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第三十四話 嵐は突然

 教室を覗くと、割と人が集まっていた。

 先に行ったユイは当然いるし、友だち二人と仲良く会話をしている。

 そして、手前側には猫かぶり金持ちギャルこと早乙女エリもいた。

 こちらもクラスの女子数名と楽しそうに笑っている。

 昨日俺を罵倒していた時とは別人のように愛嬌良く振舞っていた。



 俺は明後日の方向を向きながら、自分の席へと足を運んだ。

 着席し、いつものように辺りを見回していると、不穏な空気に気が付いた。

 妙に視線を感じる。

 それも悪意や敵意のような眼差しで、こちらに向けられていた。

 俺はそれに違和感を覚えたが、特に何もなく朝のホームルームへと時間が経過した



 しかし、その不穏な空気は授業中も健在で収まる気配はない。


 一体何なんだ?


 気味悪く感じた俺は、昼休みになると、弁当を持って教室を出た。

 廊下を歩く道中もやはり視線を感じる。

 そして、人気のない校舎裏まで来て、俺はその視線の正体に向かって声を発した。


「いい加減こそこそしてないで、出てきたらどうなんだ?」


 日が当たらず薄暗いその場所で、物陰から一人の男子生徒が姿を現した。



 高身長で、若干筋肉質な体つき。

 顔はアイドル顔負けのイケメン。

 真面目でもなければ、あからさまにチャラついている訳でもない容姿。

 俺はそいつを知っていた。

 バスケ部所属で、クラスで一、二を争う程のモテ王、高宮タクミだ。



「まさかクラスのモテ王がこんなボッチの俺のストーカーをするとはな。少し驚きだよ」


 今朝から不快な気分だったのでその当て付けがてら、皮肉たっぷりにそう言ってやった。


「それに関しては申し訳ないことをしたと思っている。すまなかった」


 そう言うと深々と頭を下げて謝罪の意を示してきた。


「いや、そんなガチで謝る必要ないって・・・・ただその、からかっただけだから」


 ああ、俺コイツ苦手だわ。

 冗談が通じず、物事を真正面から受け止める生真面目な性格。

 悪く言えば空気の読めない奴だ。



「それで、今日ずっと睨んでいたように感じたけど、俺に何か用があるんじゃねぇのか?」

「そうだね。君にどうしても伝えたいことがあるんだ」


 タクミは頭を上げ、真剣な表情でこちらを真っ直ぐ見つめてきた。


「単刀直入に言う。これ以上、時島さんと関わるのは止めてくれないか?」


 それはあまりにも唐突過ぎる発言だった。

 まあ薄々予想はしていたが、実際それが現実になると面倒だなと思ってしまうのが正直な感想だ。



 ユイ以外の誰かに声を掛けられた場合、要件は大抵決まっている。

 一つ目は、事務的な内容を伝えてくるパターン。

 二つ目は、実際ユイに頼む用事を俺に代わりに伝えてくるパターン。

 そして、三つ目は俺とユイとの関係を勘違いして、いちゃもんを付けてくるパターンである。

 今回の場合、この三つ目が該当してそうだ。



「言っておくが、俺とユイはお前が思っているような関係じゃねぇぞ」


 この場合、いつもそう答えて納得させている。

 それでも大半は聞く耳を持たないが。


「それでも君たちが怪しい行動をしているところを見たという人がいるんだ」

「ほう、それで?」


 いつもの決まり文句だ。

 一緒にいるところを、あたかも付き合っているような勝手な解釈をして非難するような発言をする。

 ただの捏造だと当の本人である俺が伝えても信じなかったり、「そういう誤解を招くから関わるな」とか言って、とにかくユイとの関係を引き離そうとする。

 以前の俺は、そういう無茶苦茶な理由を言う奴の言いなりになるのが嫌だったので、断固として否定し続けた。



 ただし、今は違う。

 俺とユイは友達同士だ。

 その関係を壊すことなど絶対許されない。



 必ず論破してやる!


