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第三十三話 君と初めての登校

 玄関の扉を開けると、冷たい風が中に流れ込んできた。

 四月に入ったというのに、冬のような寒さが全身を震わせる。

 外に出て扉を閉めると、合鍵で鍵を掛けた。

 そして、振り返ろうとしたその時だった。


「ミツキ」


 自身の名を呼ぶ声が聞こえた。

 視線を向けると、自分より先で出たはずのユイが目の前にいた。


「あれ?お前先に出たんじゃねぇのかよ?」

「そうなんだけど、ミツキすぐ出てきそうだったから待ってたんだ」


 ユイが家を出たのが五分くらい前。

 基本俺たちは一緒に登校することも下校することもなく、バラバラの時間で行動している。

 まあ、今までは俺が一方的に避けていたというのもあるが、個人のプライベートを大事にしたいという要望もあったりする。

 だから、自分が家に出るのを待っていてくれた彼女に少し驚いてしまった。


「どういう風の吹き回しだ?」


 悪態付くような発言だが、決して嫌だからという意味合いではない。

 それを承知の上か、ユイは笑顔で答えた。


「たまにはいいじゃん!友達なんだし」


 そう言われると、冗談でも嫌とは言えない。


「分かったよ」


 一言答えて、俺は歩き出した。

 ユイも後を追うようについてきた。



 それから会話をすることなく、肩を並べて歩いていた。

 この光景が傍からどう思われているか。

 途中何度か妬ましそうな視線を向けられたような気がする。

 まあ、男女で登校している光景を見たら、誰もが一度はカップルか何かと勘違いすることは間違いないだろう。

 そうではないにしろ、男女が一緒にいる光景なんて羨ましく思うのは避けられないかもしれない。



 俺の場合、妙な勘違いされて悪目立ちすることはあまり好きではないが。


「なあ、ユイ」

「ん?」

「今日はいいけどよ。あんまり俺と一緒にいると周りから変な誤解受けちまうぞ」


 警告のつもりで言ったが、ユイは鼻で笑いあまり相手にしていない様子だった。


「わたしたち付き合っている訳じゃないんだし、『恋人じゃありません』って胸張って堂々としていたらいいんじゃない?」

「お前な・・・・俺たちの気持ちの問題でどうにかなることじゃないだろ?周りのみんなから『恋人』だと認識されたら『恋人』で定着しちまう。お前学習しなかったのかよ?」



 以前にも同じようなことがあった。

 ある日を境に、ユイと同居していることがクラス中に知れ渡り、『同棲カップル』だと周りに勘違いされたのだ。

 その時の俺は誰とも関わりたくなかったため、それで悪目立ちをしてしまうことが大層不快な気分だったのを覚えている。

 しかもその噂が飛躍して、後でとんでもない事態になったのだから、本当に質が悪い。

 まあ、一応終息したが。



「お前だってそれで一時期俺と距離取ってただろ?てっきり自嘲したかと思ったぜ」

「・・・・・・その件は本当に酷い目に遭ったけど・・・・・・・・でも、それ言うんだったら、どうしてこの前わたしの買い物に付き合ってくれたの?可笑しいじゃない」


 予想はしていたが、いざ指摘されると答えるのに気が進まない。


「気紛れ・・・・って言っても納得しないよな?」


 ユイは即首を縦に振った。

 俺は少し考えると、溜息交じりに答えた。


「お前には結構世話になってたしな。関わりを持たないにしても流石に何も恩を返さないっても嫌だったから、一回くらいなら最低限荷物持ちにはなってやろうと思っただけだ」


 あと断ったら、何度も何度も誘われると思ったからというのもあったが、言わないでおくことにした。


「なんか上から目線で嫌な感じ」


 ジト目で睨んでくるユイ。


「まあいいわ。一応同じ制服の人が増えてきたら、別行動するつもりだし。今こうして登校するのも、毎回する訳じゃないしね」

「今こうして話している光景をクラスメイトが見ていたら?」

「もしかしてわたしと一緒にいたくないの?」


 流石にしつこ過ぎたようだ。

 取り敢えず、ここは唐突に思い付いた話題で話を逸らそう。



「ところでお前、部活とかは入らないのか?例えば、中学の時なんかは陸上やってただろ?」

「急に話題を変えてきたし・・・・・・まあ、そのつもりはないかな。家事とかもあるし」

「それなら俺がやればいいんじゃね?お前よりかは出来る方だし・・・・」


 その後言葉を続けようとしたが、ユイは笑顔で無言のままこっちを見ていた。

 多分、心中は穏やかではないだろう。


「あ、いや、何でもない、ハハ」


 言葉を濁し、これ以上刺激するような発言はしないようにしようと自分に言い聞かせた。


