第三十五話 何気ない時間
帰宅後、俺は先に入っていたユイと入れ替わるように風呂に入った。
丁度いい感じに温まっている湯船に浸かり、一日の疲労が浄化されたところで出た。
寝巻に着替え、居間に入ると、ユイがキッチンで夕食の準備をしていた。
「手伝おうか?」
そう聞くと、
「いやいいよ。今日はわたしが当番だし、明日よろしくね」
と、言われたので黙って待つことにした。
それから夕食を食べ終えた頃、俺は徐に話し掛けた。
「うちのクラスで高宮タクミっているじゃん?」
「ん?・・・・うん」
「お前から見てあいつのことどう思ってる?」
目の前にいるユイは唐突な質問に眉を顰めていたが、すぐに返答をした。
「どうって・・・・まあ、生真面目そうに見えるけど結構人と話してるところ見掛けるよね」
「お前は話したことあるのか?」
「ん~数回くらいかな?正直あんまり話したことないのよね」
そういえば、ユイがクラス内でカオルやマルコ以外の人と話しているところをほとんど見たことがない。
「どうしたの?その人と何かあったの?」
ユイが心配そうに訊ねてきた。
「いや、何でもない。聞いてみただけだ」
俺は精一杯の笑顔を作った。
まあ、何でもないというのは嘘だ。
昼休み、タクミに決闘を挑まれ、俺はそれを受けることになった。
それもバスケという、実力者である彼の有利な形での勝負だ。
そう進言したのは俺自身であるから、特に気にしてはいないが。
二日後の体育の時間に行われ、それまでには全員に伝達されることになっている。
そして、ユイに関しては俺の方から伝えると言うことになっている。
が、当日まで伝える気は全くない。
そうしなければ、ユイは必ずタクミに直談判をして、状況が更にややこしくなってしまう。
俺が決闘のことを直接伝えると言ったのもそのためだ。
まあ、結局のところその場しのぎに過ぎず、状況がややこしくなるのを先延ばしにしただけだが、それでもまだマシな方だと思う。
一応、決闘の告知は直前まで待ってほしいと頼んだが、果たして守ってくれるだろうか。
不安になってきたので、気を紛らわせようと別の話を持ち掛けた。
「ツバサは友達と合コンなのか?」
「うん、さっき連絡があってね。人数合わせで呼ばれたらしいよ」
「あのふざけたノリで場が盛り上がるといいな。それであわよくば彼女とかも」
そう言うが、これっぽっちも期待していない。
「う~ん、多分無理でしょうね。兄さん前の彼女のことを引きずっているみたいだし」
「へ~・・・・・・・・、え?」
聞き流しそうになったが、ユイの非常に興味深い発言に寸でのところで食らい付いた。
「え、あいつ彼女いたのか?」
驚きのあまり目を見開いてしまう。
「うん。今は遠くにいるけどいつかは会いたいって・・・・まあ、わたしもそうなんだけどね」
「いや初耳なんだが、それっていつの話だ?」
「兄さんが中学の時だから、ミツキが内に来る前ね」
「ホント懐かしいな~」と黄昏ている様子で、昔を懐かしんでいる。
どうやらユイも、そのツバサの彼女と面識があったようだ。
「まさかあいつに彼女がいたとは・・・・・・」
今日一番のビッグニュースだ。
ツバサに関しては全く女気がないと思っていたが、実はそうではなかったことを知り、今までの見方を変えようと考えた。
「まあ、妹もモテてんだしそりゃあ兄貴の方もモテても可笑しくはないか」
「なんかその言い方悪意感じる」
こうして世間話をしながら時間を潰していると、時計は九時を回っていた。
あと三時間で一日が終わると考えると、とても時間が惜しいと思い、いつもの習慣を行うことにした。
魔術訓練。
といっても、座学みたいなもので昨日の反省会でもある。
「まあ、あいつが帰ってくる前に教えられるところを教えてやるよ。といっても、昨日の反省みたいなことをするだけだからな」
「うん」
座学に関しては特に準備する物はない。
ある場合もあるが、今回は話の内容から不要だと判断した。
ゆえに、今いるダイニングで話すことにする。
「そうだなぁ・・・・・・・・まずは固有能力『未来観測』について話すか」
『未来観測』。
三日程前に発覚した魔術で、数秒先の未来をビジョンとして視界に映し出す能力、らしい。
当の本人からの説明で、そう解釈したが実際どうなのかは定かではない。
そもそも固有能力を理解できるのは使用者自身であり、その他は第三者による客観的な推測にすぎないのだ。
あとは魔道具のモデルとなったであろう『クロノス』から、時間的概念が関わっているかもしれないという安直な理由もある。
ギリシャ神話では大地、農耕の神として崇められていたが、能力的に見て該当しそうにないので、時間の神ということで採用した。
それも正解なのかも怪しいが。
「『未来観測』って、能力自体は結構優秀な方だと思うぞ。相手の動きを先読みして防御することもできるし、先手を打つことが可能だな。戦闘面でのサポート術として起用できそうだ」
一定の評価をし、俺は更に欠点をした。
「ただ、使用するには一定の集中力と大量の魔力を要するのがデメリットだな。今はある程度防御することはできるが、それだと不十分だ」
「あと使うと結構疲れるのよね、あれ」
付け加えて、ユイも指摘した。
「まあ便利ではあるが、過信し過ぎるのも良くねぇな。咄嗟の判断とかで動けなけりゃやられちまうし」
「そのための実戦訓練」
「ああ、その方が学ぶことも多いんじゃねぇかなって思ってよ。そもそも実戦とかになると、そういう判断力とかが一番重要になってくるからな。魔術はいわば手札に過ぎないし」
「それで基本とか飛ばして、戦闘向けの魔術を教えているんだよね?」
「・・・・・・そういうことだな」
ユイは魔物からみんなを守る力を欲していた。
それはつまり、魔術師になる気はないということだ。
魔術師はあくまで秩序を守る存在で、ユイが思い描くような正義のヒーローという訳ではない。
つまり、その秩序のためなら手段を選ばないという解釈にも繋がる。
俺はユイには出来る限り一般人であってほしい。
力を手に入れて敵と戦うことがあっても、それでも彼女の日常は平和であってほしい。
だから、俺は魔術協会のことは話していない。
話せばきっと協会の一員になることは目に見えているからだ。
それでも現状に満足しているかと聞かれたら、それとこれとはまた別の話だが。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
悟られてはならない。
少しでもそんな素振りをしてしまえば、間違いなく感づかれる。
そうなれば隠しようがない。
今のは危なかった。
「とにかく、お前の最終到達地点は、俺がいなくても一人で戦える力を手に入れることだ。いつまでも一緒に戦える訳じゃねぇからな」
「・・・・え」
途端にユイの表情が悲しみに染まり、今にも泣きだしそうになっていた。
「一日中お前の傍で付きっきりって訳にはいかないってことだ!」
一応付け加えて発言の補足をしたが、逆にこっちが不安になってきた。
この様子だとしばらくは俺がいないと無理そうだ。