 そう心の中で意気込み、タクミの話を聞いた。


「実は最近、夜中に君たちが公園にいるところを見たという人がいるんだ」

「!?」


 俺は予想外の発言に一瞬動揺してしまった。


「そ、そうか・・・・心当たりないな」


 そして、普通に嘘をついてしまった。

 はっきり言って、滅茶苦茶心当たりがある。

 それは恐らく、俺とユイが魔術訓練をしているタイミングだ。

 結界を張って周囲からの認識を失くしているはず。

 それに念を入れて結界の起動、解除の直前直後まで周囲に警戒している。

 だが、その警戒が疎かになっていたようだ。



「少し顔色が悪いようだが、まさか嘘をついているのかい?」


 問い詰められ、狼狽えそうになる。

しかし、ここで何か悟られては困るから、なんとか平常心を保とうとする。


「一応聞いておくが、具体的に何と言っていたんだ?」


 取り敢えず、何を見たかだけ聞こう。

 本当ならその見た奴に直接聞くのが妥当だが、ここでタクミが耳にしている情報だけでも知っておく必要がある。


「詳しい状況までは分からないが、深夜友達とカラオケに行った帰りに公園で君たちらしき男女を見掛けたと聞いてね。遠目からで詳しくは見えてないって言っていたな」

「成程な・・・・」


 『らしき』ということは実際俺であるという確証はないことだし、最後の説明に関しては何をしていたかは全く見えていなかったという訳だ。

 それを聞いて一瞬安心したが、まだ他に自分たちを見掛けた人がいるかもしれないと思うと、いい気分はしなかった。



「つまり証拠はないってことか・・・・」

「まあそうなるけど、それを裏付ける情報がもう一つある」


 タクミは得意げに言い、さらに言葉を続けた。


「数週間前、君と時島さんは保健室にいたそうじゃないか。そして、中から君の罵声が聞こえたという話を聞いてね。これに関してはどうなんだい?」


 これに関しても心当たりはある。

 突然ユイから保健室に呼び出されて、俺が魔物と戦っていたことを覚えているとカミングアウトした時だ。

 さらに自分も一緒に戦うと言い出し、その純粋な正義感に嫉妬した俺が怒鳴った時でもある。

 今思うと、本当に最低なことをした。



「それもその友達とやらから聞いたのか?」


 もうこれ以上、彼とは話したくなかった。

 嫌悪感で吐き気がする。


「まあそうだね。君が保健室から出た後で、室内から啜り泣く声も聞こえたとか」


 それは初耳だった。

 そして、今更のように罪悪感を覚え始める。



「まさかそれだけの情報で、俺がユイに強姦まがいのことをしているとかいうんじゃんねぇよな?」


 憤りから彼を強く睨みつける。


「中学時代、そういう噂が流れていたらしいじゃないか?」


 だが、そんな敵意すら動じることなく、タクミは答えた。

 まるで自身の行いを正しいものだと疑っていないようだ。



「まさかここでもそんな噂が流れていたとはなぁ」


 呆れながら溜息交じりに呟く。


「さっきからお前の言っていること、全部人から聞いた話ばっかじゃねぇか。自分で確かめもしないでよ・・・・」

「だからこうやって事実確認をしているんだ」


 何言っているんだ、コイツ?

 会話の最初の方でユイに関わるなとか言っておいて、事実確認が目的だとか矛盾しているではないか。


「最初の方でも言ったが、俺たちはお前が思っているような関係じゃない。ウソだって疑うならユイにも聞いてみたらどうだ?」


 本当なら言いたいことは山ほどあるが、これ以上は喧嘩になりかねないので冷静な対応をすることにした。

 これで引き下がってくれるといいが_____。



「・・・・まあそれも後々するさ。ただ、そういう噂が流れている以上、君と時島さんは距離を置くべきだと思う。君だって迷惑だろ?周りから勘違いされるのは?」

「・・・・・・」

「それに一番可哀そうなのは時島さんの方だ。噂なんかで傷つけられる姿なんて、僕は見たくないね。だから彼女のためにももう関わらないでくれ」







「お前があいつの何を知ってんだよ」


 俺は徐にタクミの胸倉を掴んだ。

 突然のことで狼狽えている様子だったが、構わず言葉を続けた。


「噂がどうであれ、俺はあいつと縁を切るつもりはない。それも全くの他人からいわれる筋合いはない」


 それもよく知りもしない癖に、平気で知ったような口を叩くから尚更気に食わない。

 まあ、俺もユイのことを全て知っているかと言われればそうではないが、少なくともコイツよりかは知っているつもりだ。



「う、噂が広がれば取り返しがつかなくなる!君たちが不幸な目に遭うだけだぞ!」


 そう反論するが、俺はそれすら反論した。


「不幸かどうかは決めるのはお前じゃない」


 俺は胸倉から手を放し立ち去ろうとした。



「そういう態度は本当に気に入らないね。やっぱり君は時島さんの隣にいちゃいけない存在だ」


 タクミは歩み寄り、俺の胸倉を掴んだ。


「それで殴るのか?」

「そうはしない。僕は暴力が嫌いだからね」

「じゃあどうするんだ?」

「僕と勝負しろ。僕が勝ったら今後一切時島さんに近付くな」

「負けたら?」

「君たちには一切に関与しない」


 何というか、俺にとっては負けた時のデメリットしかない。

 勝ったところで、この勘違い野郎が絡んでくることがなくなるくらいで、得は一切ない。

 ゆえに、俺がこの勝負を受ける理由が全くないということだ。



「言っておくが、君には拒否権はない。何せ僕との勝負はクラスのみんなが観戦することになるからね。逃げれば君は腰抜けだの言われてバカにされる毎日が待っているよ」


 安い挑発だ。

 だが、今の俺にとってはこれ程不都合なことはない。

 ただでさえ、友達作りに苦戦してクラスに馴染めていないのに、これでは確実にクラスと疎遠になってしまう。

 下手をすれば、イジメに発展する可能性だってある。

 それだけは避けなければならない。



「・・・・・・分かった。受けてやるよ、その勝負」


 了承すると、タクミは満足げな笑みを浮かべ、手を離した。


「それで勝負ってのは具体的に何するんだ?」


 俺はぐしゃぐしゃになった襟元を整えながら問うと、


「そうだね。ハンデとして君が得意とする分野で勝負するというのはどうかな?」


 と質問で返してきた。



 俺の得意な分野か・・・・・・。


 思い当たるものとして、ゲームを浮かべた。

 が、ここで俺は敢えてこう発言することにした。


「どうせならお前の得意分野で勝負しようぜ。でないと、こっちがフェアじゃねぇからな」


 すると、タクミは眉を顰めて聞いてきた。


「本気かい?」

「ああ、別にいいよ。俺の得意分野で勝っても、また当て付けをされるのも癪だからな。お前の得意分野で潰してやるよ」


 挑発的に答えると、不機嫌そうに顔を顰めた。


「後悔しても知らないからな」

「そっちこそ」


 それから勝負内容や詳しい時間、場所等を告げると、タクミは去っていった。



 俺は緊張から解放されたことで、脱力したかのように近くの壁に寄り掛かった。


「面倒なことになったなぁ」


 改めて自分の置かれた立場を確認し、大きな溜息を吐いた。

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