「とにかく、お前全国大会に出場するくらいの実力はあっただろ?なのに、それを生かさないなんて勿体ねぇじゃん」

「別に陸上はする目的がなくなったからやらないだけ。それに本来の目的は全然達成できなかったし・・・・」


 ユイの表情が徐々に曇り始める。


「それにあまりいい思い出とかなかったのよね。部活のみんなとはそんなに仲良くなかったし」


 その言葉に、思い当たる節があった。

 それは俺に関係していることで、彼女自身に責任があることだ。



 中学入学してすぐのこと、どういう訳かユイが突然陸上部に入らないかと誘ってきたのだ。

 雰囲気的にアットホームだとか、練習もそこまでハードなものではないとか、いろいろ説得しようとしていた。

 当然、俺はそんな誘いに乗る気なんて最初からなく、部活には入らなかった。



 それからユイだけが入部し、早朝や放課後に運動着に着替えて練習に励むことになった。

 その間にも、俺にしつこく声を掛けていた。

 彼女に素質があったのか、着実に記録を更新していき、二年の夏の大会では全国へと導くほどの実績を収めていた。

 これで俺にしつこく絡んでくることはない。

 そう思えたなら本当に良かったのだが、彼女はそんな忙しい中でもお構いなしに、俺に声を掛けていたのだ。



 そんな彼女を見て快く思わなかったようで、部活のメンバーから無視されることが多くなり、次第に孤立してしまった。

 因みに俺とユイが同居していることが明るみになったのが、この後の話である。

 今思えば、噂の内容が悪い方向に飛躍させた当事者の中に、その部活のメンバーもいたのかもしれない。

 確信はないが、可能性はゼロではないと思う。



「・・・・・・」


 話題を変えるつもりで話した内容が結局最初の話題に繋がり、言葉が詰まってしまった。

 まあ、部活に関しては当時のメンバーがそのままいるという訳ではないので、少なくともギスギスした関係からスタートということではないかもしれない。

 ただ、その後でどう転ぶかは分からない。



「わたし、受験の時に推薦が来たのよね」


 気まずくなった空気を断ち切るかのように、ユイが言葉を発した。


「でも、断ったんだ。だから、その後、もの凄く勉強頑張ったのよね。ほら、わたし成績そこまで良い方じゃなかったし」


 知っている。

 部活引退後、朝から晩、いや夜中まで机に向かって泣きながら勉強していたことを俺は見ていたから。

 どれだけ頑張っていたか、それなりに理解しているつもりだ。


「お前も随分茨の道を進んだな」

「わたしだけじゃないよ。みんなそうやって苦労しているんだから」


 ユイはニコリと笑顔を向けてきた。

 そのみんなというのは、恐らく自分も含まれているのだろう。

 まあ、それなりに頑張っていたつもりなのは自覚している。


「まあ、そもそもあんまり陸上に興味なかったのよね。あの時は部活探している中でたまたま陸上部に目が留まっただけだし、正直どこでも良かったっていうか」


 それ陸上一筋でやっている人に対して言ったら、間違いなくブチ切れるな。

 まあ、相手が俺だから言えるのだろう。



「とにかく、もう後悔してないし、未練は全くないよ」


 徐にユイが俺の手に触れてきた。


「だって、今目の前に一番大切な人がいるからね」


 ギュッと握られ、優しい温もりを感じた。



「ユイ・・・・・・」


 そんな彼女に俺は


「もしかして告ってる?」


 冷めた表情で問うた。

 すると、ユイの頬が朱色になり、分かりやすいくらい取り乱し始める。


「は!?何言ってんの?そんな訳ないじゃない。勘違いしないで!」


 口調が荒くなり、ツンデレキャラへと豹変した。


「と、とにかく、もう人も増えてきたからわたし先行くね」


 そう言うと、ユイは走り去ってしまった。



 今気が付いたが、周囲が制服を着た高校生たちでごった返しており、遠くの方で学校の建物の一角が見えていた。


 ああ、もうここまで来ていたのか。


 どうやらユイとの会話に夢中になり過ぎていたようだ。



「・・・・・・」


 俺は徐に、先程握られた手を見つめた。

 もう触れられた感覚はなくなっているが、それでも確かに覚えていた。


「まあ、いくらなんでもそれはないよな・・・・」


 いくら俺のことを気に掛けているとはいえ、好意を抱いているということはないだろう。

 そもそも惚れられる要素が自分にあるとは思えない。

 きっと無自覚に不意に出た言葉なのだろう。

 それでも言われて嬉しい言葉には変わりない。

 最近まで抱いていた緊張が少しだけ抜けたような気がした。

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