころか誰もいなかった。
まだユイやツバサも寝ていると判断し、朝食を作り置きしてから外出した。
今は多分起きていると思うが。
現在は住宅街の中で、まだ高い建物は見えない。
それどころか歩いている人が数えるほどしか見掛けなかった。
家を出る前に時計を確認したところ六時半くらいを回っていたから、五分も経っていない。
これから徒歩で約三十分間の時間を掛けて学校に向かう。
確か学校の開門は七時くらいだったから、丁度いいタイミングで校舎内に入ることが出来るだろう。
「一応着いたらドリブルの練習でもやっておくか」
それからしばらく、静かな街路に新鮮味を感じながら歩いていると、三、四階建ての建物が見え始めた。
さらに先へ進んでいくと、高層ビルの立ち並ぶ街並みが広がるようになった。
頭上を見上げると、モノレールが走行している。
近くに駅があることから、今まさに発進したばかりのようだ。
モノレールが通り過ぎるのを目で追いながら歩道を歩いていると、ふと黒いリムジンが停車していることに気が付く。
どこか見覚えのある車だなと思いながら見ていると、リムジンの中から一人の男性が出てきた。
黒のスーツにサングラスを掛けており、巨大な図体がこちらに近付いてくる。
「光剣寺ミツキ様ですね?お迎えに挙がりました」
男性は俺の目の前で立ち止まりそう答えた。
「何だ、あんたは?」
見知らぬ人に声を掛けられたこともあるが、何より圧が凄まじく思わず狼狽えてしまう。
「協会の使者です。今すぐ我々と同行していただきたい」
そう名乗ったので、俺は警戒心を解いた。
「気が利くじゃねぇか。わざわざ学校まで送ってくれるって、協会も俺の評価を改めたってことか?」
「いえ、貴方が向かうのは学校ではありません」
即答されたので、俺は茶化すのを止めて真面目に話を聞くことにした。
まあ、だいたい察しているが。
「要件は何だ?」
「先程北東地区で魔物が出現しました」
どうやら今日まで一番不安にしていたことが的中してしまったらしい。
しかも、タクミとの勝負の直前に起きるという、最悪なシチュエーションだ。
「現状は?」
「現在一般人の避難誘導は完了しており、数名の魔術師たちが交戦中です。しかし、足止めが精一杯とのことで・・・・」
つまり、自分たちではどうしようもできないから俺に頼るということか。
聞きようによっては、本当に都合のいい奴らだなと思ってしまう。
「俺の場所が特定できたのって、お前たちが付けた『監視』のお陰って訳か・・・・」
嫌味全開で呟くが、男性はそれ以上何も話さなかった。
「分かった。お前らに都合よく扱われているみたいで癪だが、魔物が出たからには討伐してやるよ」
了承し、俺はリムジンの方に足を運んだ。
途中、スマホを取り出してユイに連絡を取ろうとしたが、魔術協会の存在を感づかれるのを恐れて止めた。
車の中に入り、座席に鞄を置いてドスンと座る。
後から男性も入ってきて扉を閉めると、エンジン音が鳴り発進した。
「ミツキ様、貴方にお渡ししておきたい者があります」
そう言うと、傍らに置いてあったアタッシュケースを手に取り、中身を見せた。
奇妙な形をした注射器が五本収納されている。
「戦闘時に魔物の血液を採取してください」
俺は注射器の一本を取り、しばらく見つめて考えてから言葉を発した。
「まあ、余裕があったらな」
正直、採取する気なんて全くなかったが、取り敢えずポケットの中に入れておくことにした。